第22回 マレーシアの帰国研修員の活躍—その1—

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シンサイさんとスイランさんの研修中のツーショット!

「声を出したくても出すことができない、そんな弱い人々の立場に立って、声無き声の叫びに真摯に耳を傾け、私はその人たちの権利を守るための仕事ができることにやりがいを感じています。」これは、2006年JICA東京集団コース「職業リハビリテーションと障害者の就労」に参加したマレーシアの帰国研修員のことば。

—ここに1枚の写真がある。上記でご紹介したマレーシアからの研修員と、同じコースに参加したラオスからの研修員の2人です。ラオスからの研修員はここ数回、連載のコラムでご紹介したシンサイ・ローさん。視覚障害者IT支援に勤しんでいる姿は今も変わらず、ラオスで希望に満ちた活動を続けている。

さて、今日からは彼の横で微笑むもう一人のJICA元研修員のおはなし。彼女の名前はヨー・スイランさん、現在、首都クアラルンプールにあるユナイテッド・ボイスという名前のNGOオフィスで働いている。この「ユナイテッド・ボイス」という団体は小さな知的障害者のセルフ・アドボカシー(権利のための本人活動)を推進するグループであり、彼女はその団体のコーディネーター。

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JICA東京にて講義受講中のスイランさん

「知的障害の人たちはその障害の特性により、長い間自分で判断する力や自己決定する力が劣っていると思われてきました。多くの場合、家族や支援者が彼らの代弁者として活動の中心にいました」スイランさんはそう話しを切り出した。「でも、それは“彼らにはできない”と決め付けてしまう社会の間違った価値観が先行してしまっているからだと思います。彼らにも自己決定の潜在能力が備わっているはずです。できる範囲でその力を引き伸ばす支援が必要だと思うのです。それがセルフ・アドボカシー活動支援です。」

今、障害者分野でよく聞く言葉が「セルフ・アドボカシー」ということば。自分が直面している様々な困難を、自分の声で、自分の考えで社会に訴えていくことが、当事者主権の第一歩。スイランさんはJICA東京での研修中も、日本における知的障害者団体の当事者活動の歴史や経緯を熱心に勉強していた。まず自分に自信を持ってこそ、障害当事者が社会で活き活きと活動をすることができ、ひいては学業や就労への機会参加へと繋がっていくのだとスイランさんは強く確信している。

帰国後、知的障害者のセルフ・アドボカシー活動の重要性を、積極的にマレーシア全国に広げていくためにはどうすればよいのか、彼女のアクション・プランのテーマはそこに集約された。ラオス研修員と同様、彼女も「有言実行」の人、テキパキと物事を処理し、揺ぎない行動力を伴う人である。帰国後、JICAマレーシアとの連携プロジェクトを実現、彼女のアクション・プラン「知的障害者の本人活動運動の推進」プロジェクトが、2007年春、走り出した。研修員一人一人が持つ素晴らしいアイデアとプロジェクトに対する情熱。果たして何人の協力者を分かち合い、そのプロジェクト実現へ向けてどのような計画を進めていくことができるのか、それが大きな成功の鍵であることは明らかだ。

「もし、ラッキーにもその全ての偶然が重なったときに、その国の社会福祉改革の大きな大きな歴史的第一歩を踏み出すことができるかもしれない!」
そんな希望の思いを持ってしまうのは私だけでしょうか?


(財)日本国際協力センター(JICE)研修監理員 前島由希