汚職犯罪の撲滅に向けて−課題別研修「汚職対策(刑事司法)」を開催

 アジア、中近東、アフリカ、中米の18カ国から刑事司法関係者を招聘し、日本を含む各国の汚職対策法制について研修を行いました。

研修コース名:「汚職対策(刑事司法)」
本邦滞在期間:2015年10月12日〜2015年11月19日
研修実施機関:国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)

概要

(1)ドイツのフィンドル判事による講義

 JICAは国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI、東京都府中市)のご協力を得て、2015年10月12日から11月19日にかけて、課題別研修「汚職対策(刑事司法)」を開催しました。この研修は1998年に開始され、18回目にあたる今年は「汚職犯罪の摘発・処罰能力の強化と官民連携・国際協力の推進」を主要テーマとして取り上げました。
 アジア、中近東、アフリカ、中米の18カ国から総勢24名にのぼる裁判官、検察官、警察官、司法省・内務省・汚職対策委員会等の職員が来日、日本からは裁判官、検察官、警察官、証券取引等監視委員会職員計6名が参加し、UNAFEIでの約1ヵ月にわたる合宿生活を通じ、日本を含む各国の汚職対策法制について理解を深めました。

なぜ汚職対策が重要か

(2)グループに分かれてUNAFEI教官をファシリテーターにディスカッション

 JICAが国際協力の中で汚職対策を重視する理由は、汚職犯罪が開発途上国の社会の安定と安全に深刻な脅威をもたらし、国の発展と経済成長を妨げるからです。汚職の蔓延は、(1)政府の統治に対する国民の信頼を失わせ、(2)自由で公正な競争を阻害し、ひいては(3)国民のモラル崩壊につながります。汚職の撲滅は“グッドガバナンス”の実現に不可欠の要素と言えます。
 “汚職”とは、「議員・公務員など公職にある者が、自らの地位や職権・裁量権を利用して横領や不作為、収賄や天下りをしたり、またその見返りに特定の事業者等に対し優遇措置をとる等の不法行為」(ウィキペディア(Wikipedia))を言うとされていますが、大多数の国が署名しており汚職対策の国際基準とも言える“腐敗の防止に関する国際連合条約(UNCAC)”にも定義がありません。
 研修プログラムの冒頭に行われた講義「汚職犯罪対策の国際比較」(一橋大学法学研究科・王雲海教授)において、同教授は中国、米国、日本の汚職対策法制を概観した後に、中国では「共産党による統治の正当性の維持」が、米国では「市場経済における公正な競争のルール」が、日本では「公職の尊厳や公人のモラル」が保護法益の中心にあり、それは可罰行為の類型・範囲や法定刑の軽重に影響を与えている、と分析した上で、研修員たちに「皆さんの国の汚職対策法制が守ろうとしているものは何か?」と問いかけました。
 今回の研修では、ドイツ、香港からも専門家をお呼びし各国の汚職対策法制と執行状況について説明してもらったため、参加者からは「複数の汚職対策先進国の法制・執行状況と自国の状況を比較できた。」と評価されました。

汚職度の国際比較

(3)原爆ドーム前にて:広島では被爆語り部のお話も聞きました。

 各国における汚職を含む社会の腐敗度を数値化したものに「腐敗認識指数(Corruption Perception Index)」があり、国際NGOであるTransparency Internationalが毎年公表しています。今回の研修参加者の母国は一部の例外を除き、評価対象国168か国の中で80位以下のランク付けとなっています(2015年値、下位に行くほど腐敗度が高くなります)。日本は18位で欧州諸国と並んで上位につけています。ちなみに、今回の研修で事例を取り扱ったドイツは10位、米国は16位、香港は18位、中国は83位です。しかしながら、我が国の歴史を振り返ってみると、古くは7世紀半ばの大化の改新で国家の所有とされた土地・人民がやがて有力貴族・寺社によって私有化され、武家政権下での上級武士(≒高級官僚)と御用商人の癒着はTV時代劇の格好のテーマです。さらに、明治維新以降戦後に至るまで著名政治家や高級官僚を巻き込んだ数々の疑獄事件が起こっています。本研修中にもマイナンバー関連の収賄容疑で厚生労働省の室長補佐が逮捕され、羽田空港の格納庫を巡る汚職で国土交通省係長が再逮捕されました。日本にとっても汚職は無縁の存在ではなく、汚職の撲滅は「かつて来た道」であり、今も進行中のタスクと言えます。

汚職犯罪の国際化

(4)閉講式で研修員を代表して研修の成果を報告するウズベキスタン研修員

 グローバル化の進展に伴い、汚職犯罪も国際化しています。国際取引にかかる汚職行為など国境を越えた汚職犯罪も増加傾向にあり、収受された賄賂や横領された公金はしばしば隠匿のために海外に送金されています。開発途上国と日本の刑事司法実務家が一ヶ月以上にわたる合同研修を通じて習得した知識・情報と人的ネットワークは、各国内および国際的な汚職犯罪の撲滅のために非常に有効とJICAは考えています。