枠を超えて

2019年5月8日

高橋 利志子
ユニセフ(国連児童基金)東ティモール事務所

はじめに

東ティモールは人口の約46パーセントが子どもの権利条約に定める「子ども」の定義となる18歳以下の子どもたちというアジアの中でもとても若い国です。この2015年に行われた人口調査のデータから人口推移を分析した報告書では、若者の人口は今後も2029年まで増え続けるそうです(出典:National Transfer Account, 2017“Timor-Leste’s Youth Population:A Resource for the Future“)。国としても、東ティモールは、数百年に渡る他国からの占領という私の想像を絶する困難を経て、21世紀最初の独立国として歩みを始めた「若い」国です。

この東ティモールという国で、私は2014年12月から約53か月に渡り、国連児童基金(ユニセフ)で計画モニタリング評価および社会政策セクションチーフとして勤務しました。東ティモールを理解するにはまだまだ短い期間ですが、この間で得た学びや課題をユニセフオフィスの紹介も含めて書かせて頂きたいと思います。

ユニセフの活動

東ティモール・ユニセフ事務所は2019年5月現在、総勢55名のスタッフを抱えています。その中で、インターナショナルスタッフは12名と約20パーセントを占め、ベルギー、アメリカ、バングラデシュ、スリランカ、ブータン、フィリピン、ポルトガル、ルワンダ、マレーシア、日本と様々な国や地域から集まっています。

他の国連機関に比べてユニセフのユニークなところは、子どもに関することに横断的に取り組んでいるため、それぞれのスタッフの専門分野も保健、教育、法律、エンジニア、財務、人事、IT、ロジスティック、栄養、水と衛生、子どもの保護と多岐に渡っていることです。東ティモール政府と結ぶ2カ年毎の執行計画も10以上の省庁に渡っています。この執行計画は、国別プログラムドキュメント(2015年~2020年)で東ティモール政府と同意した4つの中期的な効果であるアウトカム(教育、保健、子どもの保護、社会政策)に貢献するようにデザインされています。

このように多彩な国々や専門分野も異なるスタッフが集まっているので常に学びがあり、刺激もありますが、その反面、細かい専門分野ごとに分断されないよう、コミュニケーションと調整をしつつ、相乗効果を生み出せるように意識していく必要があります。これは、持続可能な開発目標(SDGs)においても、「非効率的なサイロアプローチ」(注)を超えていく必要性として認識されています。

また、ユニセフの強みとして、プロジェクト型の執行ではなく、国別プログラムドキュメントで合意されたアウトカム型なので、それぞれのスタッフは個々のプロジェクトの枠を超えて業務を行っており、人件費も、個々のプロジェクトに依存することがないように計画されています。

これは、組織全体として成果重視型管理(Results Based Management/RBM)に力を入れていることとも関連していて、モニタリング評価においても、投入や活動ではなく、「成果」をモニタリング評価し、個々のスタッフも成果のためにマネージメントをする(Managing for Results)ことが奨励されており、RBM研修など、様々な機会にも恵まれています。

(注)各役所、各部門が他の部門等と調整することなく独立して事業を行う、たこつぼ的アプローチのこと

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ユニセフ 東ティモールスタッフ(上段右から二番目が筆者)

東ティモール政府の成果重視型管理

自身が東ティモールに赴任して意識してきたことは、相手国政府の抱える課題やニーズは何か、ユニセフが貢献できることは何か、その中でも子どもたちに寄与できることは何か、と自身やチームメンバーと共に問いかけつつ業務を行うことでした。ともすると、日々の業務に流されてしまいがちになりますが、ユニセフのフィールドオフィスで勤務する醍醐味はここにあると感じています。また、本部や地域事務所によらず、フィールドオフィスで決められることも多いので、選択肢があり、また、その時々のフィールドでの判断が活動方針にも影響するため、悩むことも多くあります。

このような中で、東ティモールの主要カウンターパートの財務省や、統計局、子どもの人権委員会(2019年現在は法務省の管轄)、保健省等との協議を重ねる中で、予算編成の課題を幾度となく耳にし、また、ユニセフの強みとしてのRBMを共有する中で、財務省と共に、地方政府をターゲットとした成果重視型予算計画(Results Based Budget Planning)を2016年よりエルメラ県をはじめとして支援してきました。東ティモール全土に13県ある中で、エルメラから始めたのは、5歳以下の子どもの65パーセントが発育阻害と、全国平均の50パーセントを大きく下回っており、発育阻害は栄養だけではなく、水や衛生、貧困などの様々な要因が絡んでいる複雑な問題であることから、子どもにとって課題が多い地域として選ばれました。

この当時、東ティモール政府では、プログラム予算という、投入(Input)型ではなく、優先プログラムを明確にし、プログラム毎に予算を成果重視型で計画することが始まっていましたが、地方政府では浸透が遅れており、子どもの権利条約の第4条にも定められている国の義務である効果的な財源の執行が課題となっていました。このような中で、財務省とともに、県を対象とした、政府のプログラム予算の書式を用いた成果重視型予算計画(Results Based Budget Planning)研修を行うことになりました。

この研修の企画段階から意識したことは、研修をユニセフ主導ではなく、東ティモール政府のオーナーシップを奨励できるよう、財務省主導としたことです。そのため、まずは、研修概要を財務省と共に草案し、トレーナーとして、外から一時的なコンサルタントを呼ぶのではなく、各省庁ら集ることにしました。そのため、草案後の準備会議では、トレーナーとして、財務省、保健省、教育省、子どもの権利委員会、計画モニタリング評価ユニット(首相府)等々が集い、準備を行いました。結果として、中央政府にとっても省庁の縦割りの枠を超えて連携をする機会となり、地方で行う研修も、地方と中央の政府がそれぞれの課題を共有し、対話を行う機会にもなっています。準備も含め、プロセスには時間はかかりましたが、オーナーシップと継続可能性には効果があり、2019年の現在までこの研修モデルは続き、今では13県すべてに研修が行われました。

ユニセフにとっては、活動の幅を広げることとなり、その後、2018年より、国連女性機関とともに、首相府にある計画モニタリング評価ユニットに対し、女性や子どもの権利に配慮した国家予算の計画モニタリングや年次報告を支援できることになりました。こちらはまだ始まったばかりですが、国連機関の枠を超えた連携の形として、今後も続くよう期待したいと思います。

子どもの権利条約とSDG16

「子どもの権利条約」は1889年に国連で採択され、1990年国際条約として発効しました。東ティモールは2003年に批准しています。今年は国連での採択から30周年の節目を迎え、ユニセフ東ティモールでも、30周年を記念し、子どもの権利条約のアピールを国内外で強化しています。子どもの権利条約は、54条から成り、大きく分けて4つの権利(生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利)が明記されています。

この中でも、第7条である「名前 国籍の権利」の子どもが生まれたら「すぐに登録(出生届など)をされること」はすべての権利の根本となるものです。また、出生登録の重要性はSDG16「平和と公正をすべての人々に」の中にも明記されています。

東ティモール政府も、子どもの権利条約の完全実施にむけて、国で初めての子どものための国家行動計画(National Action Plan for Children in Timor-Leste 2016-2020)をユニセフ支援のもと作成し、2016年に閣僚会議で決議され、国として発行(Decree Law)するなど、努力を継続していますが、5歳以下の子どもたちの3人に1人以上が出生登録をされていないという現状があります。

また、出生登録が遅れる要因の中に、現地の言葉で名付けた子どもの愛称や名前が、教会で洗礼を受ける際に「キリスト教徒らしくない」という理由で、ほかの名前に変わることがあるため、生まれてすぐに出生登録をしたがらないこと等、が挙げられます。その他にも、登録の際に両親の身元証明が必要であり、特に社会で脆弱な立場に置かれている層ほど、身元証明を保持していないという状況があります。また、出生登録ができる場所までが遠く、時間もお金もかかってしまうこと。また、登録システムがアナログで効率が悪い、というような要因もあります。これらの、様々な要因に働きかけるために、多様なパートナーシップを動員して、すべての子どもたちが最も基本的な人権である出生登録をされるように共に力を合わせよう、と始まったのが、日本政府からのご支援をいただいて実施していてる子どもの出生登録プロジェクトです(東ティモールにおける出生登録制度整備計画(UNICEF連携))。

現在は、NGOも含む関係機関と対話を重ねつつ連携を構築しているところですが、3年間のプロジェクト期間を通じて、子どもの権利、また東ティモールが主力となってグローバルアジェンダに組み込まれたSDG16を推進できるよう、ユニセフ東ティモール事務所としても主要プロジェクトのひとつとして力を入れています。

おわりに

東ティモールはその歴史の面からも、人口の面からもとても若く可能性を秘めている国です。また、私自身、同世代のナショナルスタッフやカウンターパート、友人からそれぞれのライフストーリーの断片を知り、共有してもらう中で、それぞれの凄まじい経験を経て、それでも一見すると飄々と朗らかに日々を過ごしている様子を知れば知るほど、東ティモールの人たちの底知れなさに畏敬の念を抱くことが数多くありました。

私自身は東ティモールにおける任期を終えて、これからガンビアのユニセフ事務所へ異動をします。場所は異なりますが、国籍や機関、専門性の枠を超え、多様だからこそ可能な相乗効果や、学び合う喜びを生んでいけるような仕事の仕方を模索しつつ、これからもセクターを超えて、子どもたちを主体とした活動を推進できるよう励んで参ります。

【画像】

ユニセフ東ティモール事務所・モニタリング評価社会政策チーム(右から2番目が筆者)