子ども達の元気な学校生活のために 東ティモール政府と歩んだ3年間

2019年4月30日

秋山真輝

特定非営利活動法人・シェア=国際保健協力市民の会は2019年の1月に学校保健事業への支援に幕を閉じました。当会は10年以上に亘って、主に外務省の日本NGO連携無償資金協力によって、東ティモールの学校保健の仕組み作りに取り組んできました。集大成となった最終フェーズの3年間、私はプロジェクト・コーディネーターとしてディリで活動しました。
「学校保健」は東ティモールでは新しい概念です。「学校保健」という言葉すら一般的に知られていなかった2007年、当会は農村山岳地帯のエルメラ県で数校を対象に学校保健事業を開始しました。活動対象は徐々に広がり、最後の3年間はディリ県の全小中学校97校を対象にしました。この3年で目指したのは、エルメラ県とディリ県での実践経験を活かして、全国に普及できる学校保健の仕組みを、政府と共に構築することです。
2007年当時、「保健」の授業は「保健体育」の一環として不定期に行われているだけだったそうです。それが今では「保健」は一つの独立した科目となり、詳細な学習指導要領も教育省から学校へ配布されました。しかしながら、教員の多くは保健に関する研修を未だ受けたことがありません。新しい指導要領に沿った保健の教科書も未だ配布が進んでおらず、教員が一方的に話すだけの授業になってしまいがちです。そのため、子どもたちは依然として自分や家族の健康を守るための知識を身に付けるのが難しい状況です。そこで当会は、保健教育を担える人材の育成に取組み、指導要領に沿った教員対象研修の実施や副教材の開発を行い、保健教育の質の向上に取り組んできました。また、子どもたちが学んだ保健知識を実践できる学校環境の実現や、子どもたちの健康を守る保健サービスの効率化などにも働きかけてきました。
この3年間で特に注力したのは、今後当会の支援が無くなった後も、教育省と保健省が学校保健を牽引できる環境を整えることでした。そのために採ったアプローチの一つ目は、政府の既存の仕組みの活用です。政府を通さずに、直接的に教員研修や学校での保健活動を行う援助機関が目立つ中、常に政府と連携する当会は信頼を得ることができました。そのため、2019年に教育省によって全国に導入される予定の、学校モニタリング用紙に保健項目を盛り込むことに成功したり、保健省の学校保健・国家戦略計画案の作成に関わることができたりと、小さいNGOでありながら国の政策づくりに貢献できたのは活動の大きな醍醐味でした。
第二のアプローチは、一定の質を保った保健教育や活動の実施を担保するために、これまでに東ティモールで蓄積されてきた知見・経験を手引きや教材として集約するということでした。最大の成果物は、教育省と保健省と共に完成させた「学校保健実施手引き」です。この手引きには、目指す学校の姿や、その実現のための取り組みなど、具体例を豊富に盛り込んでいます。その他にも、教員対象の保健研修で使用する「研修モジュール」、東ティモール初の「学校健診実施手引き」も完成しました。教員が保健の授業をしやすくするための、紙芝居形式やゲーム形式の教材も6種類でき、すべて政府公認の教材としてディリ県内の小中学校で活用され始めています。これらの手引きや教材は教育・保健省の多岐に亘る部署の関係者と共に開発したため、調整や大臣の承認獲得に想像以上の時間がかかりましたが、政府のものであるというオーナーシップ意識は確実に生まれたと思います。この様なたくさんの初めての取り組みに挑戦できたのも、若い国・東ティモールで活動する面白さゆえでした。
当会の第三のアプローチは、関係者間の連携の強化です。この三年間は、以前よりも多くの省庁の部署を巻き込むと同時に、他機関との情報交換を積極的に行いました。それによる成果の一つは、保健省とWHOが毎年全国の学校で実施している、寄生虫駆虫薬の集団投薬活動の効率化です。集団投薬は、学校で行われる活動でありながら、これまで実施方法に教育省の意見が取り入れられておらず、教育省の職員は実施にも関わっていませんでした。当会は、学校の実情に沿った集団投薬の教員用手引きの開発を行うと同時に、教育省の職員も集団投薬活動に巻きこみました。学校を指導する立場にある教育局の職員を動員することで、これまで活動に非協力的だった学校での集団投薬に成功しました。また、当会の作成した手引きや教材を使い、他県での保健活動に活用する国連機関やNGOも続々と増え、当会だけでは手の届かなかった地域でも、学校保健の輪が広がり始めています。
この様に、この10年ほどで学校保健の仕組みは整備されてきましたが、課題はまだ山積みです。保健は依然として後回しにされがちな科目で、教育省が確保する学校保健への予算もわずかです。国と県の行政官のリーダーシップ、教育・保健セクターの連携もまだ十分とは言えません。仕組みを実践につなげることの難しさを実感しています。また、学校では保健教育が定着し、学校健診、菜園などの活動は普及してきている一方、水・衛生設備の改善はこの3年間では、ほとんど見られませんでした。この様な学校だけでは根本的な解決が難しい問題に関しては、地域との連携促進などの、十分な働きかけができなかった反省が残ります。
国と県の行政官自身が学校保健を効果的に運営できるようになるまではあとどれぐらいの年数が掛かるのか想像に及びませんが、私が希望を感じるのは、創意工夫しながら保健活動を行う学校の存在です。限られた資源を活用したり、保護者や地域住民を巻き込んだりするなどし、子ども達の健康のために試行錯誤する学校教員にはいつも元気をもらいました。例えばディリ市内のビダウマサウ小学校は、ごく一般的な公立小学校ですが、校長を始めとする教員達の衛生環境への意識がとても高く、この3年間で塀が修繕されたり、手洗い設備が増えたり、菜園ができたりと、常に改善の努力をしていました。また、同じく市内の公立校・アイムティン小学校では、当会が1冊のみ配った学校健診の手引きを、学校の予算で各担任分印刷するなど、学校健診への高い意欲が見られました。これらの学校に共通するのは、リーダーシップに優れ、保護者から信頼される校長の存在です。資源が限られているのはどこの学校も同じですが、校長が率先して保護者からの寄付金を募ったり、菜園で収穫した野菜や手作りの箒を地域住民に売って保健活動資金の足しにしたりと、教育省の予算を待たず、自分たちで何とかしようとする姿勢には頭が下がります。当会はこの様な模範的な学校の取り組みをワークショップ、ニュースレター、SNSなどで他校と共有した他、「学校保健実施手引き」にも盛り込みました。実践例以上に人を動かす教材は無いと思うからです。
教育省と保健省の学校保健へのコミットメントの強化に期待すると同時に、この様な模範的な学校の取り組みが他校にも広がり、そして国や県の行政官を動かす原動力になるのを期待しています。

【画像】

「学校保健実施手引き」のページの一例。目指す学校の姿はどのようなものなのかという内容です。

【画像】

保健研修に参加後、他の教員と知識を共有するアイムティン小学校の教員

【画像】

他の児童の爪を切る、ビダウマサウ小学校の児童保健委員会

【画像】

児童保健委員会の子ども達を巻き込んで、身体測定に取り組むシンコ・コモロ小学校

【画像】

保護者の協力を得て柵を修繕し、校庭をきれいに保とうとするマヌレウ中学校

【画像】

学校モニタリングの際、児童への聞き取りを行う筆者