農村地域の生計向上事業を終えて-平山泰弘

2019年9月24日

ケア・インターナショナル ジャパン
平山泰弘

はじめに

私は前任者の山際からバトンを受け、2018年7月から2019年7月まで国際NGO団体であるケア・インターナショナル ジャパン(CARE International Japan、以下CARE)のプロジェクト・マネージャーとして「エルメラ県アッサベ郡農村地域の生計向上事業」(通称、HAFORSA事業)を管理してきました。私自身は過去に青年海外協力隊の隊員として東ティモールで活動していたことがあるため、この度人生2回目の東ティモールでの生活となりました。このエッセイでは、事業全体を紹介させていただき、私が担当した3年次事業で実施した活動の一部や事業終了後の成果、そして当事業を通じて東ティモールの山間部の農村地域が抱える残された課題などを中心にお伝えさせていただきます。

事業の概要や国の現状からみる事業の必要性

外務省「日本NGO連携無償資金協力」の助成の下2016年2月から開始した本事業は、2019年5月に3年4ヶ月間の活動すべてが終わりました。私たちの事業は、受益者である約430名の農民を30組の農民グループに纏め、農業技術や農作物の販売知識、そして、対象コミュニティや農民グループのジェンダーに関わる知識を向上させ、農業活動や女性の社会参加を活発化させながら農民の生計向上を目指した事業です。農業分野の事業ではありますが、我々CAREは世界90ヶ国以上で展開している事業全てにおいてジェンダーにフォーカスし、女性と女子を活動の中心にすえています。そして、支援対象国のニーズに沿って各国事務所の優先重要課題を決定しており、CARE東ティモール事務所においては「女性の経済開発(Women’s Economic Empowerment:WEE)」を優先重要課題の一つとして活動しています。したがって、HAFORSA事業においても、430名の農民メンバーのうち女性が68%と半数以上を占めており、女性農民の能力を向上し、対象コミュニティ全体のジェンダーや女性の家庭外での活動に対する理解を深めながら対象農民グループ全体の生産性と生計を向上させられるように事業を進めてきました。

東ティモールにおいては、国民の約40%が貧困ライン($1.90/日)以下の生活を送っており、国民の約70%が農民として生活しています。つまり、国民の多くが農民であり、零細的な農業活動を行いながら生活していることになります。政府の国家戦略(2011-2030)の農業分野における経済開発の目標においても、トウモロコシなどの穀物の国内生産の向上や野菜栽培における輸入依存の脱却などが今後の開発計画の一部として挙げられています。加えて、政府の国庫収入の大部分をティモール海から採掘される石油や天然ガスに依存している現状です。他方、農業分野の生産性においても、当事業対象地などの中央山間部では、教育機会の格差や情報へのアクセスの差などによって男女間の生産性に約31%の乖離があるといわれています(注1)。農民、特に女性農民の生産性向上における能力を強化し、農業を発展させ経済の多様化を推し進めていくことは、同国の今後の発展のカギともなることから我々は農業支援を行っています。

(注1)"Women Farmers in Timor-Leste: Bridging the Productivity Gap" by UN Women and World Bank Group’s East Asia and Pacific Gender Innovation Lab (Nov. 2018)

農業支援の活動と困難

当事業の農業支援活動は3年4ヶ月間の事業期間を通じて、事業対象地域で栽培可能であり(アッサベ地域は約1,000mの高地)、主食として消費されるか、換金性の高い雨季の農作物(トウモロコシ、キャッサバ、ピーナッツ、サツマイモ、ターメリック)の栽培方法を中心に技術移転を行ってきました。しかし、1年次後半から2年次にかけて、それらの農作物はエルニーニョ現象の発現により収穫量が大きく減少しました。その状況に対応するため、2年次から新たに野菜栽培を導入しました。野菜栽培は上記農作物と異なり乾季(5月~10月)が主な栽培シーズンとなり、自然の降水頼みではなく、給水設備やため池に貯水された水を散布しながら栽培します。そのため、農地に十分な貯水能力があれば天候に左右されずに栽培がしやすいことが利点です。当事業では赤玉葱、空心菜、唐辛子などアッサベ地域で栽培可能な10種類の野菜の種子を供与し、農民グループに野菜栽培方法の技術移転も開始しました。私の担当した3年次事業では、この野菜栽培の裾野を広げ試験的ではありますが、ビニールハウスを使用しながら雨季でも野菜栽培を可能にする計画を立てていました。

しかし、気候変動に関するオーストラリア政府の報告では2018年11月にかけて東ティモールがある南半球でのエルニーニョ現象の発現確立が高いと予報されました。当事業では、気候変動に伴い土壌環境も流動的になり食害が発生することを予測し対策を練ることに決定しました。また、2018年の上半期ではサツマイモなどの一部の農作物の収穫において、害虫被害の影響を受けた農民グループがいたことから、害虫対策など目に見えないソフト面の対策も追加で行うことが必要であると判断したことも決定理由の一つです。

そこで、当事業では青年海外協力隊の野菜栽培隊員として派遣されていたボランティアに協力してもらいながら、オーガニック農薬と土壌管理方法に関する研修を実施しました。現地で調達できる材料を主に用いたオーガニック農薬や酢と卵の殻が含むカルシウムを混ぜ合わせた液体肥料、そして鶏糞を用いたボカシ肥料の作成方法を中心に農民に対して研修を行いました。ただ単に作り方を教えるだけではなく、雨季の野菜栽培における予期されるリスクと研修内容がどのように繋がっているかなど、研修の重要性についても農民に理解してもらうように心がけました。また、現地農業省では原則として有機栽培を推奨していることから、オーガニック農薬の作成研修を選定し、現地のニーズだけではなく政府の方針に則りながら活動を調整しました。

結果的には、予報されていたエルニーニョ現象は3年次事業期間では観測されず、雨季の野菜栽培を試験的に実施した農民グループも無事、雨季での野菜が栽培できる基礎的な環境を整えることができました。しかし、このように、私たちの農業事業における活動は当初から計画している活動を予定通りに実行することと同時に、限られた予算の中で常に天候を読みながら柔軟に付加的な活動を様々な懸念を考慮しながら計画・実施することも求められています。私は、このように現地のニーズと事業予算や事業の置かれた立場(パートナーシップを結んでいた農業省などのステークホルダーとの関係性)などを鑑みながら新たな活動を立案し実行することが、プロジェクト・マネージャーの仕事として大変だと感じています。しかし、同時にこの仕事における一番の醍醐味でもあると感じています。

3年次の活動を終えた成果と対象地域における今後の課題

私が担当した3年次事業も2019年5月に無事終了することができました。事業が達成すべき成果も農業支援とジェンダー支援双方においてほぼ全て達成することができました。農業支援分野における、農民グループの農作物の収穫量と収入においては事業目標値を大幅に上回る結果となりました。一例として、野菜販売による農民グループの総収入は$3,679.75となり、前年次事業比の約2倍収入を向上させることができました。また、今回のエッセイでは活動の詳細は割愛させていただきましたが、ジェンダー支援に関わる活動も成果を得ることができました。特に、女性農民の配偶者を含むコミュニティの男性における女性の家庭外の活動参加に対する理解に関する指標においては、外部コンサルタントが実施した事業評価の結果では、調査対象者の男性の98%が女性の農業活動などの家庭外の活動に賛成している結果を得ました。また、女性メンバーの農作物の販売などに関わる経済活動に関わる調査結果においても、全体の女性農民メンバーの90%以上が農地での栽培だけではなく市場での販売に関わっていることが分かりました。この結果は、男性側が女性の家庭外活動へ賛成することにより、女性メンバーがさらに積極的に家庭外の活動に参加できる環境が醸成できたからではないかと考えられます。定量的な結果だけではなく、農民の人たちからも「以前は、女性農民が活躍する姿はあまり見られませんでした。今では、女性農民たちと一緒に働くようになり、私たち男性農民にとって大切な仕事のパートナーとなっています。」と事業に参加している男性農民側からも声が上がってくるようになりました。

このように、事業としては我々の計画通りの成果をあげることができました。しかし、事業を終えてもなおアッサベの地域が抱える課題は残っています。我々は残された課題として「水へのアクセス」が大きな課題と捉えています。既にお伝えした通り、乾季の野菜栽培において、農地に十分な貯水能力があることが求められています。アッサベ地域は山間部にあるため、山からの湧き水をくみ取れる水源が多数あることは確認できています。しかし、肝心な水源からの水を農地に配水し農作物へ給水するための小規模灌漑設備の設置状況は同地域においてはまだまだ低い状況です。農民グループの農地においても、ため池を農民が主体となって設置してきました。しかし、ため池などの簡易的な貯水設備においては貯水能力が低く、乾季の終わり頃にはため池の水が枯渇している農地が散見されました。また、水源から農地への配水設備がない、もしくはため池などの水が枯渇した場合、水源へ直接水汲みに行かなくてはなりません。アッサベの慣習として農業用水と生活用水などの水汲み全般は主に女性が行います。女性たちは、乾季になって水が枯渇する時期になると最大で1日2~3時間ほど水汲みと水やりに費やしています。我々はこの時間を短縮することができたら、女性農民が作付けや耕作などのメインの農業活動にさらに参加することができ、他の農民との情報共有を行うことで情報へのアクセスを向上することができ、男女の生産性の乖離を解消する一助になると考えています。そのような背景から、CAREでは現在アッサベ地域での小規模灌漑設備の設置と設備の維持管理体制の強化に関わる事業実施に向けて準備を進めています。

おわりに

私にとって今回の2回目の東ティモールでの1年間は、中継ぎ抑えとして事業終盤からの投入であったため、事業の状況を一から把握しながら事業を引っ張らなくてはいけないためプレッシャーを感じる1年間でした。しかし、こうして無事に事業を終了させることができ大変安堵しています。一方で、事業のチームや農民の人たちなど沢山の人たちから多くの気づきや学びを得られる大きな機会ともなりました。東ティモールに「NGOスタッフ」という、現地により近い立場のプロフェッショナルとして貢献したいと意気込んで戻ってきましたが、結局、助けられたり、学ばせてもらったりしたのは自分のほうであったかと振り返っています。

とはいえ、新しい事業の立案にも関わり、残された課題解決に繋がる活動を残せたところで私のこの度の東ティモールでの任務を終えることができました。浅学菲才な身ではありますが、プロジェクト・マネージャーとしてここまでやってくることができたのは、偏に東ティモールに対する思いの強さもありました。今後、また東ティモールと関わることがあるか今は分かりませんが、この国の今後の発展をいつも望みつつ結びとさせていただきます。

関連資料

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3年次事業期間中に栽培された唐辛子を収穫する女性農民

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オーガニック農薬と土壌管理研修時の様子

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事業地にてコミュニティの人々と筆者