工科大学生、障害児用自助具の試作に挑戦

2023年3月15日

3月2日から13日まで、ファブラボ品川の林園子代表と濱中直樹ファウンダーが短期専門家としてブータンに派遣され、主にプンツォリンで、3Dプリンタを用いた障害者自助具のデザインと試作の普及を行いました。

ファブラボ品川は、日本国内で唯一、作業療法士がいるファブラボとして知られています。作業療法士の視点を反映させた障害者自助具の製作やそうした用途に合った材料(フィラメント)の研究開発、障害当事者、家族、ケア担当者などの「ニードノウア(ニーズを知る人)」も参加して、短期間でそのニーズに合った自助具を試作する「メイカソン」の開催、そしてその自助具や試作プロセスの文書化を進めて他の人も参照できるよう公開するオープンソース化といった分野で、これまで多くの実績を上げてきたファブラボです。

林・濱中両専門家は、着任後、まずカウンターパート機関である王立ブータン大学科学技術単科大学(CST)の学生を主な対象に、「3Dスキャン」「3Dプリントの材料選択と後処理」という2つのワークショップを主催しました。3Dスキャンは、粘土などで造形した複雑な形状を三次元データ化するための技術で、特に自助具製作では必要となる場面があります。

ファブラボCST開所後、利用者はこれまで、使い勝手のよい「PLA」と呼ばれる生分解性プラスチックの固い材質のフィラメントをもっぱら用いて3Dプリントを行ってきました。しかし、両専門家は、やわらかい素材の「TPU」フィラメントや、ファブラボ品川がユニチカ株式会社と共同開発した「TRF+H」というフィラメントも紹介し、用途に応じて原材料を使い分けること、さらには3Dプリント後にヘアドライヤーで熱風を当てて、形状を整える後処理の技法について、参加者に体験する機会を提供しました。PLA以外の素材のフィラメントを用いたハンズオン研修は、ブータン初となります。

これらの講習会を踏まえ、3月6日(月)から9日(木)まで、両専門家は、障害児向け自助具の試作に取り組むミニ・メイカソン「小さいけれど、意味あるものを作ろう(Let’s Make Something Small But Meaningful!)」を主催しました。近隣のプンツォリン市の障害児特別教育指定校「SENスクール」である、ソナムガン初等学校とプンツォリン・リサル後期中等学校から、障害を持つ生徒各1人と担当養護教員、それに小学生の障害児についてはその母親にも参加いただき、これら「ニードノウア」を放課後ファブラボに招きました。これに別途募集したCSTの学生15人が参加し、これら参加者が2グループに分かれ、各々の「ニードノウア」のニーズに合った自助具を短時間でデザインするというイベントです。

ミニ・メイカソンは、毎日午後4時から6時30分まで行われました。1日目はニードノウアへのインタビュー、2日目はアイデアをスケッチしてグループ内で意見を出し合って共同で取り組む自助具を決める作業、3日目はアイデアスケッチをもとに試作(プロトタイピング)を行い、そして4日目はその成果を発表します。この間、ニードノウアは学校が用意したスクールバスで毎日ファブラボを訪れ、デザインを担当する学生グループから寄せられる質問や、実際に自助具を使用する生徒の手や指、手首などの採寸に応じました。

CSTでは、ハッカソンやアイデアソン、ビジネスアイデアコンテストなどのオープンイノベーション創出促進イベントはこれまでも行われてきました。しかし、実際にその試作品を使う人がデザインのプロセスに最初から関与する形態はこれが初めてです。しかも、デザイン共創の相手が、これまでほとんど交流する機会のなかった工科大学の学生と障害児やその父兄、養護教員だったことから、特に初日は、両者の間で、お互いどう接していいのか戸惑う様子も見られました。

しかし、2日目になると緊張もほぐれてゆき、学生とニードノウアの間での活発な意見聴取が行われました。学生が思い描いた仮説に対し、障害児の母親や養護教員がその子がふだん使用している文具や食器なども見せ、それが今はどのように使われているのかを説明し、デザイン改善に向けた提案をしたりする姿も見られるようになりました。

3日目の試作では、学生グループの作業は主に工作機械が置かれた作業スペースで進められました。ニードノウアは研修会議室で待機し、学生から時折寄せられる相談や確認に応じました。同行した母親や養護教員は、「こんなものは作れるのか」と、新たな自助具や教具のアイデアを、ファブラボのスタッフに持ちかけるようになりました。教員の中には、自ら3D CADプログラム「Tinkercad」の操作を始めて、学校で必要なものをデザインしてみたりする動きが見られました。

メイカソン3日目終了後、学生の試作は深夜にまで及びました。一部の作品については翌朝も3Dプリント出力が続きました。4日目も最初の約2時間は試作品の完成作業に時間が割かれました。3Dプリンタだけでなくミシンまで使い始めたチームも現れました。昨年12月にプロジェクトが主催した学生インターン向け1日縫製研修に参加した学生がメイカソン参加メンバーにおり、ミシン操作を知らない他の学生に彼らが教えるという姿も見られました。

17時50分、2つのグループが、計6点の自助具の試作品の発表を行いました。多くは、ニードノウアである2人の障害児生徒が好きだと答えた「書くこと」をサポートする道具でした。実際に自助具を装着して、筆を持って絵を描く生徒には笑顔も見られました。

短期間で行われるメイカソンで、出てくる自助具アイデアは大きなものではありません。すぐに実装できるものではないかもしれないし、ニードノウアが最も解決したい大きな課題を直接解決するものではないかもしれません。ミニ・メイカソンを通じて気付かされたのは、これがデザイナーとニードノウアが出会うきっかけに過ぎず、4日間一緒にデザイン共創に取り組むことで、お互いの理解を深め、信頼を醸成するプロセスだったのではないかということでした。

なお、ミニ・メイカソン参加者による試作プロセスはすべて参加者により記録が取られ、ファブラボCSTのホームページ上で公開されています。

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ミニ・メイカソン初日、参加者は緊張の面持ち(写真/山田浩司)

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ミニ・メイカソン初日、緊張しながらもニードノウアへのインタビューに入る(写真/山田浩司)

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ミニ・メイカソン2日目、ニードノウアを前に、自助具アイデアをスケッチする(写真/山田浩司)

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アイデアスケッチの様子(写真/山田浩司)

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出されたアイデアは模造紙に貼り出し、参加者間で共有(写真/山田浩司)

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ミニ・メイカソン3日目、3D CADを使ったデザインに取り組む(写真/山田浩司)

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待っている間に養護教員も3D CADプログラム「Tinkercad」を独習する(写真/山田浩司)

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参加チームにアドバイスする濱中専門家(写真/山田浩司)

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ミニ・メイカソン最終日、PCと3Dプリンタの間の往復が激しさを増す(写真/山田浩司)

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できあがった試作品を着用するニードノウア(写真/山田浩司)

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できあがった試作品を着用するニードノウア(写真/山田浩司)