ザンビアでのボランティア活動を振り返って

2019年4月9日

2016年度3次隊・野菜栽培
ムピカ農業短期大学
岡田 晃治

1.はじめに

2017年1月から2019年4月までの2年3ヶ月間、ザンビア共和国で2016年度3次隊 青年海外協力隊員として活動した岡田です。ボランティア活動を通じて貴重な経験をし、多くの学びを得ることができました。そこでぜひ私の経験を共有したいと考え、このような活動報告という形で寄稿することにしました。活動を少しずつ振り返りながら、私が実際どのようにボランティア活動に取り組んでいたのかを紹介します。

2.赴任まで

協力隊に参加する以前、私は大学院で農学を学ぶ学生でした。将来的に私には海外経験が必要だと考えていた時に、JICA職員による出前授業を受けたことがきっかけで、協力隊への応募を決意しました。その時の講義はとても印象的で、それまで知らなかった貧困や飢餓の現状を突き付けられ、私にも何か力になれることがあるのではないかと思ったことを今でも覚えています。大学院ではキノコ栽培に関する研究をしていたので、キノコ栽培に取り組める可能性があるザンビアでの活動を希望しました。無事に合格した後に大学院を休学し、3ヶ月間の野菜栽培技術補完研修と70日間の派遣前訓練を経てザンビアへ派遣されました。

3.1年目の活動

2017年1月、期待と不安を胸にザンビアの地に降り立ちました。初めてのアフリカということで心配事も多かったのですが、実際に来てみると首都ルサカは発展しており、大きなショッピングモール、たくさんの日本車、おしゃれなレストラン・・・ここは本当にアフリカだろうかと思う景色が広がっていました。1ヶ月間、首都にて安全講習や現地語の練習等を行う現地訓練を経て、2月に任地へ赴任しました。

任地は首都からバスで北東へ10時間進んだ場所に位置するムピカという町です。地形は山がちで他郡に比べて標高が高く、降水量も比較的多いのが特徴です。郊外には複数の河川があり、降水のない5~10月の乾季でも広く農業生産が行われています。配属先は町の中心から20km離れた場所にあるムピカ農業短期大学(Zambia College of Agriculture - Mpika)です。校内では講師による講義と農場での実習が行われています。学校運営とは別に農場も経営しており、灌漑を利用した野菜栽培や家畜飼育が行われています。私は当初、農場を管理する部局に配属され、作業員とともに農作業をすることになりました。そこで行われていたのは日本での方法とは全く違うザンビア式の農業で、畝立てから播種、除草、収穫と全てが異なっており、まずはそれを学ぶところから始まりました。

農作業を始めて1ヶ月経った頃、自分ができることを配属先の人々に紹介しようと考えました。ただ日本の方法を取り入れるのみでは分かりにくいので、日本式とザンビア式を比較することで効果を示そうとしました。例えば育苗です。ザンビアでは地床育苗が一般的ですが、それでは定植時に根を傷つけて成長を阻害するというデメリットがあります。そのため、日本で行われるようなセルトレイやポットを利用した育苗ができないか考えました。しかし、任地にはそのような農業資材はないので、代わりに卵トレイやペットボトルを使用して育苗を始めました。ハクサイを播種して数日後、発芽した時点で早速違いが現れました。予想と反して地床の方は普通に発芽したのに対し、卵トレイやペットボトルからはほとんど発芽しませんでした。理由は土の性質や種子の発芽率の違いがあったからだと思います。環境が異なれば、アプローチも変わってくることを考えていませんでした。この時、私は現地に合ったより良い方法を見つけなければならないと感じました。

また、乾季に始めたのがキノコ栽培です。ザンビアではもともと野生のキノコを食べる文化がありますがそれらは雨季にしか発生しないため、キノコが市場に出回らない乾季の換金作物として注目されています。工程は大豆殻をお湯で殺菌し、冷やした後にビニール袋に入れて種菌を植え、最後に袋を閉じます。これを1~2ヶ月置いておくことで菌が培養され、キノコが発生してきます。栽培を始めて1か月半後には順調にキノコが発生し、栽培自体は非常に簡単なものであるということが確認できました。ところが、なかなか協力者が現れません。現地の人々にとってこの農法は未知であり、本来の業務外であるキノコ栽培を本格的に手伝ってくれる人はほとんどいませんでした。自分で約1年間継続しながら学生向けに数回ワークショップもしたものの、最終的に配属先での栽培は断念せざるを得ませんでした。

農作業を始めて半年が経った頃、ある程度ザンビアの農業に関する理解が進んできたことから、配属先の講義にも顔を出すようにしました。実際に見学すると、日本とは少し状況が異なります。特にプレゼンテーション資料は使わず、講師がホワイトボードに板書し、学生はそれをノートに写します。内容も大学入学前に既に学んだことのようで、やる気のある学生は新しいことを学びたがっているようでした。私は日本で教壇に立ったことはありませんが、これまで学んできた経験を思い出せば、彼らにとってこれまでとは異なる指導方法を紹介できるのではないかと考えました。実際には講義を行えたのは数回しかなく、私の経験を活かす場が少なかったのは残念でしたが、私にとってはザンビアの高等教育の現状を知る良い機会となりました。

最初の1年間は配属先内での情報収集や農作業が中心で指導する機会はほとんどなく、自分で取り組んだことも大きな結果を生み出すことはできませんでした。しかし、振り返るとこの経験が2年目の活動の基礎となっていたので、今となっては必要な時間だったと感じています。何もできなくても焦らずに、できることを地道に続けることがボランティアを行ううえで大切だということを学びました。

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首都ルサカのショッピングモール

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卵トレイ育苗

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キノコ栽培

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講義の様子

4.2年目の活動

2年目は指導する機会を求めて、近隣の村への巡回を始めました。配属先や私の家に野菜を売りに来た農家や、郡農業事務所の紹介をきっかけに知り合った農家のもとへ出向くようになりました。訪問して会話をしていく中で、最も課題だと感じたのはとにかくお金がないということでした。農業において困っていることは何かと聞くと、種子、肥料、農薬、労働力がないことで、根本的にはお金がないから準備できないということです。実はほとんどの小規模農家は自給自足のため、それでも生きていくことはできます。政府から支給された種子や肥料を使って最低限のトウモロコシを栽培し、それを自家消費しています。しかし、それでもお金が必要な時はあって、特に挙げられるのが子どもの教育のためです。高等教育を受けさせるためにはお金が必要で、それを支払うことができない農家をたくさん目にしてきました。そこで私は、関わる農家には所得が向上するための技術を教える必要があると考えました。

しかし、実際には何をすれば儲かるようになるのか、私も分かりませんでした。したがって、農家と協働することで一緒にその方法を見つけようとしました。私から見て課題だと感じたことは、とにかく農家の選択肢が少ないことでした。農法も作目もみんな同じように行っていて、それでは供給が競合するため利益も少なくなるだろうと考えました。しかし、どの作物が所得向上に役立つのか私も農家も分かりません。そこで、私は国内で手に入るありとあらゆる野菜の種子を準備し、デモンストレーションとしてそれぞれ小さい面積で農家とともに栽培しました。作目は一般的なトマトやハクサイから市場には存在するけれども生産者が少ないピーマンやニンジン・スイカ、そしてほとんどマーケットでは見ることがないズッキーニやパクチーまで、実に30種類以上の野菜を育てました。実際に栽培し、収穫して販売してみると、一般的な野菜は価格も安く時期に影響されるのに対し、生産者が少ない野菜は比較的高い価格で時期に関係なく売ることができました。意外にもマーケットで見ることがない野菜にも興味を持つ現地の人々はおり、その人々に農家が販売することで現金収入を得ることができました。この活動を通じて、売れる野菜と売れない野菜を農家に直接実感してもらい、どの野菜を栽培すれば儲かるのかを肌で感じてもらいました。同時に作目ごとに異なる方法で栽培してきたことで、多様な農法があることも知ってもらいました。加えて、同じ作目でも異なる品種を育て、どれが一番任地の気候や土地に適しているかを探りました。その結果、最終的には様々な農法・作目・品種を組み合わせ60通り以上の栽培に関するアイデアを農家と共有することができたので、今後はその選択肢の中から所得向上につながるものを農家自身で選んでいってほしいと思います。

またJICAの技術協力プロジェクトであるRDP(Rice Dissemination Project)の協力も得て、新規作物としての稲作普及にも取り組みました。ザンビアの主食はトウモロコシであり、コメは価格がトウモロコシの2倍以上もする高級品です。近年は都市部を中心に食が多様化しており、輸入も増加しているためコメは換金作物としてのポテンシャルを秘めています。私は7つのエリアの異なる村と2つの学校、FTC(Farmers Training Centre)でデモンストレーションを行いました。慣れない稲作に戸惑う農家もいましたが、必要に応じて指導やサポートを行うことで収穫を体験してもらうことができました。一部の農家では高い標高による低温が影響で籾が登熟しない事例が見られました。その場合は、毎月少しずつ播種し続けることで栽培適期を見つけ、収穫を目指しました。実際に収穫するには6か月連続で播種し、収穫までにはほぼ1年を要しました。いずれの圃場も小規模で行ってきたため販売にまで至ることはできませんでしたが、稲作に魅力を感じた農家は収穫した籾からさらに規模を広げて来季も取り組むことと思います。

2年目は所得向上を目指して農家を対象に活動してきましたが、劇的に所得が向上した農家を生み出すことはできませんでした。しかし、少なくとも関わった農家には所得向上を考えるきっかけを与えることはできたと思います。実際、最後には農家自身で農業を改善しようとする姿も見られました。私の活動はここで終わりですが、農家の生活は今後も続きます。これからは農家自身の手で改善していくことを期待し、その時に私の教えたことが何か1つでも役に立てば嬉しいです。

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活動を共にした農家と

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ピーマン栽培

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スイカ栽培

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コメの播種トレーニングの様子

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稲作圃場

5.ボランティア活動を通じて

私が2年3ヶ月間のボランティア活動を経験し、最も強く感じていることは「僕たちにできることは必ずある」ということです。実はこの文、私が応募した際のポスターに書かれていたキャッチフレーズで、自分も何かできることがあるはずだと思ってザンビアへ来ました。しかし現実は厳しく、当初はうまくいかないことばかりで、何もできない自分を嘆くことも多くありました。その中でも自分ができると思うことを地道に続けた結果、私の居場所を見つけ、運良く必要としてくれる人たちと出会い、新たな活動につなげることができました。任地にはボランティアの力を必要としている人が必ずいるはずです。何もできなくても、あきらめずにそのような人たちを見つけることが、活動を充実させるためのキーポイントだと私は思います。それは必ずしも配属先にいるとは限らず、要請された内容とも異なるかもしれません。それでも必要としてくれる彼らの気持ちや考えに寄り添うことが受益者やボランティア自身のためであり、それこそがこのプログラムの醍醐味だと考えます。

帰任が近づき改めて振り返ると、本当にたくさんの出来事が思い出され、良いことも悪いことも含めて充実した日々だったと感じています。ボランティア活動を通じてかけがえのない経験ができたことはとても幸せなことで、一生の宝物です。今度はこの経験を自分や周囲の人々の将来に役立てられるよう、還元していきます。

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FTC圃場にて

6.終わりに

まずは2年3ヶ月間支えてくださったJICAザンビア事務所の方々、ともに苦労を分かち合ったボランティアの方々、そして何より任地ムピカで活動に協力してくださった同僚や農家の方々、関わってくださった全ての皆様に感謝申し上げます。私はたくさんの素敵な出会いに恵まれて最後まで駆け抜けることができました。私は応募時に先輩隊員によってJICAザンビアホームページに寄稿された文章を読んで、ザンビアへの派遣を希望した経緯があります。そこで今度は私が次に来る方々のきっかけになりたいと思い、今回寄稿しました。この文章を読んで、1人でも多くの方に海外ボランティアやアフリカ、そしてザンビアに興味を持っていただけると幸いです。