体育を通した教育の質の向上を目指して1)-赴任から活動計画の策定まで-

2022年12月19日

隊次:2021年度1次隊
職種:体育
派遣国:ジンバブエ
氏名:中下杏美

活動現場

私の配属先「モーガン教員養成校」は、ジンバブエで初めて設立された教員養成校で、小学校の教員を養成しています。学生数は一学年約600人、全校では約1800人ほどです。3年制で、1年生と3年生は学校で学び、2年生は1年間教育実習へ行くというカリキュラムとなっています。学生の9割が女子学生という極端な偏りがありますが、これはどこの教員養成校も同じ傾向があるようです。ジンバブエでは、学校教員は女性の仕事というイメージが強いのかもしれません。

学校としてこれまで協力隊員の受け入れ経験はなく、私が初代の隊員です。私は学校内の体育科に所属しています。体育科といっても、日本の大学の専攻とはイメージが違って、どの学生も必修で受講する体育の授業と、体育を専門科目として選んだ学生向けの2種類の講義を担当しています。

赴任して驚いたのは、学生の年齢です。日本で教員養成課程の学生といえば、20歳前後のイメージを持つ人が多いのではないかと思いますが、配属先の学生の半数以上は30~40代で、結婚・出産を経験した学生が多いです。中には、妊婦さんもいます。私は日本で5年間の教員経験があり、協力隊の体育隊員の中では決して若手ではなかったため、赴任してきてみたら、自分が圧倒的若手という立場にあることに、正直、驚きと戸惑いがありました。これには様々な背景(当地の事情)や考えもあるだろうとは思われますが、純粋に考えれば、年齢に関係なく、学び、資格を得ようとする、またそれができる環境があるということは、ジンバブエの素晴らしさではないかと思います。

現場の状況が理解できるまで

ここからは具体的な活動と活動計画を立てるまでの経緯について触れたいと思います。

私が派遣された2021年は、新型コロナウィルス感染拡大の影響を大きく受けた年でした。私が着任する前、ジンバブエでは学校の再開と感染拡大による閉鎖が繰り返されており、配属先も、私が着任した次の週からようやく9ヶ月ぶりに学校が再開するというタイミングでした。学校が再開されても、行動規制や様々な制限がありました。またそれに加えて閉鎖されていた期間のカリキュラムを限られた時間でこなさなければならず、3年生は急いで卒業試験対策、1年生は入学するや否や翌年に控える教育実習に向けて準備しなければならないという状況で、学生も教員も例年通りでないことに戸惑い、この先どうなるのか誰もわからないような様子でした。

体育科の担う体育は「理論」と「実技」の二本柱で構成されています。体育科の教員は私を含めて5名。必修科目の授業は各クラス週に1コマ、体育を専攻する学生のための授業は各学年週に2コマとなっています。本来、その中で理論と実技がバランスよく扱われるべきなのですが、現実的には実技の指導力の問題もあって、現状は「理論」の授業が中心になっています。

そんな状況にコロナで短縮された授業時間が追い討ちをかけ、学校再開後は卒業試験に向けた理論中心の授業が展開されました。これまで日本で体育を学び、指導をしてきた私にとって、この状況は理解ができず、思うよう体育を学び、指導をしてきた私にとって、この状況は理解ができず、思うように活動もできない時間は苦痛でさえありました。

しかし、ジンバブエの教育システムについて理解が進むにつれ、この状況も致し方ないことでもあると理解できるようになりました。なぜなら、卒業試験は「理論」と「実技」で構成はされていますが、「理論」が圧倒的に高い得点を占めており、難易度も高く設定されています。そして、普段の成績も、学生が提出するレポートの評価が大きな割合を占めるので、とにかく知識が重要視されている状況です。

こうして、私の活動の柱は「体育の授業をすること」という、赴任前に思い描いていたイメージとはかなりギャップがあるということに気が付かされ、正直、戸惑いました。しかし、赴任後すぐにそうした状況を把握することができたので、早い段階で方針転換をすることができました。

体育に対する思い

とはいっても、「体育」という分野での協力を大切にしたい気持ちは持ち続けていました。突然ですが、「スポーツ」・「運動」・「体育」の3つは、どれも似たような言葉ですが、私の中では明確にその違いを位置付けています。「体育」とは教育の場で行われるものであり、ただの身体活動ではなく「教育」です。しかし、今の段階では、ここでの体育にはその意識がきちんと含まれていないように感じました。

私の活動の主な対象はこれからの「教育」を担うことになる、教員養成課程の学生です。彼らに対して、今まで通りの体育の授業を行うことも活動の一つかもしれませんが、それでは単に運動を教えているだけにならないだろうか?学生が教員になった時に、子どもたちに必要な「体育」が指導できるようになるだろうか?そんなことを考え、悩み、葛藤していると、赴任してから6か月の日々が経っていました。

この時期、協力隊員はそれぞれ活動計画を策定します。私は訓練所で出会った隊員仲間への相談や、ジンバブエ支所のVC(Volunteer Coordinator=企画調査員(ボランティア事業))の方のアドバイスをもとに、これからの活動について、一度立ち止まって頭を整理することにしました。派遣国も活動内容も違う隊員仲間ですが、日本を離れて活動するという点においては、同じ悩みを共有し、また本来持っていた情熱を思い出させてくれる存在です。また、これまで教員としての社会経験しかなく「先生」としての私を意識しすぎていた私に、「一人の人間」としての価値を思い出させてくれたのがVCの存在でした。

目の前のことだけでなく、もう少し広い目で、俯瞰的に自分の活動を見つめてみることにしました。その中で、SDGsの「4 質の高い教育をみんなに」を思い出し、訓練所で教わった「持続可能な協力」の対象は、同じ体育科の教員でもあるし、また私と関わる学生でもあると気がつきました。「みんなが質の高い教育を受けられる」ために、「質の高い教育を提供できる教員を増やすこと」、つまり学生の学びの質を上げること、それが、私がここで目指すべき方向ではないかと考えるに至りました。

私の活動計画

そこで、私の活動計画では、私が大切にしたい教育である「体育」を中心に、3つの柱を立てました。「体育の授業に関すること」・「体育の教材に関すること」・「体育的行事に関すること」の3本柱です。

1つ目の「体育の授業に関すること」は、私が体育の授業をすることで学生に新たなアイデアを提供することを目的としています。学生の中には、子ども時代に体育の授業を受けたことのない学生もいます。また、ジンバブエの一般的な授業スタイルは、教師が口頭で述べたことをノートに書き写すものなので、実技も正しい技のポイントなどの知識は得られません。私がモデルとなる体育授業を展開することで、学生に多様な体育の授業イメージを持ってほしいという願いを込めています。例えば、理論の授業では、パワーポイントなどで作ったスライドをプロジェクターで投影するなど学校にある機器を積極的に使うようにしています。これからさらに発展を遂げる過程で、きっと一般の学校でも、これからはこうした電子機器を使うことが当たり前になると考えてのことです。そして、実技の授業ではミニゲームを取り入れることで「学習意欲(楽しさ)」を高めることを意識しています。

前述の通り、主要科目と比べると体育の授業時間設定はとても少ないです。私が授業を担当できる機会も日本ほど頻繁にあるわけではありません。そこで考えたのが、2つ目の「体育の教材に関すること」です。実は体育科や体育の授業には、教科書がありません。毎回の授業も教員が手書きの資料を口頭で読み上げるという形式で行われるため、形として残るものがありません。教材があれば、教員が2度3度読み上げる時間も短縮され、実技の時間を増やすこともできます。形として残る教材があれば、学生の復習にも役立ちます。何より、視覚的教材が学習者の学びにとって大きなサポートになることを、学生自身が実感し、その大切さに気が付いてほしいと思っています。

そして、3つ目が「体育的行事に関すること」です。これは正に、学生へのアイデア提供そのものです。日本で体育教師をしていた私ならではの強みだと思っています。いろんな人の理解を得る必要がありますし、またコロナの状況もいつどう変わるかわからないので、どこまで実現できるかは未知数です。でも、これは正に「質の高い教育を提供できる教師を増やすこと」へ繋がるはずですので、何があっても前向きに取り組んでいくと心に決めて頑張っています。

ただ、この3つの柱の土台には、書類作成や採点、課題の管理など日々の業務が存在しています。限られた時間で効率よく業務を行うことができれば、同僚も体育の授業の充実にもっと時間を割くことができるはずです。日本での学校勤務経験を活かし、これまで手書き中心だったものをデータ化するなど、体育とは直接関係のないところのサポートにも日々取組んでいます。

ここまで、と、これから

ここまで読み進めてくれた皆さんは、どんな感想を持たれているでしょうか。「体育隊員なのに実技の授業が少なくて可哀想」「時間を持て余しているんじゃないの?」「すぐに方針転換できるなんてすごい」等々、きっと私が想像する以上の感想があると思います。私自身、ここまでの自分の活動について正直に言うと、「イメージと全然違った」というのが最もふさわしい感想かなと思っています。

しかし、それは、私がここに来るまでは、一つの協力方法しか知らず、自分が作り上げたイメージだけを持ってきていたからなのだろうとも思っています。困難なことも、悩むことも、立ち止まることもありました。でも、ここまでの活動を振り返ると、それ以上に「得られたものの方が絶対に多い」と胸を張って言うことができます。それは、ただ先輩隊員の体験を聞くことやSNS上の隊員の投稿を見ることでは得られないもので、ジンバブエに来て、実際に活動したことから得られた、私にとって大切な宝物です。

今の私は、大切なのは、自分にできることをすることであり、それ以上でもそれ以下でもない、と考えています。目の前の人が困っている時に、「この人を助けると何が得られる?この支援は持続可能か?」などと考える人はいないと思います。私がいるのはジンバブエにある教員養成校です。発展した日本から来たから助けてあげるのではなく、私にできることがあるから、目指したいことがあるから、役に立ちたいから、それをやる。そうやって、私も一緒になって、みんなが質の高い教育を受けられる世界を作っていく。これが、これからの私です。

「何かを教えてあげなきゃいけない」と思っていた私はもういません。逆に、私は、この先の人生に必要なことをジンバブエの人たちから教えてもらっているのかもしれません。

残りの活動期間も、この国で、この国の人たちと、全力で活動に取り組んでいきます。きっと、これからも、泣いたり笑ったり、いろいろあるでしょう。そんな様子もまたみなさんにお伝えできたらと思っています。

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活動の様子(マスディスプレイの授業で整列した様子)

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活動の様子(実技授業)

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活動の様子(陸上大会引率)

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活動の様子(学生はセルフィーが大好き)

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ジンバブエ生活(アフリカンヘアに挑戦)

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ジンバブエ生活(アフリカ布で作ったワンピース)