朗らかに、したたかに-東ティモールの女性たち

2019年4月5日

特定非営利活動法人パルシック
伊藤淳子

1.はじめに

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マウベシの女性グループとその家族たち(前列右端が筆者)

特定非営利活動法人パルシックは、1999年8月30日の住民投票後に東ティモールでの緊急救援を開始し、国連暫定統治機構から主権を回復した2002年以降、唯一の輸出作物であったコーヒーをフェアトレードで買い支えることで、東ティモールの経済的自立に微力ながら寄り添おうとしてきました。わたしは2001年6月に、当時ほとんど情報のなかった東ティモールのコーヒー産業を調査するためにこの国にやってきて、2003年に「東ティモール・アイナロ県マウベシ郡コーヒー生産者協同組合支援事業」としてJICA草の根技術協力事業パートナー型を開始するにあたりプロジェクトマネージャーとして従事し、以降、2012年6月に第3フェーズを終了するまでの10年間、東ティモール最高峰ラメラウ山(標高2,963メートル)のふもとに位置するマウベシ郡でコーヒー生産者とともに過ごしました。

まだコーヒー生産者協同組合支援の途上にあった2006年、ふと、マウベシの女性たちの声を聴いてみたいと思いました。コーヒーの収穫から一次加工までの工程に女性の姿は欠かせないにもかかわらず、組合の会合に出てきて意見を言うのは100パーセント男性だったからです。わたし自身女性であるにもかかわらず、たばこの煙の立ち込める会議の場で男性組合代表者を説き伏せることにエネルギーを注ぐことはあっても、同じ女性たちがこの協同組合をどう捉えているのか、ということには思いがいたっていませんでした。わたしのつたないテトゥン語は女性たちの笑いを誘うことはあっても正直な思いをやはりつたない彼女たちのテトゥン語で打ち明けてもらうには及ばず、言葉の問題以前に、支援事業を背負って現れたわたしに簡単に心を開くひとなどそうそういるわけもなく、どこまで理解できていたかは正直今でもわかりません。ただ、協同組合ができて人と交わる機会が増えたことを喜んでいる事、コーヒーからの収入はせいぜい3ケ月しかもたず、次のコーヒー収穫期までの半年を乗り切るために夫の許可を得て現金を鶏など小さな家畜に変えてやりくりしている事など、男性とは対照的に前向きな返答を伝えようとしてくれていることは理解できました。

そこで、コーヒー以外の収入を女性たちが身近な農作物から得られるようにしてはどうかという試行錯誤が始まります。馬の蹄に踏みつけられたただの雑草だと思っていたツボクサをお茶にしてみたり、当時市場価値のまったくなかったソラマメをビールのつまみにぴったりな塩味のチップスにしてみたり。コーヒーに比べても少ない収入にしかなりませんが、女性たちは意欲的でした。そして、同じような取り組みが東ティモールの各地でなされていることを知り、どこもが同じような課題に直面していることもわかってきました。これらの経験から、2013年10月から2018年9月までの5年間、「農村女性の経済活動支援事業」をやはりJICA草の根技術協力パートナー型で実施し、女性たちの手作り商品を『アロマ・ティモール』というブランドで展開して、おいしくて安全でお土産にもぴったりのおしゃれなブランドとして定着させることが出来ました。長い前置きとなりましたが、この事業を通じて関わった女性たちを中心に、東ティモールの女性について紹介してみたいと思います。

2.東ティモールにおける女性の立場

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ピーナッツバターを手作りするボボナロの女性たち

まず、東ティモールの女性について数字でみてみると、2015年の人口・世帯統計によれば人口全体における男女比は102対100です。人口の1パーセント強にあたる1万6000人ほどが就労の機会を求めて海外に出稼ぎに出ており、そのほとんどが男性であることを考慮すると、東ティモール国内での男女比率はほぼ同じくらいと考えてよいと思います。2002年に独立してから、東ティモールの国づくりに多くの国際機関が関わりました。そのおかげで、国会議員65議席のうち女性議員が占める割合は32パーセント、女性閣僚の割合が23パーセントと、数字の上では東ティモールは日本よりも断然女性が活躍する社会となっています。

一方で、東ティモールのほとんどの地域で土地など資産の相続権は男性にあり、血縁者内での重要な決定事項や伝統しきたりを守る役割を担うのも男性です。女性は高額な結納金と引き換えに嫁ぎ、この結納金を支度するのは夫となる男性の男性親族および姉妹の配偶者たちで、結納金の額を決め受け取るのは女性の母方の男性親族です。親族総出で財産のやり取りをしたうえで嫁いだ女性は、何がなんでも幸せにならないといけません。

東ティモールは子沢山の国で、女性が一生のうちに出産する子供の数(合計特殊出生率)は2016年のデータで5.50人、世界10位の多さです。これはあくまでも平均値で、0~4人という女性がいる一方、農村部へ行くと10~15人という女性もいます。一人の女性が10代後半で結婚してほぼ間を空けずに40代まで15人を産み育て続けるということが、女性が閣僚や議員として活躍するのと同時にこの国では起こっています。ジェンダー概念が主にディリの知識層で浸透するのと並行して、依然として女性は男児であれ女児であれ子どもを産み、男性中心の血縁社会を維持あるいは広げていく手段として位置付けられている、というのがわたしの観察です。そしてそういう位置づけを女性自身が受け入れ、誇りにすら思っている側面もあります。

3.『アロマ・ティモール』を通して出会った女性たち

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正装したバウカウの女性たち

「農村女性の経済活動支援事業」では、東ティモールの6県で活躍する20あまりの女性グループを対象にしました。どのグループも事業開始時点ですでに東ティモール政府やNGOの支援で特産品の加工生産をしており、作っても売れない、おしゃれなパッケージが手に入らない、売れないので活動もなかなか発展しない、という状況にありました。

わたしたちが実施したのは、1)特産品の選定(「作れるもの」ではなく「売れるもの」を作る)、2)マーケティング支援(包材を仕入れラベルをデザインして提供する、売ったら売った分だけ収益になるように原価計算をやり直す)、3)女性グループのネットワーク化(ディリへの共同輸送体制をつくり、事業終了後も生産、販売活動が継続的に行われるよう共通のお財布を持つ)の主に3点でした。最大の挑戦は3)女性グループのネットワーク化だったのですが、女性たちと5年間をかけて売れるものをつくり、実際に売って収益を上げるということを積み重ねていく過程で、共通のお財布を持つことへの合意形成は徐々になされていたように思います。

むしろ、すでに作っているものを売れないからやめよう、今まで店に卸してきた商品形態を利益が出るように変えよう、という提案に納得してもらうことのほうが大変でした。あるグループは地元のNGOからトマトソースの作り方を教わり、東ティモール環境通産省からもトマトソースのグループとして認定され、加工資材の一部を支援されたり国外研修に送られたりしていました。このグループにとってトマトソースがアイデンティティであり、自分たちの未来を切り開いてくれる自慢の商品となっていました。ところが、原価計算をしてみると作れば作るほど損をしており、収益が上がるようにトマトソースの単価を上げると超高級トマトソースになってとても輸入ものの競合品に敵う見込みはありませんでした。わたしたちはトマトソース以外にこのグループで加工できるほかの商品の導入を勧めましたが、女性たちは政府主催の物産展には相変わらずトマトソースを作って参加していました。

また、バナナチップスですでにディリ市場に参入していたグループに、とても品質がいいので外国人にも絶対に受けるはず、パッケージを改善して経費が上がる分内容量を減らして単価を据え置きにし、これまでターゲットになっていなかった外国人にもお土産として使ってもらえるようにしようと提案したところ、喜んでもらえるかと思ったら躊躇されました。曰く、これまで自分たちが開拓した市場からの信頼を失うことになるのではないか、と。すでにグループが納品している市場には踏み込まないということを約束し、新パッケージで新たな市場を開拓し販売量が増えていくことでようやく安心してもらうことができました。

こうした経験を通じて、女性たちは儲かるか儲からないかという合理的な判断基準と同時に、一度始めたことを大切に続けていきたいという意欲やプライドを持ち合わせていることをわたしたちは理解しました。2016年10月に『アロマ・ティモール』ブランドを立ち上げ、そのお披露目式で女性たちが自分たちの商品をそれぞれ3分間で売り込む時間を設けましたが、その堂々とした姿に、女性たちが求めているのは生計向上だけではないということをつくづくと教えられました。

4.おわりに

お陰様で『アロマ・ティモール』は事業終了後もディリ市内の店頭在庫を切らさないよう、女性グループネットワークの継続した努力が続いています。こうした活動から女性たち一人一人が得られる収入は、月平均にすると20ドルに届くか届かないかという程度です。それでも女性たちが誇りをもってこの活動を続けられるのは、家庭の主収入が他にあり、夫をはじめ家族が理解を示してくれていることが大きいと思います。『アロマ・ティモール』を通じて知り合った女性たちは、東ティモールの中では幸せをつかんだほんの一部の女性たちで、本当に誰かの手助けを必要としている女性たちには、わたしたちは手を伸ばしきれていないと思います。それでもいつか、『アロマ・ティモール』のつながりがそういう女性たちの近くにも届き、励ましになってくれたらという思いで、わたしも一消費者として『アロマ・ティモール』商品を日々愛用しています。みなさまもぜひ、機会があったら試してみてください。