-モンゴルの障害者雇用の現場から-優良事例を訪ねて

2023年3月8日

2009年に障害者権利条約に批准し、障害者の権利保障と社会参加を促進する施策が強化されているモンゴル。2016年には障害者の権利を定めた「障害者権利法」が制定され、翌17年には障害者の就労促進が国家目標に掲げられるなど、法制度の整備も進む中、2021年からはモンゴルの労働社会保障省とJICAが技術協力「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト(DPUB2)」を実施しています。
このコラムでは、DPUB2が障害者の雇用を進めるモンゴル企業を訪ね、関係者への多角的なインタビューを通じて、障害者と企業双方が笑顔になれる就労のあり方を伝えます。

【CASE 5】人々の暮らしを金融面から支えるハーン銀行「人事部が率先して障害を理解し、銀行内に還元する」

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下肢に障害のあるアンホーチメグさん(左)に、融資について相談するガングルジュ夫妻。ウランバートル市郊外でカシミア工場を経営している2人は、長年にわたって工場の資金繰りを一緒に考えてくれるアンホーチメグさんを全面的に信頼している

国内最大のATMネットワーク

預金、貸出、そして為替という3つの業務を通じて、お金の貸し借りをしたい人たちの仲立ちをしたり、社会における通貨の流通量を増やしたり、預金者の口座を確認して遠くに住む人や会社への支払いや受け取りを行う銀行。モンゴルには現在、11の商業銀行があり、中小企業への融資や住宅ローン、外国為替取引など、人々の暮らしをさまざまな形で支えている。しかし、かつて長く続いた社会主義体制時代は、国有の銀行が一行しかなく、生産と消費はすべて政府によって規制されていたという。国有銀行の民営化が進み、今日のような商業銀行が相次いで設立されるようになったのは、1990年に社会主義から民主化への道を歩み始めた後のことだった。モンゴルで初めての証券取引所が開設されたのも、この時期だ。
ハーン銀行は、国有銀行の農業部門が民営化されて誕生した。一時は経営不振に陥ったが、2003年に日本の大手旅行会社エイチ・アイ・エスを子会社に持つ澤田ホールディングスが地場財閥とともに資本参加して経営再建に乗り出したことから、国内トップレベルの銀行へと躍進した。現在は、ウランバートル市内から遊牧民が暮らす地方まで、全土に500店舗を超える支店ネットワークを有し、ATM網は国内最大を誇る。モンゴル人の7割が同行に口座を開いているとも言われる。

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ハーン銀行本店の人事部長として、グループ全体の人事を統括するS.H.ガンビャンバさん

ハーン銀行が障害者の雇用に積極的に取り組むようになったのは、15年ほど前からだ。ちょうどその頃に人事担当として同行に入り、現在は本店の人事部長として全体の人事を統括するS.H.ガンビャンバさんは、法定雇用率を満たさない場合に課される納付金の額が引き上げられたことや、企業の社会的責任(CSR)が重視される風潮が強まったこと、また、障害を隠している人に障害手帳の交付を受けるよう呼びかける研修が広まったことなどが背景にあったと指摘する。
同行は現在、約6000人の社員を擁しており、うち155人が聴覚障害や身体障害、内部障害などがある障害者だ。このうち、ウランバートル市にある本店で働く54人は、金融の専門家として高い専門性をもち、リスク対策やカード管理、経営相談などを担当。一方、市内の支店で働く12人と、地方支店で働く89人は、窓口業務や接客などに就いているという。155人は、SNSやウェブの求人情報を見て応募してきたり、労働社会福祉サービス庁から紹介されたりした中から本店が一括して選考した。中には10年以上働いている人もいるという。さらに、半年前からは視覚障害者協会の傘下にある団体「ベストマッサージ」と提携してマッサージ師の受け入れも開始。デスクワークで疲れた社員が休憩時間に待合室で施術を受けている。

大切に育む顧客との信頼関係

本店が入るハーンタワーの階下に設置されたハンオール区のビジネスセンターで紹介されたアンホーチメグさんは、会った瞬間、知性と芯の強さ、そして太陽のような明るさが伝わってくる女性だった。中小企業向けビジネスローンを担当しており、ウランバートル市内の8支店で融資した企業数を競い合う中、3年連続でトップの成績を収めたという。支店長のE.プレヴェサンジュさんが、「彼女はとても頑張り屋で、チームワークにも優れている。僕の頼れる右腕です」と、全幅の信頼を寄せるのもうなずける。

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「アンホーチメグさんは僕の右腕です」と話すE.プレヴェサンジュ支店長

現在はシニアリレーションシップマネジャーとして多くの顧客を抱え、融資やビジネスの相談に乗って活躍するアンホーチメグさん。しかし、先天性の下肢障害があり、歩く時に身体が左右に大きく揺れてしまうことから、以前は、人知れず悔し涙を流したり、ぶつけ先のない怒りを黙って飲み込んだりしたこともたびたびあった。
銀行で働きたいという夢を描き、大学で経済学を専攻したアンホーチメグさんは、成績が良く、書類選考はどこも難なく通ったものの、面接ではあからさまにさげずまれたり、全身を不躾な目で見られて心ない言葉をかけられたりしたという。「不採用通知が続いたこともつらかったが、それ以上に、見た目で判断する人の多さに傷ついた」
その後、会計士を目指す人向けに職業訓練センターで教えていたアンホーチメグさんに、登録していたスフバートル区の労働社会福祉サービス局から電話があり、ハーン銀行の面接を受けるように言われたのは、2004年のことだった。「また嫌な思いをするかも」との不安もあったが、大学時代に取り組んだことや卒業後の経験をアピールし、採用を勝ち取った。
入行4年目の2008年に現在の支店に配属されて以来、取引先から融資の相談を受けたり、合間を縫って外出しては名刺を配り、新たな顧客の開拓に努めたりと忙しい日々を送っているが、「国の発展のカギを握るのは中小企業」「融資先のビジネスが成長していくのを見るとやりがいを感じる」と話す表情は、大好きな仕事ができる喜びに満ちている。「いずれは支店長になりたい」という夢もあるが、夫と4人の子ども、そして義理の母と暮らす家庭に仕事の話は持ち込まないと決めている。
そんなアンホーチメグさんは、担当する顧客からの信頼も厚い。ウランバートル市の郊外で2004年からカシミア工場を経営しているガングルジュさんも、その一人だ。日本への留学経験があるガングルジュさんは、自身のネットワークと語学力を生かしてカシミア製品を日本に輸出している。
アンホーチメグさんとの出会いは、初めて融資を相談した2012年のこと。以来、10年にわたって工場の経営に関する情報をすべて打ち明け、共に歩んできた。「ビジネスが順調な時も、そうでない時も、彼女は工場の状況をいつも気に懸けてくれ、新しい機械を入れると必ず見に来てくれるし、相談にも親身にのってくれる」とガングルジュさん。アンホーチメグさんが昇進してからも、チームで情報を引き継ぎ、部下を指導しながら工場を見守り続けてくれていることに感謝しているという。「毎日のように電話で話し、月に数回は銀行か工場で顔を合わせているので、家族のようなものです」と笑い合う3人の周りは、あたたかい空気に満ちていた。

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「アンホーチメグさんのおかげでビジネスを成長させることができた」と話すガングルジュ夫妻(両脇)。ウランバートル市の郊外でカシミア工場を経営している。

手術を後押ししてくれたあたたかい支援

ハーン銀行内の有志の寄付を受けて手術を受けた行員がいると聞き、5月初旬、バヤンズルフ区の支店を訪ねた。車の修理工場やさまざまな町工場が並ぶ地区だが、その中でもこの支店の顧客の業種が多岐にわたり、最も忙しい支店の一つだという。この日は、たまたま月初めだった上、第一月曜日でもあったため、月に一度支給される年金を受け取りに来た住民たちで、店内は大混雑していた。

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地元の顧客でにぎわうバヤンズルフ支店の様子

その行員は、にこやかな笑顔で出迎えてくれた。入行8年目のB.アンフザヤさん。先天的に脊椎に異常があり、腰から背中、肩にかけて大きく弯曲していたが、2年前にトルコで手術を受け、現在は一見すると身体のゆがみは分からない。
雄大なハンガイ山脈の南側に位置するウブルハンガイ県バヤンゴール郡で生まれたアンフザヤさんは、母親が軍の機関で働き転勤が多かったため、7歳まで祖父母に育てられた。母親と暮らすようになってからも高校卒業までに6回転校を繰り返し、友達作りに苦労したアンフザヤさんは、遊ぶ代わりに勉強に打ち込み、ウランバートル市内の私立経営大学では成績優秀者向けのハーン銀行の奨学生に選抜され、ハーン銀行に入行してからも、わずか2年目に最優秀社員として表彰され、高額ローンの担当を任されるなど、周囲の期待に応え続けてきた。

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銀行からのサポートを受けて脊椎の手術を受けたバヤンズルフ支店のB.アンフザヤさん

一方、幼い頃はそれほど目立たなかった背中の歪曲は、成長期に急激に悪化し、年を追うごとに痛みも強まり苦しむ日々が続いていた。
ある日、自分と同じ病状の人がトルコ人医師の手術を受けることになったというフェイスブックの投稿を見て、自分も手術を決意したアンフザヤさん。入行後に初めて配属された支店のガンゾリグ支店長や、当時配属されていた支店のダリスレン支店長に休職の相談をすると、2人は人事部と掛け合い、最初の3カ月を有給休暇扱いにしてくれた上、入行した時から続けていた住宅ローンの積み立ても、半年分を減免してくれるなど、銀行としてバックアップに注力してくれた。また、アンフザヤさんが自身のフェイスブック上でクラウドファンディングを始めると、全職員に寄付を呼びかけ、銀行からの見舞金と合わせ、必要経費の3分の1を集めてくれたという。特に、自身もトルコに留学していたガンゾリグ支店長は、病院の紹介から、術前術後に静養するホテルの手配まで、個人的なネットワークを生かして親身に世話してくれた。
また、手術を終えたアンフザヤさんが自宅に近いバヤンズルフ支店で復職することが決まると、A.ビャンバスレン支店長は勤務時間を調整したり、仕事の合間にソファで身体を伸ばせるように休憩室を整えたりと、人事部と相談しながら受け入れ態勢を整えた。
「就職面接では、“身体が曲がっていて見た目が悪いので顧客の前に出せない”と言われ、傷ついたりもしたが、ハーン銀行は私の可能性を認めてくれ、手術代も支援してくれた。感謝しています」と話すアンフザヤさん。現在は、企業経営者ら300人を担当し、取扱金額は1.3兆トゥグルク(約544億4600万円)に上る。
「お客様のビジネスがハーン銀行のローンを受けて成長していくのを見ると嬉しいです」。張りのある声でそう話した後、すぐに表情を引き締め顧客対応に戻ったアンフザヤさんの横顔は、自信に満ちている。

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手術を終え、復職したアンフザヤさんをバヤンズルフ支店で受け入れたA.ビャンバスレン支店長(左)

全支店長に障害者への理解を呼びかけ

前出のガンビャンバさんによれば、同行では、これまでのところ、採用した障害者の配属や受け入れにあたってトラブルは起きていないという。
その理由として、人事を統括している前出のガンビャンバさんは、本店からすべての支店長に対して障害者への理解を呼びかけていることと、社員向けに研修を実施していることを挙げる。同行では「顧客を尊重する」「行員が高い専門性を持つ」「チームワークで働き差別をしない」「業務に積極的に参加する」「自己研鑽に努める」「電子化を推進する」の6つを社是に掲げており、行員の意識啓発もその一環として進めているのだ。
そんなハーン銀行は、DPUB2との連携にも積極的だ。2018年には先行プロジェクトである「ウランバートル市における障害者の社会参加促進プロジェクト」(DPUB1)が実施した障害平等研修に、2度にわたり行員を派遣。人事部の20人と、ウランバートル市内の支店長18人が、障害者を排除しないインクルーシブな社会や組織づくりについて学んだ。また、今年5月にも、DPUB2が企業向けに実施した啓発セミナーやジョブコーチセミナーに人事部から3人が参加している。「まず人事部が障害について理解を深めることで、行内全体の意識啓発につなげたい」と、ガンビャンバさんは意気込む。
おりしもコロナ禍の影響で在宅勤務が進み、障害者にとって通勤上のハードルが減ったのを機に、障害者雇用のさらなる促進にも意欲的だ。高い知識や専門性が求められる銀行員という業務の性質上、適切な求職者を見つけるのは容易ではないが、今後、ウランバートル市内に新たに立ち上げるコールセンターでは、これまで雇用できていない車椅子利用者も積極的に採用することにしているほか、障害のある顧客のために各支店の前にスロープを整備し、来店時のアクセシビリティを改善するなど、障害者への配慮を多角的に進めていく予定だという。
人々の暮らしをさまざまな形で支えている国内最大規模のハーン銀行が、今後、モンゴル政府のジョブコーチ就労支援サービスを利用して障害者の雇用をさらに推進することで、銀行内の行員はもちろん、同行を利用する顧客や、広くモンゴルの人々が障害者の働く姿を目にする機会も増えるとDPUB2は期待している。同行が障害者雇用の一翼を担い、障害者に対する社会の意識を変革する頼もしいけん引役となることは、間違いない。

【企業概要】

企業名 ハーン銀行
事業 銀行業
従業員数(全体) 約6000人
うち障害者数(全体) 155人(聴覚障害、身体障害、内部障害など)
・本店:54人
・ウランバートル市内の支店:12人
・地方の支店:89人
雇用のきっかけ ・納付金引き上げ
・企業の社会的責任(CSR)が重視される風潮の強まり
・6つの理念の実践
雇用の工夫 ・本店から全支店長に障害者への理解を呼びかけ
・行員向け研修の実施
・今後は、コールセンターで車いす利用者の雇用も開始予定

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】
ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。