インドネシア、国民生活の向上を狙う新しい社会保険制度

インドネシアの新しい社会保障制度の拡充に向け、被用者社会保障実施機関(BPJS雇用)の担当官を対象に「インドネシア保険徴収研修」行いました。

インドネシア共和国は現在、新しい社会保障制度の拡充に取り組んでいます。2014年には、同国における日本年金機構のような役割を担う、新たな社会保障機関「BPJS健康」と「BPJS雇用」が発足され、医療保険と年金保険の全国民への適用が義務付けされました。JICA東京ではBPJS雇用の担当官を対象に「インドネシア保険徴収研修」を行いました。約4週間にわたる本研修の内容は、日本の保険制度について学ぶ講義から、企業や労働保険事務組合の見学、社労士事務所でのインターンシップまで多岐に及びます。

インフォーマルセクターにおける労働者の保険加入が課題

研修員のレギさん(BPJS 戦略的パートナーシップ ジュニアマネージャー)

BPJS雇用は、2029年までに年金保険の全国民への適用を目標として掲げています。しかしながら、インドネシアにおける全労働者の約60%が、日雇い労働者、自営業者、個人事業主といったインフォーマルセクターの労働者である点が適用拡大の大きな障害となっています。

本研修の参加者でBPJS雇用 戦略的パートナーシップ ジュニアマネージャーのレギ・ハンドコ・パサリブさんによると、「インドネシアでは保険料の徴収は毎月行われることとなっているが、インフォーマルセクターの労働者の収入は不安定なため、保険料の支払いが難しい。また、保険未加入者の大多数を抱える農村部では、教育やインフラの整備が行き届いておらず、労働者の多くは、保険制度の存在や必要性を理解していない」ということです。

インドネシア政府は、国内の労働者を、高所得者、中所得者、低所得者と、三つに区分していて、低所得者については、国から補助金を支給し、保険料の支払いを免除しています。しかし、この補助金は医療保険にしか適用されていません。インドネシアにおける労働者の大多数は低所得者層です。「こうした労働者を守るためにこそ保険制度があるべきです。保険に加入していなければ、労災に遭ったときに莫大な治療費がかかってしまいます。また、年金が支給されないこと、亡くなったときに遺族に保障がないことには、国民の生活は守られず、国の発展はありません。国民が受けられるべき新しい保障制度を確立する役割をBPJS雇用が担っています」とレギさんは語ります。

日本の事務組合や社労士制度を応用した新しい制度の導入

コースリーダーの小野佳彦氏(全国社会保険労務士会連合会 特定社労士)

およそ2億5000万人の人口を抱えるインドネシアで、数少ないBPJS雇用の担当官だけで、全国民に対して保険加入を推進し、また保険料徴収を徹底するのは非常に困難です。一方、日本の経済成長と社会保障制度の発展において、事務組合や社労士は大きな役割を果たしてきました。

「今日のインドネシアの社会には、日本の経済成長期に共通することが多々あります。かつての日本でそうであったように、社労士が企業や事業所を一軒ずつ訪問し、保険加入のメリットと非加入の罰則について説明して回り、加入のプランも立てる。アンケートデータも取り、それに基づいて国がまた保険制度に反映させていく。民間の自立的な活動を活用した日本のモデルが、保険の適用拡大につながることが期待されています」とコースリーダーの小野佳彦氏(全国社会保険労務士会連合会)は語ります。

公正な社会保険制度の確立に向けて

過去にはインドネシアにも事務組合のような組織が存在しましたが、不正が蔓延して、すぐに崩壊してしまいました。それは、徴収にばかり重点が置かれ、サービスのクオリティーコントロールが含まれていなかったことが原因にあります。

「社労士の業務は、保険の加入推進や事務処理に限りません。労務管理などのアドバイスをすることによって、労使紛争の未然防止や解決も図ります。それにより企業の生産性が上がり、従業員の給与も上がります。給与が上がった分、保険料が多く徴収可能になり、保険のサービスケアが充実します。このような好循環の流れができます」(同上 小野氏)

社労士は労使双方にとって公正な立場から、より良い会社作りに貢献し、それが社会や国の発展へとつながるものです。公正なシステムの確立に向けて、インドネシア政府は日本に倣い、社労士制度を国として認可していく目標を立てています。今年10月からは、本研修の成果を反映したインドネシア版事業組合のパイロットプロジェクトがスタートします。

日本の社会保険制度を海外へ推進していくことは、日本の国際貢献においても大変意義のあるものです。本研修がその一役を担い、世界中のより良い社会作りと人々の生活向上につながることを願います。

JICA東京 人間開発課 (2016年8月)