東ティモール国の国産米プロジェクトに従事して

2021年9月24日

国産米の生産強化による農家世帯所得向上プロジェクト
元 チーフアドバイザー 大須賀公郎

1.まえがき

「国産米の生産強化による農家世帯所得向上プロジェクト(以下、国産米プロジェクト)」は、2016年9月12日から5年間の予定で開始されたJICA技術協力プロジェクトです。私は、2019年9月25日から2021年9月11日までの2年間弱、前任者の3年間の任務の後を受けて、チーフアドバイザーとしてこのプロジェクトに従事する機会を得ましたので、ここにプロジェクトの紹介をさせて頂きます。

2.東ティモール国の国産米を取りまく環境

東ティモールの国民はコメを主食としています。1人当たりの年間消費量は、データによりバラツキがありますが、精米で凡そ112kg(出典:Analysis of the Rice Value Chain in East Timor,p1)です。同じくコメを主食とする日本人の消費量が今日1人当たり50kgですから、約2倍の消費量です。

2002年にインドネシアから独立する前は、東ティモールのコメの自給率はおよそ80%でした。それが、独立後は次第に低下し、2019年には40%前後と低迷しています。自給率低迷の原因は、独立後政府による国産米の全量買い上げ制度が中止になったことと、安価な輸入米が制限なく入ってくるようになったため、農民はコメを生産しても販売することが出来ず、生産意欲が減退したことにあります。

輸入米に課せられている関税は、2.5%で、量的規制もありません。ベトナムの40%やタイの30-52%と比較してとても少ない関税率です。その結果、輸入米の小売価格が2021年3月の前半で0.54US$/kgから0.79US$/kgであるのに対し国産米は1.0US$/kgから4.0US$/kgと凡そ2倍以上の差があります。(出典:WFP Market Monitor Report Timor-Leste/ Week 9/10 2021)

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ローカルマーケットの一つのTasitolu Marketにおける輸入米(写真左)と国産米(写真右)の販売状況(輸入米は多くの種類が販売されているが、国産米(赤米)は 0.2 kg単位の袋で販売されているのみ)。

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ローカルマーケットの一つのTasitolu Marketにおける輸入米(写真左)と国産米(写真右)の販売状況(輸入米は多くの種類が販売されているが、国産米(赤米)は 0.2 kg単位の袋で販売されているのみ)。

国産米の生産量は、FAO統計データでは、2019年53,360トン(精米ベース)となっており、人口1,293,000人とすると需要量は144,836トン、自給率は37%となります。しかしながら、国産米の殆どはその販売先が限られていることから、農家の自家消費用となっており市場に流通している量は生産量の10%未満と推定されます。

3.プロジェクトの内容と進捗状況

上述した国産米を取りまく環境の中、国産米プロジェクトは2016年9月に開始されました。このプロジェクトの目的は、コメバリューチェーン(生産、収穫、収穫後処理および加工、輸送、販売および消費)の改善によって、プロジェクトサイトにてコメ生産からの所得を増加させるというものです。言い換えれば、民間セクターと政府によるコメ市場を確保し、その市場に向けて国産米を増産・販売し最終的に農家の所得向上を目指そうというものです。成果の指標としては、「Maliana1地区及びBuluto地区の農民の籾販売収入が年間140万ドル以上創出される。(籾単価0.4US$/kgとすると3,500トンの販売量に相当)」となっています。

プロジェクトは6つの成果から構成され、それぞれの成果と対象地域は次表の通りです。

成果 対象地域
成果1(コメ栽培システムが改善される。) ボボナロ県マリアナⅠ灌漑スキーム(1,050ha、受益農家1,052戸)、バウカウ県、マナツト県ブルト灌漑スキーム(780ha、受益農家467戸)及びその周辺地域
成果2(灌漑施設の維持管理システムが強化される。) ボボナロ県マリアナⅠ灌漑スキーム(1,050ha、受益農家1,052戸)及びバウカウ県、マナツト県ブルト灌漑スキーム(780ha、受益農家467戸)
成果3(国産米流通・販売システムが強化される。) 東ティモール全土
成果4(政府のコメ買い取り/配布システムが改善される。) ボボナロ県マリアナⅠ灌漑スキーム、バウカウ県、マナツト県ブルト灌漑スキーム、及びその周辺地域、コメ備蓄倉庫(ディリ県、ボボナロ県)
成果5(プロジェクトの教訓が他県に共有される。) 全国の5つの灌漑スキーム
成果6(国産米振興政策立案に必要なオプションが関係者により準備され共有される。) 東ティモール全土

私が着任した時点で、プロジェクト開始後3年が経過していました。この3年間は、インドネシアから独立後に無秩序となっていた稲作栽培体系をかつての体系に戻すために、稲作カレンダーに従って栽培を行うよう農民の行動変容を促す活動を中心に実施していました。そのために成果1の指標も「60%以上の農民が栽培カレンダーに従うようになる。」というものでした。プロジェクト開始後の3年間の活動の結果、この指標は達成されたものの、プロジェクト目標である「プロジェクト最終年度で対象サイトの農民が3500トン(民間部門500トン、政府部門3000トン)の籾の販売が可能となる。」は残り2年間では達成不可能な状況でありました。そのため、東ティモール政府、JICAとも協議し、プロジェクト期間を2年3月間延長することになりました。そして、コメの単収増の活動を強化するとともに政府によるコメ(籾)買取支援活動の強化をするようプロジェクトデザインマトリックス(PDM)の内容を変更しました。

民間部門及び政府部門による、コメ(籾)買取量は着実に増加してきていますがまだ目標とする数値からはかなり開きがあります。プロジェクトの各成果間の連携が強化されつつありますので、残り2年間で政府によるコメの買取を着実に拡大するとともに、生産量を増やしていくことが出来れば、プロジェクト目標の達成は何とか可能となるのではないかと判断しているところです。

以下の写真は、プロジェクト活動の一部です。

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農家デモンストレーション圃場での収穫直前の状況

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プロジェクト支援農民マーケットでの国産米販売

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政府により買取されたコメ(籾)

4. あとがき

国産米の生産を担う省は農業水産省ですが、国産米の政府買取を担当するのは経済関係調整省管轄下にある国家調達センター(NLC)です。しかも、NLCの設立法には、国産米の買取義務はどこにも明記されていません。また、無税に近い安価な輸入米が地方の市場も含めて行き渡っています。

政府は2023年までにコメ自給率を70%まで増加するという目標設定をしていますが、政策の実施面では、必ずしも統一がとれた取組にはなっていません。他方、2020年初頭から世界中に蔓延したコロナウイルスパンデミックは、食料安全保障の重要性を再認識させる機会になりました。今後も政府がコメ自給率の向上を引続き政策目標として掲げるなら、その目標に向かってより統一の取れた政策の実施が望まれます。

2年間弱の本プロジェクト業務期間中、1年間はコロナウイルスパンデミックにより避難帰国を余儀なくされ、また再赴任後も感染リスクを避けるためにプロジェクトサイトへの出張が不可となり、リモートでプロジェクトサイト管理を行うこととなりました。その間、何とかプロジェクト運営が出来たのも、専門家の皆様、JICA関係者の皆様、カウンターパートの皆様、そしてプロジェクトスタッフの皆様のお陰です。この場を借りてお礼申し上げますとともに、今後の当プロジェクトの目標達成を祈念しております。