はじめに

お産は赤ちゃんを産む女性、家族そして地域にとってとても重大な出来事です。そして、お産には、常に何が起こるかわからないという危険が伴うため、その危険に対応することのできる医療施設へのアクセスが母と子の生死を決めると言っても過言ではありません。医療制度の進んだ日本のお産に関連する女性の死亡は出生10万人に対して約10人と言われますが、フィリピンではその16倍、約160人と言われます。この背景にはフィリピンの村落では地域の根強い慣習があること、医療施設が身近にないこと、医療サービスに支払うお金がないなどの理由から、多くの女性が十分な技術を持ち合わせていない伝統的産婆さんに頼り、自宅で出産をしています。一方、医療施設に行ったとしても緊急事態に対処するための訓練を受けた医師・助産師がいなかったり、あるいは必要な機材や薬品が十分になかったりします。

日本政府は1960年代から母子保健サービスの人材育成と一次保健施設を中心とした資機材整備を継続的に支援してきており、2006年からはフィリピン国保健省と共同で妊産婦や新生児の死亡率の削減を目標として母子保健プロジェクトを実施しています。2006年から2010年まで行われた最初のプロジェクトの成果を基に、現在は2010年から4年間の計画で新たに「東ビサヤ地域母子保健サービス強化プロジェクト」を実施しています。

プロジェクトは、フィリピンの中央部にある多くの島々の一つ、人口約170万人のレイテ島(ただし、タクロバン市を除く)で、25の第一次保健施設とそこで働く医療スタッフ、その管轄地域に住む住民、また、それらの施設を運営する市町村、保健サービスを監督する保健行政事務所3ヶ所を対象に実施されています。そのため、多くの関係者が地域、町、州と様々なレベルでプロジェクトに関わっています。これは、妊産婦や新生児の命を守るためには、医療サービスの改善だけではなく、保健サービスを支える保健行政や地域行政、そしてなによりもそれを利用する地域住民が一体となって取り組む必要があるからです。

伝統や習慣が根強く残る地域では、住民が質の良いサービスを求め、医療施設を積極的に利用するように、啓発活動を実施することが重要になります。また、医療サービスを提供する側もそれに応じて質の改善をする必要があります。これらを実現するためにはサービスを提供する側と利用する側の両方をつなぐ地方行政の資金や条例の整備や、道路や交通手段といったインフラ整備が不可欠です。さらには、保健行政側の計画策定や監督能力を強化し、継続的に質の良いサービスを提供していくことが肝心です。このプロジェクトでは、日本人専門家5名がフィリピン国保健省東ビサヤ地域局と一緒に保健サービスの改善として、地域に住む人々に一番身近な第一次保健施設の資機材の整備と、医師・看護師と助産師の訓練、保健行政のモニタリング強化、地方行政との連携強化、そして地域ぐるみの妊産婦・新生児をサポートするシステムづくり(コミュニティ健康チームの組織化)を進めています。