マラウイボランティアレポート「こんにちは」

2022年8月18日

名前:新居真梨子
隊次:2021年度1次隊
職種:小学校教育
配属先:カプタ小学校
出身地:大阪府大阪市

マラウイに来てちょうど1年が経ちました。私はマラウイ北部にあるムジンバという町の近くにあるカプタ小学校というところで算数の授業を現地の先生と一緒にやっています。さて、今日はマラウイで学んだ大切なことについて書きます。

頻繁に外国人と出会うことが多くはない地方の町で、私のようなアジア人が一人で買い物をしていると、興味津々に話しかけてくれたり、挨拶をしてくれたりすることが多いマラウイの人々。家から30分離れたマーケットへ買い物に行くまでに、最低50回は誰かに挨拶しないとたどり着かないんじゃないかと思うぐらい、とてもフレンドリーに話しかけてくれます。しかし残念なことに"〇%&+!&~!!"(よくわからないデタラメな言葉)を言われ、からかわれることもあります。大きな町などではよく言われますし、任地に赴任して間もないころは、学校の中でもたくさん言われていました。もちろん、とても好意的にハロ~、マウカ~(トゥンブカ語でこんにちわ)と言って手を振ってくれる児童もたくさんいます。しかし、現地語であるトゥンブカ語をほとんど理解できないでいた私は、からかわれたり、奇異な目で見られたりするたびに疎外感を感じていました。はじめは日本と何もかもが違うマラウイの生活を楽しんでいたものの、しだいに異文化に暮らすということは、想像以上に難しいものだと知りました。学校での活動の中でも、先生にも、児童たちにも言いたいことが言えない、伝えられないもどかしさを痛感するとともに、これまで暮らしてきた環境が全く違う人々と活動する、意思疎通を図る、同じ目標に向かって活動するということが、これほどまでに難しいものだとは知らず、自分自身にとってとてもいい経験になっています。

そんな中、毎回私のいる教室を通るたびによくわからないデタラメな言葉で、明らかに私をからかってくる子がいました。あまりにしつこいので、ある時、追いかけていき"なんて言っているの?"と、問い詰めたことがありました。しかし、オドオドした彼からは、思いがけない言葉が返ってきたのです。

"こんにちは"

彼は確かにそういいました。私はとてもびっくりしてしまい、とっさに"こんにちは"と返しました。

"すごい!!日本語がはなせるのね!うれしい!"と私が言うと、彼は満面の笑顔で去っていきました。それから彼は、すれ違うたびに笑顔で"こんにちは"と言ってくれます。

できない、伝わらない、うまくコミュニケーションが取れないことを私はすべて「言葉が通じないから」と言葉のせいにしていたことに気が付きました。まずは知り合う努力をしなければ、なにも始まらない。ちょっと関わり方を変えてみたり、勇気を出して話をしてみるだけで、意外とすんなり伝わったり、良い関係を築くことができるのだと学びました。

マラウイに来て1年ですが、やはりまだまだわからないこと、うまくいかないことだらけです。計画されているような、されていないような停電に毎日翻弄されながら、それでも毎日誰かに助けてもらって活動を続けています。異文化に暮らすということがどういうことなのか。多様性を認め合うとはどういうことをいうのか。日本にいては決して学ぶことができなかったことを経験でき、非常に有意義な日々を過ごしています。あと任期も半分をきりましたが、残りの期間、少しでも何かマラウイの人々に返せるよう、ほんのわずかでも自分にできることを見つけていきたいと思います。