-モンゴルの障害者雇用の現場から-優良事例を訪ねて

2022年10月20日

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策が強化されているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」が制定され、翌2017年には障害者の就労促進が国家目標に掲げられるなど、法制度の整備も進むなか、2021年からはモンゴルの労働社会保障省とJICAが技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト(DPUB2)」を実施しています。
このコラムでは、DPUB2が障害者の雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて、障害者と企業双方が笑顔になれる就労のあり方を伝えます。

【CASE 2】コンビニエンスストア「CU」を運営するセントラル・エクスプレス社「先駆的な企業文化を大切に、違いを受け入れ合う」

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働き始めて4カ月になるグンジッドマーさん(左)と、あたたかく見守る店舗のシニアマネジャーのムンフエレデネさん

「7つの価値」を掲げて展開

明るい緑色と紫色のポップなコーポレートカラーが目を引く「CU」。韓国のBGFリテールが運営する大手コンビニエンスストアで、マレーシアやベトナムなどアジア各国に積極的に進出している。モンゴルでは2018年8月に地場のセントラル・エクスプレス社とマスターフランチャイズ契約を結んで首都ウランバートルに6店舗を同時オープンした。外資系コンビニとしてすぐにトップシェアを獲得。コロナ禍以降も店舗拡大を続け、今年6月下旬には220店舗に達した。2022年末までに285店舗まで増やす計画だ。

国内での展開を担うセントラル・エクスプレス社は、自社企画のプライベートブランド(PB)商品のラインアップの充実を図る一方、2021年11月にはモンゴル証券取引所へも上場するなど、勢いが止まらない。いまや、ウランバートルの市街地を5分もそぞろ歩けば1~2店舗は必ず目に飛び込んでくるほどの存在感を誇り、地方への展開にも意欲的だ。

そんな同社は障害者の雇用にも積極的に取り組んでおり、2600人近い社員のうち約100人が障害者だ。法定雇用率を満たすために障害者を一気に採用する企業も多い中、同社は障害者に特化した求人を出すことはせず、一般の求人を見た応募者の中から選考したり、社員から紹介してもらったりしながら、少しずつ雇用を増やしてきた。

また、「オープンな発想」や「皆に配慮する」などの価値を社是に掲げ、さまざまな研修を企画し、違いを受け入れ合う寛大さを社員に求める一方、会社としても持続的な勤務環境を確保するため、社員をできるだけ自宅から近い店舗に配属するほか、定期的な通院が必要といった事情がある場合は平日に休みを取得できるようシフトを調整するなど配慮を徹底している。特に、障害者を配属する際は、通いやすさに加え、店舗マネジャーとの相性も考慮するという徹底ぶりだ。

涙をこえて見つけた喜び

4月末のある朝、バリラガ店を訪ねた。日本大使館とブルガリア大使館、チェコ大使館の間の道を10分ほど歩いた先の住宅街にあるこの店舗は、近くに小学校から高校までの一貫校があり、若者層の客が多いという。この日も、通勤の途中に飲み物を買いに立ち寄ったらしい女性がレジに並んでいたり、20代ぐらいの若者たちがイートインスペースでスマートフォンをいじったりしながら談笑していた。

昨年12月からここで働いているグンジッドマーさんには知的障害がある。他の店舗で研修を受けた後、自宅から近いバリラガ店に配属されたグンジッドマーさんは、週に4日、床を掃除したり、イートインスペースに残された空容器を片付けたり、テーブルを消毒したりしている。「お店の中で、ミントのキャンディが一番好き」とはにかむ姿は、少女のようにあどけない。

南ゴビ県で生まれてすぐ両親や兄とウランバートルに引っ越した。特別支援学校に通っていたが、5年生の時に携帯電話を盗まれる事件があり、辞めてしまった。以来、歯医者として忙しく働く母親に代わり家を掃除したり、体調を崩した父親の世話をしたりしながら過ごしていたが、最近、父親が亡くなったことから、母親の勧めでCUの求人に応募した。

親しい友だちがいないグンジッドマーさんは、以前は母親が仕事をしている間、家で一人、父親を思い出しては涙をこぼすことも多かったが、バリラガ店で働くようになってそれも減ってきたという。最近、自分のお金で初めて新しいiPhoneを買った。次の目標は、大好きなお母さんとクルーズツアーに行くことだ。「仕事は好き?」と尋ねると、「とっても楽しい!ずっと働きたい」と、笑顔がはじけた。

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住宅街の一角にあるCUのバリラガ店

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大好きな母親が買ってくれた髪飾りをつけて、イートインスペースのテーブルを拭くグンジッドマーさん

4人目の娘

そんなグンジッドマーさんが「ムーギーお兄さん」と呼んで信頼を寄せるのが、シニアマネジャーのムンフエレデネさんだ。2年前に入社し、バリラガ店の運営を任されている。国内最大の携帯電話事業者モビコムで7年働き退職したムンフエレデネさんは、その後、半年ほど私用で滞在していた韓国でCUをよく利用していたため、モンゴルに帰国して入社を決めた。

バリラガ店で受け入れた障害者はグンジッドマーさんが初めてだが、以前からバーガーキングなどのファーストフード店で障害者が働く姿を見ていたため、本社からグンジッドマーさんの受け入れを打診された時も驚かなかったというムンフエレデネさん。私生活では、6歳から10歳まで3人の娘の父親でもあるため、彼女が初めて店に来た日、一緒に来た母親から「年齢は29歳だが、知能は6~7歳程度」だと聞いてからは、「4人目の娘だと思って接することにしよう」と考えるようになった。

最初のうちこそ、飲み物を色ごとに棚に並べるように指示したのに種類が混じって一からやり直したりすることもあったが、家での娘たちとの会話を思い返しながらグンジッドマーさんに合う仕事を考え、イートインスペースの片づけと掃除をやってもらうことに決めた。店は8時から23時まで営業しているが、彼女のシフトは客が比較的少ない11時から20時に固定するなど、他のスタッフの理解と協力を得つつ、グンジッドマーさんに過度のストレスがかからないよう気を配っている。

そんなムンフエレデネさんのあたたかい配慮が伝わったのだろう、年下のスタッフたちも、大好きな母親について話し続けたり、「昨日、テレビを買い替えた」と、家での出来事を細かく報告したりする無邪気で幼いグンジッドマーさんを「妹」と呼び、優しく接しているという。

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バリラガ店の運営を任されているムンフエレデネさん

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「仕事が楽しい」と笑顔で話すグンジッドマーさん

1日33万食を製造する工場の「お母さん」

セントラル・エクスプレス社では、店舗の運営だけでなく弁当の製造も行っており、その工場「セントラルフーズ」でも障害者が働いている。

市の中心部から車を1時間ほど走らせたハンオール区。見渡す限り平野が広がり、特段、働き口がなかったこの地にCUの弁当工場が完成したのは、2020年11月末のことだった。韓国の仕組みを参考に、全220店舗で販売されるサンドイッチや総菜、弁当のうち、レストランなどへの委託製造分をのぞいた全体の約8割、日に33万食がここで製造されている。厳重に衛生管理された製造エリアでは、野菜の洗浄や肉の加工、弁当の箱詰めやおにぎりの成型など、工程ごとに明確にエリアが分かれ、流れるように作業が進む。一方、毎朝4時半過ぎにはこの工場から15台のトラックが出発し、遅くとも7時までには全店舗に配送を終える。

製造と配送を全体統括するのは、工場長のバヤルマーさんだ。ベーカリーなどで10年近く生産技術者として勤務後、3年前に同社に入社した。モンゴル社会に新風を吹き込むコンビニエンスストアで商品の製造を管理するCUの仕事業態に、自身を成長させてくれる職場だという魅力を感じたという。

ここでは、約290人のスタッフのうち12人が障害者だ。このうち、知的障害や言語障害がある者は倉庫で仕分け作業や清掃をし、聴覚障害がある者は弁当箱の洗浄作業を行っているという。バヤルマーさんが1人1人面接し、障害特性も鑑みつつ担当業務を決めた。1日しか記憶を保持できない短期記憶障害があるスタッフもおり、作業手順を描いた図を壁に掲示するといった工夫も行っている。

セレンゲ県で生まれ、2003年にウランバートルに引っ越してきたオチゲレルさんは、生まれつき左目が見えず、軽度の知的障害もある。技術大学で生産技術を学んだ後、2020年に地元のバヤンゴール地区で開かれた就労支援プログラムに参加した際、トレーナーからCUの求人情報を聞いて応募した。当時はまだ工場が建設中だったため、自宅近くのレンタルオフィスに通っていたが、現在は毎朝5時半に起き、工場の送迎バスで1時間半かけて通勤しているという。休憩時間もパンの数を数え、かかってきた電話に出るなど、甲斐甲斐しく働く理由を尋ねると、「みんなと一緒にいるのが楽しいの」と笑顔で答えた。

オチゲレルさんは、バヤルマーさんのことを「二のお母さん」と呼ぶ。「私だけでなく、社員一人一人のことを気に懸けて励ましてくれるから」と、オチゲレルさん。時折、「疲れた」「辞めたい」という言葉が口をついて出てしまうこともあるが、そのたびに部屋に呼んで話を聞いてくれ、「あなたはこの会社にとって大切な人だよ」と繰り返し言い聞かせて励ましてくれるバヤルマーさんへの信頼はあつい。一方、バヤルマーさんも、「できることとできないことをアセスメントして適切な部署に配属すれば、障害者も仕事にしっかり取り組める」との考えを示したうえで、「今後も一人一人に適した仕事を提供していきたい」と応じた。

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ハンオール区に建てられたセントラルフーズの工場では、弁当やおにぎりなど1日33万食が製造されている(写真提供:CU)

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製造と配送を全体統括するバヤルマーさん(写真提供:CU)

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「仕事が楽しい」と話すオチゲレルさん

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技術大学時代の同級生も同じ工場で働いている。今も大の仲良しだ。

守り続ける理念

セントラル・エクスプレス社の社員の採用を任されているのは、人事部長のセブジェさんだ。モンゴル人文大学で経営を学び、経済大学で経営学修士(MBA)を取得。CUで2カ月間、インターンとして働いた後、2019年に正社員となった。

当時のCUはモンゴル上陸から1年が経過した頃で、破竹の勢いで店舗の拡大を進めていた。セブジェさんは、「ウランバートル市内の渋滞が年々ひどくなり、移動のストレスが高まる中、わざわざレストランや喫茶店まで行かなくても、街角の店舗でコーヒーを楽しみ、トイレを利用できるコンビニエンスストアの業態に魅力と可能性を感じた」と、入社の理由を話す。

セブジェさんがこれまでに面接した障害者は230人を超える。質問に答えなかったり、内向的な傾向が強かったりする人もいるが、相手がどんな人間か理解しようとすることが大切なのは、障害のない人の面接と同じだと気が付いた。

配属先の店舗マネジャーから「想像していた以上に働いてくれる」「真面目」と聞くと、「嬉しくなってもっと頑張りたくなる」と話すセブジェさん。応募してくれたからといって全員雇用するわけにはいかないからこそ、ひとたび採用する人にはそれぞれの障害特性に応じて適した仕事を任せることが大切だと実感している。「そうすれば、皆、必ずや心を込めて働いてくれます」と話すとおり、これまでに2人の障害者がその働きぶりを評価されて店舗マネジャーに登用された。

入社するまで障害者と接したことがなく、これでいいのかと自問を繰り返しては、「一番育成されるべきは自分」だと自らに言い聞かせている謙虚なセブジェさん。店舗数が220を超え、今後はフランチャイズの予定もあるため、「CUとしての理念を失わないためにも、各店舗と継続的に連絡を取り合い、フォローすることが大切」だと話す。障害特性の理解を促すために、社員向け研修の企画やオンライン教材の製作にも積極的だ。

モンゴルにコンビニエンスストアという新しい文化を持ち込んで人々の暮らしに革新を起こすセントラル・エクスプレス社が積極的に障害者を雇用することによって社会に与えるインパクトは計り知れない。同社が今後、モンゴル政府の「ジョブコーチ就労支援サービス」を通じてどのような機運を創出するのか、注目される。

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セントラル・エクスプレス社 人事部長のセブジェさん(写真提供:CU)

【企業概要】

企業名 セントラル・エクスプレス
事業 コンビニエンスストア
従業員数(全体) 約2600人
従業員数(工場) 約290人
うち障害者数(全体) 約100人(脳性麻痺、聴覚障害、言語障害など)
うち従業員数(工場) 約12人(2022年5月現在)
(言語障害、聴覚障害、知的障害)
雇用のきっかけ 社是「7つの価値」の実践
雇用の工夫 自宅の近くに配属する、社員向け研修の充実、障害者と職務のマッチング、障害者と店舗マネジャーのマッチングなど

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。