-モンゴルの障害者雇用の現場から-優良事例を訪ねて

2023年2月1日

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策が強化されているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」が制定され、翌2017年には障害者の就労促進が国家目標に掲げられるなど、法制度の整備も進む中、2021年からはモンゴルの労働社会保障省とJICAが技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト」を実施しています。
このコラムでは、DPUB2が障害者の雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて、障害者と企業双方が笑顔になれる就労のあり方を伝えます。

【CASE4】国内最大飲料メーカーのAPUカンパニー「長く幸せに働ける職場を皆でつくる」

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倉庫マネジャーのエンフサイハンさん(中央)と、聴覚障害があるジャブズマーさん(左)、同僚のオユンチメグさん。小柄だが、より良い組織づくりに精力的に取り組む部下思いのエンフサイハンさんは、「小さな上司」と呼ばれて皆から慕われ、頼りにされている

創業1世紀を前に企業理念を刷新

英雄チンギス・ハーンの名前を冠した最高級ウォッカ「チンギス」や、「アルタン・ゴビ」、「セングール」、「ボルギオ」といった豊富なラインナップを誇る国産ビール、ソフトドリンク、ミネラルウォーター、乳製品など全35ブランド334種類にわたる飲料品を生産し、4か国に輸出しているモンゴルの代表的な企業の1つ、APUカンパニー。1924年にモンゴル初のウォッカ蒸留所として5人のモンゴル人が9人のロシア人とともに操業を開始した同社は、2022年6月現在、約2400人の従業員を擁する国内最大の醸造・飲料メーカーへと成長を遂げている。

創業から間もなく1世紀を迎えるのを前に、2021年にはミッションステートメントを「国民の毎日の生活に寄り添う」と刷新。また、理念の一つに「いつでも誰でも幸せに、環境に良い飲料品を」を掲げるなど、地球環境と国民の生活、そして一人一人の幸せをつなぐ企業経営を目指している。また、すべての従業員にとって働きやすい職場環境の整備や、心身の健やかさへの配慮など、4つの指針から成る「APU LIFE」を謳い、「社員に優しい会社」として政府から表彰も受けている。

そんな同社は、障害者の雇用にも積極的に取り組んでいる。聴覚障害や視覚障害、言語障害、内部障害など、なんらかの障害がある社員は、今年6月末時点で27人。うち20人が工場や倉庫で働いている上、4人がマネージャークラスに登用され、管理部門でも4人が働いているという。また、視覚障害者協会から新たに採用した2人のマッサージ師も、週に3回、3時間ずつ、交代で勤務している。

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APUカンパニーは、ビールやウォッカといった酒類から、乳飲料やジュース、水まで、幅広い飲料の生産を手掛ける国内最大の飲料メーカーだ

失いかけていた自信、見つけた居場所

6月下旬、同社を訪ねた。コーポレートカラーの赤色に塗られた社屋が、初夏の爽やかな青空によく映える。

その奥に並ぶ倉庫の一つでは、飲料の運搬・配送に用いる段ボールの組み立て作業が行われていた。水色の作業服姿の女性が畳まれた段ボールを箱状に広げ、仕切りを中に入れてから上下逆さまにベルトコンベヤーに載せると、フラップと呼ばれるフタ部分を機械が自動で折り込んで直線状にテープを貼っていく。ピーッ、ガシャン、ピーッ、ガシャンと定期的に響くテープの切断音が小気味いい。

黙々と作業していたのは、T.S.ジャブズマーさんだ。今年25歳。先天性の難聴と言語障害があり、補聴器をつけて生活している。

4人姉妹の末っ子としてドンドゴビ県で生まれた。幼い頃から身体を動かすことが好きで、小学生の時にバレーボールと卓球を始めると、特に卓球はめきめきと上達。公式試合にも何度か出場するなど、名前を知られるようになった。その後、一度は国立産業大学に進学したが、1年で退学。そんな時、ジャブズマーさんの卓球の腕前を見込んだ体育大学からの誘いを受けて、入学し直したという。卒業後は体育の先生になりたいという夢があったが、「障害者には無理」だと応募を却下されることが続いたため、いったん帰郷した。

その後、知人に勧められ、APUカンパニーでパートとして1か月間働いてみたところ、雰囲気が良くて気に入ったというジャブズマーさん。そのまま3か月間の有期雇用期間を経て、1年前から正社員として働くようになった。体育の先生になることを志していた時には、「耳が聞こえない」「うまく話せない」と、“できないこと”を指摘されてばかりだったため、自信をなくしかけていたが、APUカンパニーでは、耳のことを取り立てて問題視する人もいなければ、うまく話せないことをからかったり敬遠して距離を置いたりする人もおらず、皆、ごく自然に接してくれるため、居心地の良さを感じている。

勤務は、火曜から土曜までの週5日。姉一家と暮らしている家を7時前に出て、8時には出社し、8時半から17時半まで段ボールを組み立てている。基本的に立ち作業が続くため、最初の頃は腰が痛くなって大変だったが、最近は慣れてきて、1時間あたり定められているノルマもこなせるようになった。週に一度、昼休みに近くの学校の体育館を借り、何人かで卓球をするのも楽しみだ。

そんな彼女をあたたかく見守る1人が、同僚で指導係のE.オユンチメグさんだ。以前は妹と小売店を営んでいたが、彼女の妊娠を機に店をたたみ、10年前にAPUカンパニーに入社した。倉庫での作業はすべて把握しているオユンチメグさん。ジャブズマーさんと同年代の息子と娘もいるため、「彼女はもう一人の娘のようなものです」と微笑む。実際、会話の合間に顔を見合わせて笑い合う2人の様子からは、仲の良さが伝わってくる。

オユンチメグさんは、ジャブズマーさんが入社する前にも、聴覚障害がある男性職員と一緒に倉庫で働いていたことがある。彼女自身は、聴覚障害者の友人がいることから簡単な手話ができ、男性とのコミュニケーションにも特段の大変さは感じなかったというが、その男性が時折、同僚の口元の動きを誤解して自分の悪口を言われていると思い込み、落ち込む姿を目にしたという。オユンチメグさんは、「聴覚障害者と接する時は、彼らが一喜一憂しやすい特性があることに配慮しなければならないと感じた」と振り返ったうえで、「工場のラインはチーム作業で、一人でも欠けると流れが止まる。だからこそ皆が長く働ける環境を整えることが大切」だと続ける。

その隣で、「今年9月からは体育大学の修士課程にも通いたいんです」と、ジャブズマーさんが目を輝かせて教えてくれた。同社には、勉強したい社員が仕事と学びを両立できるように勤務時間を調整し、50万トゥグルグ(約2万4000円)の助成金が支払われる制度があるという。障害があるからと一度は諦めかけたジャブズマーさんの向学心を後押する制度も、従業員に長期にわたって働いてもらいたいという同社の姿勢の表れだと言えよう。

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モンゴル最大の飲料メーカー、APUカンパニーの本社ビル

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倉庫で段ボールを組み立てる聴覚障害者のジャブズマーさん

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部下思いの「小さなボス」

7年の間に生まれた変化

ジャブズマーさんとオユンチメグさんが働く倉庫の業務を統括しているのは、シニアマネジャーのS.H.エンフサイハンさんだ。入社して10年間、生産ラインで働いた後、倉庫に移動し20年が経った。

倉庫で働いているのは、150人。このうち、前出のジャブズマーさんと、もう一人、まったく聞こえない男性の2人が障害者だ。男性は瓶のふたを開ける作業を担当しており、勤続15年になるという。

ジャブズマーさんと男性の業務内容は、同社の規定に基づいてエンフサイハンさんが決めた。同社は、社内のすべての作業をあらかじめアセスメントを行い、軽度、中程度、重労働の3段階に分けた上で、新入社員の障害の有無や能力、特長に応じて雇用契約を結ぶなど、採用から配属まで人事を体系的に進めている。障害者の場合、安全上の理由から、工場や生産レーンではなく倉庫に配属され、エンフサイハンさんが6種類の作業のいずれかを割り当てるのだ。1~2か月ごとに作業を交代する他の作業員と異なり、障害者の担当業務は基本的に据え置きだが、その代わり、計4つの倉庫を定期的に異動させつつ気分転換を図るなど、仕事に飽きないよう工夫しているという。

エンフサイハンさんは、聴覚障害者について「勤務態度は総じて熱心で、誉めるとさらに一層、張り切ってくれる」と評価した上で、「彼・彼女らが仕事の上でトラブルを起こしているかどうかだけでなく、心の奥底まで知ろうとすることが大切だ」と話す。ささいなことでも喜んだり落ち込んだりするため、日頃から趣味や人柄を理解したうえで言葉遣いに留意し、日々の様子や変化に気を配る必要があるためだ。ジャブズマーさんも、最初は卓球の腕前を自分から言おうとしなかったが、少しずつ関係を深めていく中で話してくれたという。

また、同僚といい関係を築けるように側面支援することも上司の役割だと考え、定期的に社内イベントを企画したり、3か月に一度、オープンデーには障害者の家族に個別に業務を説明して同僚を紹介したり、休日に部下を自宅に招いて交流の機会をつくったりしているエンフサイハンさん。最初に障害者と一緒に働いたのは、少しずつマネジメント業務を任されるようになった入社8年目の時だった。

聴覚障害者6人の指導を任されたものの、付きっ切りで指導することは難しかったため、同僚と連携し、情報共有しながら交代で様子を見守った経験から、「いつもふさぎ込んで、幸せではない人たち」だと思っていた障害者が前向きに生活を楽しもうとしていることや、ささいな言葉で傷つきやすいため接し方に注意する必要があることを学んだ。この6人の中の1人が、前出の勤続15年の男性だという。

企業が障害者を雇用する意味について尋ねると、エンフサイハンさんは、「企業で働く以上、利益を上げる必要があるのは言うまでもないが、障害の有無によらず、従業員を単に労働力として見るのではなく、どうすれば幸せに働いてもらえるか考えることが大切」「その方法を考えられる企業人がモンゴルに増えれば、障害者が一層、職場に定着するはず」と、熱く語った。

良い職場環境づくりのために労を惜しまないエンフサイハンさんのあたたかさは、ジャブズマーさんとオユンチメグさんにも伝わっているようだ。「仕事には厳しいですが、怒っていても相手に救いの手を差し伸べ、背中を押すことができる不思議な人なので、叱られている気がしません」「小柄でパワフルな私たちの“小さな上司”は、とても素敵な人ですよ」-。そう嬉しそうに話す2人の横顔は、エンフサイハンさんへの尊敬と信頼に輝いている。

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倉庫の業務を統括しているエンフサイハンさん。「障害があるスタッフが同僚といい関係を築けるように側面支援することも上司の役割」だと話す。

社員研修を通じた新しい組織文化づくり

障害者に幸せに働いてもらうために、APUカンパニーではさまざまな取り組みを進めている。

総務人事本部長のJ.イチンホルローさんは、「2021年に新しい労働法が制定された。今後、より多くの障害者に働いてもらうためには、組織文化の改革が必要だ」と意気込む。

その一例として、イチンホルローさんは、採用面接時の履歴書の電子化を挙げる。今年8月から求人や応募が電子化された「e-job」という採用システムが始動するのを見据えて検討を進めており、書類作成のハードルを下げて紙で提出することが難しい人にも門戸を開くことが目的だという。

また、2021年には障害者雇用促進キャンペーンを展開し、聴覚障害がある社員のために社内の動画コンテンツに手話通訳をつけたり、健常者向けに日常会話レベルの手話教室を開いたりしたほか、社内向けイントラネットに「Are you OK?」というコーナーを立ち上げ、障害のある社員の働きぶりや人柄、家族と過ごす様子などを伝える動画を紹介した。

同社が特に力を注いでいるのが、障害に対する社員の理解を深めるための啓発活動と人材育成だ。前出のエンフサイハンさんは、30年にわたる自身の経験を社内に還元するために、積極的に社内研修の講師を務めている。

昨年は社員の中から数人を選び、新入社員、障害者、シニア職員に対する効果的な接し方を指導してトレーナーとして育成する研修プログラムを実施した。これは、組織としてより体系的に人材を育てるために始まったもので、認定されると、給料とは別にトレーナー代が支払われるという。

さらにエンフサイハンさんは、今年1月に始まったコーチングプログラム「APUアカデミー」でも講師を務め、月に一度、社是と理念を社員に伝えている。参加者数は、毎回40人で、6月末までに240人が受講した。障害者への適切な声かけの方法や障害理解についても、毎回、必ず触れているという。

一連の研修を統括する総務人事部長のG.ガントゥグスさんは「平等な職場は規則によって義務付けられたり強制されたりするのではなく、一人ひとりが意識することで実現する」と考えている。昨年のキャンペーンでは、さっそく嬉しい手応えもあった。それまで障害があることを隠し続けていた社員の一人が、名乗り出てくれたのだ。

「皆が障害を隠すことなく、互いを理解し合い、尊重し合える社風にしたい」

モンゴルの飲料トップメーカーであるAPUカンパニーが、アセスメントを重視して人材を配置したり、社内の研修制度を立ち上げトレーナー人材の育成に取り組んだりしていることは、頼もしい。さらに、前出のエンフサイハンさんが「これまで障害者団体やNGOが紹介してくれる人や、求人情報を見て自分から応募してくる人を待っていたが、今後はわれわれの方から障害者にアプローチしたい」と話すなど、同社は、障害者雇用の方法の見直しにも意欲的で、DPUB2が進めるジョブコーチ就労支援制度にも高い関心を寄せている。同社がDPUB2とタッグを組んで障害者雇用のモデルを創り出す日は、もうすぐだ。

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総務人事本部長のイチンホルローさん(APUカンパニー提供)

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総務人事部長のガントゥグスさん(APUカンパニー提供)

【企業概要】

企業名 APU Company(APU)
事業 飲料メーカー
従業員数(APU全体) 約2400人(2022年6月時点)
従業員数(倉庫) 約150人(2022年6月時点)
うち障害者数(APU全体) 27人(2022年6月時点)
うち障害者数(倉庫) 2人(聴覚障害者)(2022年6月時点)
雇用のきっかけ ・モンゴル社会における障害者雇用に関する機運の高まり
・創業1世紀を前に企業理念の見直しを進める中で、社会貢献などへの意識も高まったため
雇用の工夫 ・業務を事前にアセスメントし、レベル分けした上で、体系的に配属する
・社内トレーナーを育成し、伴走者を育てて長期にわたる就労を目指す
・社員向けに障害理解研修を実施する
・情報アクセシビリティの確保

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。