モンガル県生活改善プログラム報告

2020年2月25日

プロジェクトの清家(きよか)政信チーフアドバイザー/国際協力専門員よりプロジェクトで実施している生活改善プログラムの報告が届きました。

1:「日本の生活改善をブータンへ!」

2020年2月10日、首都ティンプーから2日をかけてブータン東部モンガル県に到着、県庁知事室には本邦研修に参加した面々の懐かしい顔がずらりと並び、長旅の疲労感も一気に吹き飛ぶ笑顔いっぱいの再会である。我々一行は、太田美帆玉川大学准教授、プロジェクトマネージャーのパッサン・ワンチュク内務省職員、ツェリン・ドルジJICAブータン事務所員、そして私を含む4名、これから2月20日までの10日間、ここモンガル県で戦後日本の農村開発を支えた「生活改善」の普及活動が始まる。

プロジェクトは“住民による自治”と地方分権の流れの中で模索されている“地方行政の自治”の促進を目指し、その具体的アプローチとして生活改善の経験を組み入れている。「日本の生活改善をブータンへ!」は、このプロジェクトのスローガンのひとつである。生活改善は、戦後日本の経験に基づいた分かり易い理念と実践的なアプローチを提供できるため、強いメッセージ性を持つ。中央と地方とを問わず、ブータンの行政職員が抱える課題は、地域開発や参加型開発に関する理念・理論は理解していても、それを現場で具体的にどのような方法で実践に繋げるのか、その方法論を身に付けていないことである。今回のモンガル県での普及活動は、生活改善の重要なエッセンスである「考える農民」や「依存心の払拭」といった理念、そして「金のかかる改善、金を要さない改善、金を生む改善」の三分類、季節カレンダーによる季節性の把握や日常生活の時間管理といった具体的な手法を、(1)3日間のセミナーで紹介し、(2)セミナー参加者による2日間のパイロット集落でのワークショップ・ファシリテーションを経験する場の提供を通じて試みられた。

2:「自治会モデルをブータンへ!」

生活改善と抱き合わせて、プロジェクトで紹介しているもう一つの日本の経験が「自治会(常会とも呼ばれる)」である。ブータンの地方部では民主化の流れに沿って多くの集会が開催されるが、それが過度に形式的で(たとえば正装での出席が求められる)手続きを重視する集会であったり、行政からの一方的な通達のための“招集”であったり、また大勢の前で自分の意見を言うことに不慣れな住民が大半を占める農山村の環境に必ずしも適さないことなど、「集会の機能不全」を指摘する声が多い。こういった課題への対策として、プロジェクトでは日本の自治会に見られる「組(班ともいう。近隣住民で形成される小集団)」の仕組みを紹介し、これを“ブータン化”する試みを始めている。英語では”Community Engagement Platform(CEP)”と難しい名称になっているが、ブータンの国語であるゾンカでは“ナンザム”と呼び、これは“内輪の集まり”を意味し、日本でいう寄り合いを指す。上で述べた生活改善にもカウンターパートによって、“Drongsep Yardrak(ドロンセップ・ヤダ)”というゾンカ訳が考案されており、徐々に日本の経験のブータン化が進められている。

3:生活改善セミナー・ワークショップ

セミナーは太田准教授(手前、その奥はモンガル県知事)による日本の戦後復興プロセスの解説に始まった。資金や施設といったリソースが絶望的に不足する中で、いかに自助・共助による住民自治が進められたか、生活改良普及員がどのようにして農山村の住民の信頼を獲得したかといった、参加者の日常業務に直結するトピックスについて多くの実例紹介とともに語られ、強い共感を得られた。特に「あなたは他人の気持ちの持ち様(マインドセット)を変えられますか?」、「まず変わるべきは、自分自身ではありませんか?」といった問いかけに気持ちを揺さぶられる参加者が多く、3日間のセミナーに対する意欲的な取り組みに繋がった。

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セミナーでは日本の経験の紹介だけでなく、ブータンで実践されている事例の発掘も試みられた。不幸があった家庭への地域住民の協力、家屋建設への労働提供や日本の結(ゆい)に類する農繁期の労働交換などが多く挙げられる事例だった。貨幣経済の浸透に伴って、これらの慣行が消えつつある地域社会の実態が見られた一方、上で述べたCEP(自治会モデル)の定着によって徐々にこれらが復活しつつある地域もあり、プロジェクトの取り組みが間違っていないことを確認する機会ともなった。

セミナーに参加した県庁職員と村役場の担当職員は、そのままプロジェクトのパイロット地域、ドレポン村ラプツァ地区とチャリ村パンサン地区に移動してワークショップのファシリテーター役に挑戦する。パンサン地区では民家の広間を借りて、40人ほどの住民と膝を交えた(写真)。

農山村での生活を知るには、季節的な変化を理解することが第一歩である。農業歴に加えて、何月にどんな収入があるか、大きな支出はいつか、どんな病気がいつ頃流行るのか等々、生活に密着した情報がカレンダーに書き込まれていく。別のグループでは「幸福分析」に取り組んでいる。GNHの国民とはいえ、自らの幸福感を論理的に分析するのは簡単ではなさそうだが、その表情は明るい。多くのプロジェクト形成に用いられている「問題分析」をやっていると、いつの間にか表情が硬くなり、場の雰囲気まで澱んでしまうことが多々あるが、これは好対照である。

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「季節カレンダー」と「幸福分析」に続くのは、「環境点検(コミュニティ・スキャニング)」である。CEP単位の住民グループが自らの家や畑の周りを巡って、危ない場所はないか、不潔な場所はないか、住民が誇りにする景観や伝統的な建造物はどこに見られるかといった視点から、自らの住む地域を見直す作業である。村道から自宅までの急な坂道に踏み段を作りたい、飼葉が道路沿いに保管されているので火事が心配、建築資材が放置されており危ない等々、多くの改善点が見い出される一方、各家庭で水場が清潔に使われていることや水源林が良く管理されていることなど、今後も継続したい活動も挙げられた。

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ワークショップの総仕上げは、上のような分析結果を活動計画に落とし込む作業である。ここでは、いつ、だれが、何を、どのように実施するかに加えて、生活改善の3つの分類(金のかかる改善、金を要さない改善、金を生む改善)を試みる。最後に参加者全員の前でこの計画を発表して、CEP相互に共通する活動は何か、活動の仕方に改善点はないか、自助やCEPの共助でできることは何か、公助として村の予算を利用できる可能性はないかといった意見交換の場を設けて、活動計画が最終化される。

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4:日本の経験から、“Bhutan Way”へ

昨年日本で開催されたラグビーワルドカップでの日本代表チームの大活躍は記憶に新しいが、正確で細かいパス回しや素早い身のこなし、低いタックルなど、小柄な日本人プレーヤーならではの“Japan Way”が注目された。一方、ブータンは九州程度の国土面積に人口密度はわずかに20人弱/平方キロメートルの山岳国家であること、王政から民主化・地方分権化への移行が緒についたばかりの仏教国であること等々、Gross National Happiness(GNH:ブータンの国家建設の理念)を地方部でさらに実践するための“Bhutan Way”、すなわちブータンの特徴を活かした具体的な方法論が求められている。カウンターパートと共に自治会、生活改善の経験をブータン化するプロセスが、このBhutan Wayに繋がることを願っている。