アウトリーチ・プログラム紹介

2018年9月17日

1.はじめに(アウトリーチとは)

ブータン中西部地域における園芸農業振興の基盤づくりを目標とする本プロジェクトは、地域に適した園芸技術の開発や、関係機関の種苗生産能力の強化に加え、園芸農業普及システムの整備も達成すべき成果として掲げています。プロジェクトが進める普及システム強化の取り組みでは、「アウトリーチ・プログラム」と呼ばれる普及アプローチが採用されています。近年は、日本においても「アウトリーチ」という言葉をしばしば耳にしますが、その定義としては、医療や福祉あるいは行政等の機関・団体が提供するサービスや情報を、必要としている人々のところに直接出向いて届ける活動のあり方を指すことが多いかと思います。私たちのアウトリーチ・プログラムも、その名が示すとおり、それを必要とする人の下へしっかりと届けることが根本の理念です。

2.開発の経緯・背景

アウトリーチ・プログラムは、JICAが過去にブータン東部で実施した「東部2県生産技術開発・普及支援計画プロジェクト(2004年~2009年)」と「園芸作物研究開発・普及支援プロジェクト(2010年~2015年)」が開発に取り組んだ園芸農業普及のためのアプローチです。東部地域で顕著な成果を上げた本プログラムを、園芸農業のポテンシャルがより高いと見込まれる中西部地域でも普及、発展させようと始まったのが本プロジェクトです。
ブータンにおける従来の農業普及では、地域の農業当局が、明確な普及の目的やビジョンを設定することなく、断片的な技術や情報をその場限りの研修や指導で農家に教授するだけで、それらが生産現場で実践されることは稀でした。また、作物の種苗を農家に提供する場合も、対象者の能力や意欲を吟味することなく、不特定多数の農家に対する少量ばら撒きの一過的なやり方であったため、普及効果の発現は困難でした。そういった従来型の普及手法に対する反省に立ち、どうすればより効果的に園芸農業を普及・定着させることができるかを試行錯誤した結果、生み出されたのがアウトリーチ・プログラムです。
現在、東部地域を中心に、ブータン各地でアウトリーチ・プログラムのコンセプトに基づく農業普及事業が展開されつつあります。

3.アウトリーチ・プログラムの特徴と定義

アウトリーチ・プログラムを特徴づける要素としては、主に次のような点が挙げられます。
1)商業的農業に取り組む意欲を持つ農家の主体的な参加
2)地域農業普及セクターの中央から現場までが連動する実施体制
3)園芸栽培技術の系統的・網羅的な実践指導
4)研修と現場指導を組み合わせた柔軟で丁寧な直接支援
5)生産活動に必要な園芸作物種苗の提供
6)参加農家をモデルとする地域への波及効果
これらの特徴を踏まえた上で、敢えてアウトリーチ・プログラムを定義づけるとすれば「地域農業普及セクターの緊密な連携の下、各種の指導手法と物資提供を柔軟に組み合わせた系統的かつ実践的な技術支援により、商業的農業を志向する農家の主体的な参加を促す普及アプローチまたはそれに基づき実施される活動」というものになるでしょう。

4.対象と目的

冒頭に触れたとおり、アウトリーチ・プログラムの根本の考え方は「アウトリーチ」の定義に準ずるものです。その対象は、自らの圃場で園芸作物栽培を実践しようとする地域の農家であり、彼らが必要とする支援を適切なタイミングで確実に届けることが一義的な目的です。プログラム参加者は、従来の自給自足的農業ではなく、生産物を販売して利益を得ることを目的とする商業的農業に意欲を示す農家から慎重に選抜され、プログラム実施者からの支援を受動的に享受するだけでなく、計画から栽培に至る全プロセスに主体的に参画することが求められます。その中で、圃場で役に立つ実践的な園芸作物栽培の技術と知識を習得するのです。
そして、支援対象農家は単なる受益者となるにとどまらず、モデル農家として地域における園芸作物栽培の優良先駆事例となること、自身の技術や経験を近隣の農家に伝える民間普及員の役割を担うことが期待されます。これは、アウトリーチ・プログラムのインパクトとして将来達成されるべき上位目標とみなすことができるでしょう。

5.実施の枠組み

プロジェクトが推奨し整備に取り組むアウトリーチ・プログラムは、生産者たる農家がターゲットではありますが、その中身は、プロジェクトから農家に対する単純な一方通行のサービス提供ではありません。プロジェクトから農家への直接支援だけでは、プロジェクトの終了と同時にプログラムの継続は困難となり、プロジェクトが掲げる園芸農業振興の基盤づくりという目標の達成はおぼつかなくなるでしょう。したがって、アウトリーチ・プログラムを推進するに当たっては、プログラムが持続的かつ効果的に機能するための仕組み作りが重要となります。そして、その仕組みの核心をなすのは、地域に既存の組織であり人材です。いかにしてそれらローカルリソースの能力を強化し活用するかが、プログラムの成否を左右する鍵となります。この観点からアウトリーチ・プログラム実施の枠組みを説明すると、地域農業の中心から末端までをカバーする三つの組織あるいは行政機構に焦点が当たります。

バジョ農業研究開発センターの役割

まずは、プロジェクトが所属するバジョ農業研究開発センターです。プロジェクトの対象エリアに当たる中西部5県の農業研究開発拠点であり、アウトリーチ・プログラムの実施主体です。同センターの技術者はプロジェクトのカウンターパートであり、日々の活動を日本人専門家と共にする中で園芸技術を磨き、アウトリーチ・プログラムを実行するための能力と経験を蓄積しています。彼らこそが、将来にわたりプログラムを推進するための中核です。計画を立案し、果樹・野菜種苗を生産し、技術研修を実施し、各県・各郡の農業普及所と連携しながらプログラムを運営します。

県農業事務所の役割

役割は限定的ですが、各県の農業事務所もプログラムの重要な構成要員です。県農業事務所は県内各郡に設けられた農業普及所を統括する立場にあることから、各郡から上がってくるプログラム参加希望農家の取りまとめや、農家への種苗配布の調整等、県内で実施されるアウトリーチ・プログラムの円滑な実施に資する各種の調整業務を担うことが求められます。

郡農業普及所の役割

県の一つ下位の行政単位である郡には農業普及所が設けられており、原則1名の農業普及員が配置されています。郡農業普及員は、地域の農家にとって最も身近なサポーターです。アウトリーチ・プログラムにおいては、現場の農家と県農業事務所、バジョ農業研究開発センター(=プロジェクト)をつなぐ存在として、そして現場での各種作業を指導・監督する担当者として、多岐にわたる役割が期待されています。具体的には、候補農家の選抜、園芸作物の種苗配布、農家に対する技術指導、活動状況のモニタリング等の業務です。
プロジェクトでは、プログラムを促進するに当たっての郡農業普及員の重要性に鑑み、園芸技術研修等の実施を通じ、彼らの能力強化にも取り組んでいます。

6.活動内容

アウトリーチ・プログラムに基づき実施される活動について、具体的な実施手順や構成内容が画一的に定められているわけではありませんが、共通する大きな流れとしては、以下の1)から5)が挙げられます。バジョ農業研究開発センターによるイニシアティブの下、県農業事務所、郡農業普及所を加えた三者が連携を取りながら、モデル農家を対象とするこれら一連の作業を軸に、果樹/野菜を対象とするか、あるいは作物栽培/種苗生産を行うか等の目的に応じて、必要とされる活動が比較的臨機応変に実施されます。
1)プログラム支援対象農家の選抜
2)バジョ農業研究開発センターでの技術研修の実施
3)生産活動に必要な園芸作物種苗の生産・配布
4)栽培過程における技術指導
5)活動状況の定期モニタリング
また、参加農家に提供される技術支援の特長を一つあげるとすれば、特定の技術のみに焦点を当て断片的に取り上げるのではなく、園芸作物栽培の全プロセスで求められる主要な技術を実践重視で系統的、網羅的に教授するという点でしょう。

7.おわりに

ここまで見てきたとおり、アウトリーチ・プログラムとは、個別の定型化された普及システムや普及事業を指すのではなく、プロジェクトの普及活動に一定の方法論的枠組みを与える普及アプローチあるいは普及コンセプトであり、それに基づく活動の総称です。プロジェクトがアウトリーチ・プログラムに基づき展開する普及活動では、「果樹普及農家育成プログラム」がその代表として挙げられますが、上記の目的と枠組みで地域農家を対象に実施されるその他諸々の普及活動も、アウトリーチ・プログラムの範疇に入るものと言えるでしょう。私たちは、それらの活動を展開する中で、農業分野におけるアウトリーチ・プログラムの整備と定着に取り組んでいるのです。