プロジェクトで作成した地震防災教材が全国で使用されました

2019年12月17日

2019年12月10日から17日まで、ニカラグアの防災研修プログラムである国家研修計画において、プロジェクトで作成した地震防災教材が全国で使用されました。研修には1,200名以上のニカラグア人が参加しました。

国家研修計画では、プロジェクトで作成した風水害と津波防災教材がすでに全国で使用されていますが、今回は地震防災教材が活用されることとなりました。ニカラグア近海はココスプレートとカリブプレートの二つのプレートテクトニクスがぶつかり合っていることもあり、太平洋側を中心に地震が多発しています。しかし多くのニカラグア人は、マグニチュードと震度の違いを知らないなど、必ずしも地震について正しい知識を持っている訳ではなく、そのため地震対策についても誤った認識を持っていました。そこで、プロジェクトで作成した教材を使って地震のメカニズムを理解するとともに、適切な地震対策を講じるための研修が実施されました。

地震の被害について、例えば1992年のニカラグア地震はマグニチュード7.7という地震でしたが、犠牲者は津波による170名程度でした。一方で1972年のマナグア地震はマグニチュード6.2程度でしたが、マナグア市の直下で発生したため、死者は1万人以上にものぼりました。こうした事例を介して、地震エネルギーの大きさであるマグニチュードの他に、各地域の被害状況を知らせる震度情報の重要性を伝えました。また、上記の二つの地震事例を基に、マグニチュードがそれほど大きくなくとも震源が都市に近いと大きな被害が出やすいことを伝えました。

地震対策では「生き残るための対策」と「生き残った後の対策」があることを伝えました。その際に役に立ったのが日本の経験です。1995年の阪神淡路大震災は6,000人以上の犠牲者を出しましたが、ある調査によると犠牲者の90%以上は地震発生直後の14分以内に亡くなられたことが分かりました。つまり、犠牲者の多くは救助が遅かったから命を落としたのではなく、地震対策の根幹である耐震補強と家具の固定という「生き残るための対策」を取らなかったために家屋が倒壊し、あるいは家具の下敷きとなり、地震発生後すぐに亡くなられたのです。ニカラグアでも応急救護や避難所運営などの研修を実施していますが、これらは「生き残った後の対策」です。このような対策も重要ですが、これらは地震から生き延びて初めて意味を持つ対策であるため、今回の研修では地震から命を守るための耐震補強と家具の固定について、日本で活用されている様々な知見を紹介しました。災害が起こった後にどうするかではなく、災害が起こる前に、そして命を守るために今、何をすべきかという考えは、ニカラグア人にとっても新しい視点であり、参加者も納得の表情を見せていました。

さて、耐震補強と家具の固定というと日本人には当たり前のことのように感じますが、実際にこれらの対策を取っている人はどの程度いるのでしょうか?何をすべきか分かっていても、日本人全員がこうした対策を実行に移している訳ではないと思います。そこで今回の研修では、ただ単に知識を与えるだけではなく、それらを行動に移すために二つの事例を紹介しました。

一つ目の事例は、家を建てることが「消費」なのか「投資」なのかという観点で、ニカラグアと日本の建築事情の比較事例を説明しました。まず日本人専門家から、「ニカラグアも日本も、建築業者と購入者の間ではそれぞれ共通の価値観があります。」と伝えます。そして「ニカラグアでは業者も購入者も『どれだけ安くできるか』が重要ですよね?」と尋ねると、参加者は大きな声を上げて笑いました。引き続き日本人専門家から、「日本は違います。業者も購入者も、どちらにとっても重要なのは『どれだけ安全か』なのです。日本は地震も多く、また家の購入は一生で一番高い買い物だから、購入者は値段を気にしつつも安全を重視するのです。業者もそれが分かっているので、安全性の低い家は作りません。もし今日新築のためにいくらかの出費を抑えることに成功し、その代わりに安全に欠陥のある家ができたとします。家とは出費を抑えるべき消費なのでしょうか?それとも将来に向けた皆さんの、そして家族の安全のための投資なのでしょうか?」と伝えると、参加者は家というものが安全上どれだけ重要なものかを深く理解したようです。

二つ目の事例は、「大きな地震が発生し、その『3分後』『3時間後』『3日後』に自分は何をしているか」を想像する簡単なゲーム形式で説明しました。例えば、「3分後は避難場所に移動」「3時間後には家族と再会、あるいは家族を探す」「3日後は家の片づけ」などの回答が出てきます。また多くの参加者は公務員であるため「家族の安全が確認でき次第、被災者対応業務を行う」などの回答もありました。これらの回答の後に日本人専門家から次のようなコメントを行いました。「皆さんは阪神淡路大震災の経験から、多くの方が地震後すぐに亡くなられていることを知りました。また、地震から生き残るための対策として耐震補強と家具の固定が大事であることも学びました。でもそれらの対策はまだ取られていません。それにもかかわらず『地震発生3分後には、自分は亡くなっているかもしれない』と考えた人は誰もいないようです。なぜでしょうか?」この言葉に、参加者ははっと気づくことがあったようです。表情も真剣さを増します。日本人専門家が続けます。「実は、これは人として当然のことなのです。なぜなら人には『正常化の偏見』と言って、不都合な情報を過小評価したり、無視したりする特性があり、それが故に不安を感じずに人生を楽しむことができるのです。しかしそれと同じ理由で、今日学んだ知識を皆さんは家庭で実行に移すことができないかもしれません。だから、正常化の偏見を皆さんそれぞれが打破する必要があります。正常化の偏見は自分の命に対して作用します。だから家に帰ったら、あなたの家族など大事な人の命のことを思い浮かべてください。あなたの家族を守るために今何ができるかを考えれば、おのずと正常化の偏見を打破し、生き残るための地震対策を実行することができるようになるでしょう。」これらの言葉を聞いた参加者の表情を見ると、地震対策あるいは防災は「何のため」「誰のため」にするのかが明確になったように感じられます。

災害に備えること、すなわち防災は大変重要なことですが、その備え方は災害種ごとに異なります。津波のようにその場その時に適切な避難行動ができるように日々備えるものもあれば、地震のように事前の備えがほぼ全てというものもあります。
BOSAI IIでは、このような災害種ごとの備え方を伝えつつ、まずはできることから準備を進め、ニカラグア国民の防災力が少しでも向上するよう、研修体制を通じた支援を継続していきます。

作成:川東 英治(長期専門家)

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ニカラグア国家災害管理・防災システム局(CD-SINAPRED)研修担当者による説明

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真剣な表情で研修を受ける参加者

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研修参加者の様子1

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研修参加者の様子2