-モンゴルの障害者雇用の現場から-優良事例を訪ねて

2022年8月3日

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策が強化されているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」が制定され、翌17年には障害者の就労促進が国家目標に掲げられるなど、法制度の整備も進む中、2021年からはモンゴルの労働社会保障省とJICAが技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト(DPUB2)」を実施しています。
このコラムでは、障害者の雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて、障害者と企業双方が笑顔になれる就労の実現を考えます。

【CASE1】スーパーマーケット「M-mart」を展開するマックスフード社「一人一人に合った仕事をマッチングする」

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M-martの倉庫で笑顔を見せるイフバヤルさん

新生児黄疸が原因で脳性まひに

鉱山や建設、ホテル、輸入など、多岐にわたるビジネスを展開しているモンゴル大手企業マックスグループ。傘下の一つ、マックスフード社が運営するのが、スーパーマーケット「M-mart」だ。1996年に1号店が「マックススーパー」としてオープンしたが、2009年に社名と小売店名を分けることになり、今の名前となった。5月現在、ウランバートル市内で12店舗が営業している。

その一つ、太陽住宅店を訪れた。店舗名は、近くに架かる「太陽橋」に由来している。鉄道により分断されていた北側の商業地区と南側の工業地区をつなぎ、市内の交通渋滞を緩和するために、2012年に日本の無償資金協力で完成した跨線橋だ。同店は今年2月、太陽橋の周囲に建設されたマンション群「太陽住宅」の敷地内にオープンした。

この日は月に一度の棚卸しが行われており、店内は、買い物客に加え、陳列棚の商品を数えたり、ボードに記入したりするスタッフたちで活気に満ちていた。そんな様子を横目に見ながらバックヤードに向かうと、飲料品やトイレットペーパー、洗剤などが天井近くまで積み上げられた部屋の中で、男性がせっせと商品を分類していた。入社して7年目のイフバヤルさんだ。倉庫に配達されてきた商品の荷卸しから伝票との照合、検品、仕分け、そして店舗での品出しなどを行っている。普段はもっと家から近い店舗で働いているが、3月から改装工事で一時的に閉店しているため、終わるまでの2カ月間、同僚5人と一緒にこの店舗に配属されているのだ。

イフバヤルさんには、後天性の脳性まひがある。モンゴル最大の祭典「ナーダム」の期間中にゴビ・アルタイ県の小さな村で生まれたため、新生児黄疸が出た時にすぐに医者に診てもらうことができなかったのが原因だ。高熱に気づいた母親が慌ててバイクで遠方の病院まで運んだ時には、すでに脳の組織がダメージを受け、手足が動かせない状態だったという。その後、6歳になるまで母親のエンフトヤさんに連れられ約1000キロ離れたウランバートルの病院に定期的に通って治療を受けたおかげで、手足は動かせるようになったものの、言語障害は残ったままだ。

遊牧業をしていた父親が2014年に亡くなり、一家でウランバートルに出て来てからは、イフバヤルさんが一家の大黒柱だった。弟は学生で、母親も2人の幼い妹たちの世話があり働けなかったためだ。区の労働福祉サービス課に登録に行き、「何でもするので仕事をください」と訴えたイフバヤルさん。ほどなくして今の仕事を紹介された時は、心底ほっとした、と振り返る。

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商品の仕分け作業をするイフバヤルさん

配属前のアセスメントを重視

そんなイフバヤルさんのことを「誰にでも優しく仕事熱心」だと話すのは、太陽住宅店の店舗マネジャー、ナンディントヤさんだ。2月のオープンに合わせ他の店舗から異動してきた。一緒に働くようになって日が浅いものの、店舗合同のイベントで何度も会ったことがあり、人柄はよく知っていた。「実際に受け入れてみると、イフバヤルさんはいつも朗らかに仕事に取り組み、スタッフルームでも彼の周りにはいつも笑顔が溢れています」と、ナンディントヤさん。ただ、商品をたくさん運ぼうと頑張りすぎる傾向があると感じているため、「無理しないでね」と、定期的に声をかけるようにしているという。

一時的に受け入れているイフバヤルさんたちをのぞくと、太陽住宅店の社員は48人で、そのうち2人に緊張すると言葉がうまく出てこない言語障害がある。1人はレジの担当で、働き始めて3カ月。もう一人は商品陳列や販売促進を行うマーケティングアドバイザーとして働くようになって6カ月が経つ。

イフバヤルさんやこの2人のように、店舗で働く障害者は、マックスフードの本社の人事部が一括して募集、選考した上で採用し、各店舗に配属している。求人はグループとして出す場合と、子会社ごとに出す場合があるという。

3年前にマックスグループに入り、1年前にマックスフード社の人事マネジャーに就任したムンフシュルイさんによれば、同社が障害者の雇用に取り組み始めたのは、1999年に法定雇用率が制定されたのがきっかけだった。現在、350人の社員のうち、12人が障害者だ。

特に気を遣っているのが、採用した障害者の配属だ。ムンフシュルイさんは、「来店客の人数や客層は店舗によって違うため、長く働いてもらうにはマッチングが大切です」とした上で、「アセスメントをしっかり行い、一人一人に合った店舗や部署に配属するようにしています」と強調する。マックスグループ全体の社員数は約2000人、障害者も約200人に上るが、子会社の中でもマックスフード社がマッチングを一番大切にしているという。

そんな彼女は、モンゴルの大学を卒業後、台湾の大学院で2年間、人事と国際ビジネスを学び、修士号を取得したという経歴の持ち主だ。障害者雇用に関心を抱くようになったのは、大学院を修了後、台湾にある日系企業の子会社で1年半働いた際、聴覚障害者と言語障害者の同僚と親しくなったことがきっかけだった。生き生きと働く障害者の姿を初めて目の当たりにして感動した気持ちを原点に、人事の業務に励んでいる。

その一方で、言語障害のあるスタッフに、客がそうと知らず話しかけて双方がストレスを感じることにならないよう、そのスタッフの名札に「ご質問はレジまで」という言葉を添えることにしたが、それが正しいことかどうか自信が持てずにいる、という悩みも打ち明けた。

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太陽住宅店マネジャーのナンディントヤさん

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M-martを展開するマックスフード社で人事マネジャーを務めるムンフシュルイさん(マックスフード社提供)

7年の間に生まれた変化

残念ながら、モンゴル社会では障害への理解がいまだに十分とは言えないのが現状だ。前出のイフバヤルさんの母親、エンフトヤさんも、息子がうまく話せないために酔っ払い扱いされたり、銀行からローンを断られたりして悔し涙を流すたびに、かつて病に早く気付いてやれなかった自分を責めては、一緒に涙を流したという。しかし、そんなエンフトヤさんを支えたのもまた、イフバヤルさんだった。

「どんなに落ち込んでも2~3日で元気を取り戻し、再び前を向こうとする息子の姿に、逆に私の方が力をもらっていました」

今の職場で働くようになって7年の間に、イフバヤルさんはすっかり変わった。重い商品を運び続ける肩や腕は、筋肉がついてたくましくなった。見た目だけではない。以前は人と話すことを嫌がり、怒りっぽくて頑固だったが、今は別人のように穏やかになり、人に躊躇せず話しかけ、相手の話を最後まで聞いてから自分の意見を言えるようになったのだ。上司や同僚と話したり、時に怒られたりした経験が息子を変えたと実感しているエンフトヤさん。「私は今、息子のおかげでとても幸せです」とつぶやき、微笑んだ。

アセスメントを重視し、障害者一人一人を適切な店舗や業務に配置するマックスフード社の取り組みから言えるのは、障害者がやりがいを持ち、長く働ける職場は、すべての人にとって働きやすい職場だということだ。試行錯誤を重ねながら、より良い環境を作り出そうと努力する同社の姿勢は、大きな可能性を秘めていると言えよう。障害者が社会に出て働くことで、本人は言うまでもなく、周りの身近な人間や、受け入れる企業にも、大きな変化が生まれる。

今後、モンゴル政府が提供する「ジョブコーチ就労支援サービス」を通じてさらに雇用が拡大し、モンゴル社会が変わっていくことを期待したい。

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母親のエンフトヤさん(左)は、イフバヤルさんの最大の理解者であり、応援者だ

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M-martでは、アセスメントを重視し、一人一人を適切な店舗や業務に配置している(マックスフード社提供)

【企業概要】

企業名 マックスフード
事業 スーパーマーケット・小売業
従業員数 350人
うち障害者数 12人(脳性麻痺、聴覚障害、言語障害など)
雇用のきっかけ 法定雇用率の制定
雇用の工夫 障害者と職務のマッチング、障害者のアセスメント

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年から提供が開始されることが予定されている。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。