不動産登記法の成立-東ティモールにおける法制度整備支援

2022年5月2日

法務省法務総合研究所国際協力部教官
川野麻衣子

1.はじめに

法務省法務総合研究所国際協力部(International Cooperation Department、ICD)では、法務省が行う国際協力の一環として、JICAなどの関係機関と協力して、法の支配やグッドガバナンスの強化のためアジア諸国に対する基本法令の起草やその運用改善、人材育成などを内容とする法制度整備支援を実施しています。
東ティモールに対する法制度整備支援は、2009年から、主に司法省職員の法案起草能力を向上させることを目的として実施しており、先日、数年来起草の支援をしてきた不動産登記法が成立しました。
そこで、東ティモールの司法分野の課題とICDの活動の概要、そして不動産登記法の概要を簡単に御紹介したいと思います。

2.司法分野の課題

東ティモールの司法分野には、主に次の3つの課題があります。
1つ目は、人材の問題です。東ティモールでは、弁護士や裁判官、検察官といった法曹や立法の担当者が不足しています。できる限り東ティモール国民を人材として登用しようと努めているようですが、圧倒的に足りないため、過去には外国人の裁判官や検察官を登用したり、省庁に法律を起草するための外国人アドバイザーを雇用したりして、東ティモールの国民自身が法案の起草や運用に必ずしも携われていないということが問題の一つとなっています。
2つ目は言葉の問題です。東ティモールでは、法律がすべてポルトガル語で作られているのですが、国民のほとんどはポルトガル語を理解することができず、法案の起草担当者もポルトガル語を使用するのに苦労しています。また、ポルトガル語から日常的に使用されているテトゥン語に法律を翻訳しようとしても、テトゥン語の法律用語のボキャブラリーが少なく、相当する用語がなくて翻訳することが難しいということも問題となっています。
3つ目の問題は、必ずしも東ティモールの実情を反映していない法律が作られているということです。前述のように、東ティモールの法律はポルトガル語で作られることから、ポルトガル語圏のポルトガル、アンゴラ、カーボベルデなどの法律を「コピペ」して法案を起草したり、外国人アドバイザーが起案した法案が十分に検討されず、婚姻等の一部の規定について、実情が反映されていないことが問題となっています。

3.ICDの活動概要

このような課題を踏まえ、ICDでは、JICAとも連携しながら、司法省の職員が自らの力で法案を起草することができるよう支援を続けてきました。
法案の起草過程で留意すべき事項など法案を起草するに当たって基礎となる情報の提供から始まり、実際に東ティモールが起案している法案を題材として取り上げて、日本や他国の同様の法律に関する情報提供や法案の重要な論点の協議をしてきました。
具体的には、1年に数回、ICD教官や日本の大学教授等が東ティモールに赴いて、司法省や関係省庁の職員、弁護士等を対象に起草中の法案に関するセミナーを開催したり、1年に1度、司法省の職員等を1週間程度日本に招へいして、法案に関する協議や有識者による講義、関係機関の見学等を実施したりしています。

4.不動産登記法を含む土地関連法の起草支援

これまでに法制度整備支援の題材として取り上げた法案は多岐にわたりますが、2017年以降は、主に土地関連法を対象とした起草支援を実施しています。
東ティモールの土地については、複雑な歴史的経緯から、伝統的に使用してきたもの、ポルトガル植民地時代に使用を認められたもの、インドネシア占領時代に使用を認められたもの、独立回復後に取得したもの等があり、1つの土地にこれら複数の権利が主張され、所有権をめぐる紛争が深刻な問題となっています。2017年には、このような問題を解決するために「不動産所有権の定義のための特別措置法」が施行されましたが、現在の土地の所有権が誰にあるのかを確認するに当たり、土地の現況の把握や土地に関する権利を公示するための制度等が必要とされています。
そこで、3に記載したような活動を重ね、また新型コロナウイルス感染症まん延後の2020年11月からは、約1ヶ月に1回、1~2日間のオンラインセミナーを開催し、土地に関する複数の法案について司法省と情報共有や協議を続け、本年4月6日に、そのうちの1つである不動産登記法が成立しました。
不動産登記法は、所有権の移転や抵当権の設定といった不動産に関する権利に変動があった際に、その事実を登記簿に記録して公開することによって、取引の安全性を確保することを目的としたものです。不動産に関する権利が守られるとともに、売買等の取引をしたい人が、不動産に関する情報を容易に取得することができるようになることから、今後の東ティモールにおける不動産取引、ひいては経済の発展に大きく貢献する制度であるといえます。
未だ、運用の細かい点について明確でない部分もあり、それらは今後、下位の法令で制定されたり、運用をする中で見直しがされることが期待されています。また、不動産登記の前提として、土地の面積や所在地といった不動産の物理的状況や、現在の土地の所有者が誰であるかが争いなく特定される必要があり、これらの制度に関する法令の起草についても引き続き支援していきたいと考えています。

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オンラインセミナーの様子

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オンラインセミナーの様子

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オンラインセミナーに参加する司法省の皆さん

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法務局の見学をする様子

5.おわりに

ICDでは2018年から、土地関連法の起草支援の他、裁判官、検察官及び弁護士向けに司法制度に関する現地セミナーを行うなど法曹人材の育成支援にも携わり始めました。東ティモールの法制度が、東ティモールの国民自身によって作られ、運用されるようにこれからも支援を続けていきたいと考えています。