「すべての人々に健康を」達成するために:東ティモールにおける保健ボランティア(PSF)を通した健康改善の可能性

2020年3月17日

特定非営利活動法人 地球のステージ
中島佳世乃

1.はじめに

東ティモールは2002年に独立し、人口の約41%(注1)が0-14歳の若者というとても若さに溢れている国です。独立戦争時には70%以上の医療施設が破壊され、独立時にはわずか20人の医師しか国に残らなかったと言われています(注2)。そうした中、保健省を中心に国際援助の下、着々と医療体制の再建を果たし、現在では妊産婦死亡率215(出生10万対)、5歳未満死亡率48(出生千対)(注2)と独立後より半減し大きな改善を果たしてきました。一方で、保健分野における持続可能な開発目標達成(SDGs)にはさらなる努力が必要であり、特に医療者介助による出産や予防接種の受診、疾病時の早期受診といった医療サービスへのアクセスを向上していく必要があります。この東ティモールにおいて、私は2017年9月から2020年1月まで特定非営利活動法人"地球のステージ"の現地事業責任者として活動してきました。東ティモールの保健事情を理解するにはまだまだ短い約2年半という期間ですが、この間に学んだ山岳地における保健活動の意義と今後の援助課題についてご紹介させて頂きたいと思います。

(注1)The World Bank. World Bank Open Data Timor-Leste. Available: https://data.worldbank.org (Accessed 6 February 2020).

(注2)Hou X, Witter S, Zaman RU, et.al. What do health workers in Timor-Leste want, know and do? Findings from a national health labour market survey. Hum Resour Health 2016; 14:69.

2.地球のステージの活動

日本NGO連携無償資金協力の助成のもと、弊団体は2017年2月から3年間に渡り「エルメラ県における包括的地域保健サービス(Serbisu Integrado Saúde Comunitari: SISCa)(注3)と家庭医制度(Kuidadu Saúde Primaria:KSP)(注4)を通じた地域保健ボランティア(Promotor Saúde Familia:PSF)(注5)育成向上事業」を実施しました。本事業は、2014年からJICA草の根技術協力事業において実施した「ハトリア郡におけるSISCa向上事業」の事業拡大とし、エルメラ県全郡から選出した 10村において事業展開しました。

活動地域10村においては、山岳地帯に散在しており、近隣の医療施設には1~3時間かけて歩かなければ行けない、雨季には川の増水によりさらに大回りをしなければ行けないなど、地理的要因により医療施設へ行くことが容易ではありません。さらにコーヒー産業による収入が主流のエルメラ県住民にとって、たとえ救急車にて医療施設に搬送されても、帰宅するための交通費を見繕うことが困難であり、搬送を拒否する患者さんもいます。東ティモールは国の医療施設における医療費や薬代は無料ですが、それに伴う諸経費を支払うことができないという経済的理由により、医療施設を受診しない方もいます。また正しい保健知識を学ぶ機会が限られていたため、住民の知識不足や伝統的医療に頼ってきた文化的背景などから、住民自身の保健活動への参加が低い傾向にあります。それに加え村にはヘルスポストという診療所がなかったり、ヘルスポストがあっても医療者不足や医療者が僻地に駐在したくないために、医療者が必要時に村のヘルスポストにいなかったりと、僻地における医療体制が不十分な状況があります。

こうした問題に対し、本プロジェクトでは以下の取り組みを実施し、地域医療体制の強化と住民の医療アクセスの向上を目標に活動してきました。

  • 正しい保健知識を持つPSFの育成を通し、住民への保健教育の実施と住民の保健活動への積極的な参加の啓発。
  • 住民、医療者、村のリーダ、その他関係者との協力体制を強化し、住民による医療サービス実施体制の強化。
  • PSFと医療者のサポートを通し、村におけるSISCaの実施。
  • 医療者や政府職員へのマネージメント技術教育を通し、SISCa実施体制の強化。
  • PSF活動の維持におけるアドボカシー活動。

(注3)SISCaは2008年から試行している巡回診療のことである。月1回各地域保健センターが村を訪問し、予防的または健康増進活動を行うことを目的としている。具体的には予防接種、妊産婦検診、栄養管理、一般診療、健康増進教育を提供する。

(注4)KSPとは2015年度に開始したSaúde na Familia(家族の健康)プログラムの一つである、包括的プライマリ・ヘルス・ケアを家庭レベルに提供することを目的としたプログラムのことである。1点目に、医療者が全戸訪問し、全ての家族の健康状態や生活環境の情報を収集し、電子カルテに登録し管理する。2点目に、医療者が訪問時に診察・投薬・2次医療への搬送を同時に行う。この全戸訪問ではフォローアップが必要な患者は定期的に再訪し、それ以外の患者は年に最低1回訪問しデータの更新を行う。

(注5)PSFとは、予防に特化した保健ボランティアを指す。PSFは訓練を受けた村在住の者であり、各集落に1名任命される。彼らは村の人口動態把握、患者把握と管理、衛生管理と教育、健康増進教育の業務を日常的に行うことが求められている。

3.活動の成果

本事業ではPSFに対し年4回の研修を開催し、基本的な保健知識の講義や健康教育方法の実践練習を実施しました。またSISCaや家庭訪問に同行し、PSFに対する現場指導を通し、10村61名のPSFの育成を実施し、事業終了時において、継続してSISCaに参加しSISCa運営や健康教育に携わる事、各集落において定期的に家庭訪問を実施し、患者の発見や医療者との橋渡し、各家庭における予防行動の健康教育を実施する事が確実にできるようになったPSFは事業開始時の16%から97%へ向上しました。さらに対象PSFの内78%が全戸訪問を実施し、集落の5歳児以下すべての乳幼児に対し上腕測定テープを使用した低栄養のスクリーニングを行いました。

全てのPSFにおいて保健知識のテスト結果に向上が見られ、弊団体スタッフによる他者評価を通し自信をつけたPSF達は、事業開始時と比較し大きな変化が見られるようになりました。大人しかったPSFの発言が多くなったり、積極的に健康教育を実施したり、何よりも表情が明るくなりました。PSF達のこうした変化は住民のSISCaへの参加を促し、住民に対する事業終了時調査において、各保健知識における正答率が65%~98%という結果となりました。さらに住民から「医療者がいなくてもPSFは常に住民を気にかけてくれる」、「PSFは保健情報を提供してくれ感謝している」、「病気(結核)の時PSFが常に訪問して医療者から薬を持ってきてくれ元気になった」などの意見があり、91%の回答者がPSFは疾病の予防や健康増進において重要だと答えました。住民から信頼され各村において活動するPSFは、僻地に住む人々にとって最も身近に保健知識を学ぶことができる存在であり、住民の健康知識の向上のみならず、医療サービスを受診するという行動変容にも影響を与えていることが分かりました。

4.今後の課題

ボランティアでありながらも活動にやりがいを感じ地道な活動を行うPSFが、山岳地に住む人々の健康に与える影響は大きく、地域保健の改善に重要な役割を果たしてきました。しかしPSFの活動を支える仕組み作りには課題が残りました。

本事業における地域保健におけるセミナーや会議を通し、村のリーダや医療者に対する協力体制の強化に取り組んだ結果、SISCaの実施は毎月されるようになり、緊急搬送時の連携が改善した一方、PSFをサポートする体制が不足しています。さらに医療者が村に駐在していないために増加するPSFへの負担や、医療者の僻地に従事するモチベーションの低さにより、医療の質が保たれていない状況が見られます。さらに妊産婦検診を受診しても異常が見落とされていた事や、女性の意思に反し家族の介助による自宅出産や必要時に母子が病院へ受診できないといった、PSFでは介入が困難なケースが多く見られました。これらは医療の質の問題だけでなく、女性を取り巻く社会環境への働きかけが必要となります。

今後予定している新規事業では、PSFの協力を得ながらこれらの課題に取り組んでいきたいと考えています。

5.おわりに

東ティモールは、様々な困難を経て独立を果たした底力がある一方、自分たちの力で国を発展して行くにはまだまだ課題が残ります。これからの未来を担う若く可能性に溢れる若者達が多い中、SDGsの課題でもある「全ての人々に健康を」に向け努力していくことは、全ての活動の基盤となります。そのためには地域で日々活動するPSFを始め、住民を巻き込んだ活動が一層重要となります。直向きに住民への健康教育を行うPSFは、遠隔地に住む東ティモール人の健康改善に大きな役割を今後果たしていく可能性があります。そうしたPSFの育成に関わることができ、私は多くのことを学ばせて頂きました。特に不自由だけれども自分達の土地を愛し、自然と調和しながら暮らす山岳部の人々から、彼らの声を拾い、保健活動に反映していくことの大切さを学びました。今後は住民の努力を外に発信し、東ティモールにおける保健政策の発展につながるよう、新規事業においても継続して東ティモールの保健活動に携わっていきたいと思います。

【画像】

【画像】

【画像】

【画像】

【画像】

【画像】

【画像】

【画像】