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DXで眼科医療を変革する (2):OUI Inc. 眼科医のネットワークを生かし、途上国の眼科医療の底上げを図る

慶應義塾大学医学部発のベンチャー企業OUI Inc.が開発したのは、スマートフォンのカメラと光源を利用して眼科の診療を可能にした『Smart Eye Camera』だ。現在、日本国内をはじめ、世界30カ国以上で使用されている。起業後も眼科医を続ける創業者の清水映輔先生と、このデバイスの可能性を広げるために世界中を飛び回る中山慎太郎最高執行責任者に、JICAと協働したケニアをはじめとする途上国での取り組みや、「世界の失明を半分に減らす」という目標に向けた思いを聞いた。

OUI Inc.

企業
OUI Inc.

  • スマートフォンのカメラに外付けして、眼科診療ができるSmart Eye Cameraを開発
  • 専用アプリケーションを用いた画像ファイリングシステムで、眼科専門医による遠隔診察が可能
  • 人工知能(AI)を用いた画像解析も実現

参加者紹介

清水 映輔
OUI Inc. 最高経営責任者

慶應義塾大学医学部で眼科専門医を務めながらOUI Inc.を起業。専門はドライアイ・眼アレルギー。自ら開発したデバイスSmart Eye Cameraは、常に持ち歩いている。

中山 慎太郎
OUI Inc. 最高執行責任者

Smart Eye Cameraを途上国の医療現場に届けるため、海外を飛び回る。元JICA職員でもあり、途上国での開発協力に長く携わる。

長野 悠志
JICAガバナンス・平和構築部 STI・DX室

先端技術やイノベーティブなソリューションを持つデジタルパートナーとの共創を通じ、社会課題解決を図るJICA DXLabを担当。途上国での失明を減らしたいと、JICAにとって初めての眼科医療の改善に向けた取り組みに着手した。

世界中の眼科医に論文を通じてデバイスを紹介。マラウイからの問い合わせで現地へ赴く

長野
Smart Eye Cameraは、現在、日本国内をはじめ、アジア、アフリカ、中南米など世界30カ国以上で使用されていますが、途上国での最初の展開は、世界最貧国の一つ、アフリカ南部の小国マラウイでした。

清水
Smart Eye Cameraを開発後、このデバイスをどのように広めていくかと考えた時、
眼科医としてきちんとエビデンスを伝えるためにデバイスに関する論文を執筆し、眼科医のネットワークを通じて、その有効性を伝えていきました。

そして、世界中の眼科医の論文にも目を通して、執筆者の先生方にデバイスに関する情報を共有するために連絡を取りました。これまで、送付したメールは1000通以上になるかもしれません。
その中で、マラウイの眼科医から、「ぜひ、そのデバイスを見てみたい」という連絡をもらったのです。

中山
Smart Eye Cameraを手に、マラウイに飛んだのが2019年12月。連絡をしてくれたのは、マラウイに14名しかいない眼科医の一人で、農村部での眼科医療の向上に奮闘していました。現地の医師や医療スタッフに実際にSmart Eye Cameraを使用してもらった所、「白内障患者を見つけ出すスクリーニングの質が飛躍的に高まった」「電力共有の安定しない地方部のクリニックでも、診察が継続できる」といった声が上がり、このデバイスの途上国での可能性を確信しました。その後、マラウイでの国際特許も取得しています。

マラウイでSmart Eye Cameraの有効性が確認できた

清水
デバイスの有効性という点では、途上国の眼科医に説明した時に、「使いたくない」といった反応はこれまで一度も聞いたことはありません。眼科医であれば、この重要性はわかってもらえるし、さらに、「こんな使い方もできるのでは」といったアイデアもでてきます。それだけニーズがあるのだと思います。
使いやすさにこだわって、スマートフォンの光とカメラ機能を活用して、このデバイスを開発しました。外部光源や電源も必要ありません。重さはわずか14gです。

中山
日本ですでに実用されている医療機器という信頼も大きいです。先ほどお話をしたマラウイの眼科医の先生は、ご自身も農村部の出身で、苦労して国費留学し、オーストラリアや英国で学び、眼科医になった経歴の持ち主ですが、小学校の時に算数を教えてくれたのが、JICAの青年海外協力隊員だったそうです。その協力隊の先生との出会いが、自分を外の世界に目を向けさせてくれたと話してくれました。そんな日本への思いもあり、連絡をくれたのかもしれません。

JICAに期待するのは、眼科医療全体の改善に向けた途上国政府への助言

長野
JICAの医療ICTの可能性を探る実証実験では、ケニアの首都ナイロビのキベラスラムで、Smart Eye Cameraを使用した遠隔診断に取り組みました。その手ごたえについて、教えて下さい。

清水
この実証実験では、途上国で眼科の専門医以外がこのデバイスを使用することの可能性を探ることも一つの目的でした。キベラスラムの診療所には資格を持った医師はいません。そのような状況でも、診療所で患者さんをみている医療スタッフたちは、このデバイスを使って、どのように応用して、工夫していくか、考えていく姿勢に、新しい気づきがありました。
都市部と僻地で医療アクセスには大きな格差があるという点は、実は日本でも同じです。今回の実証を通じて得られた途上国での学びを、日本国内でさらに活かすこともできると思いました。

中山
これまでの積み重ねから、途上国の眼科医にはこのデバイスをかなり知ってもらえるようになりました。ただ、眼科医は都市部に集中していて、地方部の患者さんには、なかなか届きません。もっとこのデバイスを使ってもらえるようにするには、国の保健省など医療サービスを統括する組織に、眼科医療政策の一環としてこのデバイスの有効性を認知してもらえるようにするための働きかけも必要です。そのような取り組みに向けたサポートをぜひJICAには期待したいです。

ケニアでのJICAの実証実験では、普段、眼科検診を受ける機会がない人たちが大勢集まった

患者さんを救うことができれば、手段は何でもいい

長野
これまでデジタル技術を活用したさまざまな医療ITスタートアップと協働してきました。開発したデバイスを途上国の届けたい相手に届け、かつ、採算性のあるビジネスモデルをどう確立していくかで、みなさん模索しているのではないでしょうか。

清水
これは自分たちのやり方なのですが、まずは可能性があれば何でもやります。官公庁と組んで公的資金を活用してデバイスを支給する、民間企業とも連携するし、ソフトウェアの販売もします。その中で、最もデバイスを広めることができる方法を探れればいいかと考えています。
私自身、普段、臨床医として患者さんと向き合うことで、デバイスを改善するためのアイデアも拾うことができます。今、まさに新しいデバイスも開発中です。

中山
清水先生が、「患者さんを救うことができれば、その手段は何でもいい」と言った言葉が忘れられません。アフリカで私たちの最初のパートナーになってくれたマラウイの眼科医は、自身の活動の持続可能性について問われた際、「これから先、どんな状況になっても、人生を懸けて農村の患者に眼科医療を届ける活動を続ける。その覚悟が、私にとってのSustainabilityです」と語っていました。こういった熱い思いを持った先生たちと力を合わせて、現地の医療課題を解決するためにできることを探索し、行動を続けることで初めて見えてくるものがある。それがスタートアップの事業の醍醐味であり、強みだと考えています。
現在、ケニアとブータンで、Smart Eye Cameraの現地生産を進めています。実現できれば、今より3分の1の価格で提供することも可能になり、より多くの人に届けることできます。

清水
私がこのデバイスを開発したきっかけは、ベトナムの地方部で白内障手術ボランティアに参加した時、現地の医師らがスマートフォンのライトを照らして眼を診察している姿を見たことでした。もちろん、その状態ではきちんと診察できません。
通常、眼科診療では、スリットランプという、患者さんの目に光を当てて診断する専用機器を使います。スマートフォンを活用して、同じようなものを作り、誰でもどこでも使えるようになれば、世界の失明を劇的に減らすことができると考えたのです。
最近、起業する医師も増えています。自分自身、医師としての専門性を追求しながら、生み出した技術を社会で実際に役立てたいという思いで、2016年にOUI Inc.を立ち上げました。このSmart Eye Cameraは、急遽診察が必要になる現場に遭遇した際に、いつでも使えるように日頃から持ち歩いてます。眼科医療を向上させるためのモバイルデバイスもだんだん増えてきました。世界の失明をなくすという目標に向け、さまざまな取り組みが進むことを期待します。

長野
JICAにとって眼科医療の改善にフォーカスした取り組みは始まったばかりです。このような忘れられた開発課題への解決に向け、ぜひ、みなさんのような熱い想いとデジタル技術を持ったスタートアップと、今後もさらに連携を進めていきたいと考えています。

ブータンでSmart Eye Cameraの使い方を教える中山さん。デバイスの現地生産も進んでいる