買い物ゲーム

2019年4月29日

2016年度3次隊 コミュニティ開発 工藤幸介

そのきっかけは、幼児教育隊員ユーキさんとの会話だった。僕たちは午前中に地元NGOで素晴らしいワークショップを無事に終え、その反省会と題して昼下がりの駅前のカフェで次なる取り組みについてのアイディアを話し合っていた。そこでユーキさんが言った。「子どもたち向けのワークショップのアイディアで言うと、日本の幼稚園ではお買い物ごっこなんかもやったりするんだよね。」と。これおを聞いたヒロくんと僕は「おぉ!買い物ごっこか!なるほど!これはいける!」とすぐにピンときた。はたして買い物ごっこの何にピンときたのか。

それは、買い物ごっこがその参加者に経済活動の疑似体験を提供するという点であった。というのも、配属先事務所スタッフは商売の経験がないに等しいし、現地の零細小事業主や起業志望の学生でさえも商売に関する知識や成功体験が乏しいという実情があった。結果として事務所スタッフたちは机上の空論ばかりを並べ立て、事業主たちは何となく隣の人の商法をマネするだけでその財布は底をつき、学生たちは起業すれば儲けられるという根拠のない自信を胸に勉学を怠っている。そもそも、コストを把握していないから利益もわかっていないというケースが多々ある。お昼にインジェラを50食売ったと息巻くレストランの店主は僕と一緒に売上とコストを計算してみたが、準備から販売まで半日近くかけたその労力の対価としての利益が50円だけだったと知り、「オー、ノー!」と文字通り両手で頭を抱えていた。50円はエチオピアでも瓶のコーラ1本分でしかない。この利益なら寝ていた方がマシだったねと僕は冗談を言って笑っていたが、翌昼にそのレストランを再訪してみると見事にその入口は閉ざされていた。

結局彼らは、商売が何かということをよくわかってないのだ。基本的に商売が成功するかしないかは運であると本気で思っている節がある。それもこれも、結局は彼らがビジネスの論理を意識して実際に体験する機会が圧倒的に少ないからである。だからこの買い物ゲームは革新的なアイディアなのである。このビジネス疑似体験を通して、実際に儲けたり赤字を出したりしてもらうことで商売に関する色々な気づきを与えることができるのだ。人は実際にやってみて自分の頭で考えてみないと、真にその物事を理解することは難しい。

買い物ゲームをつくるにあたって僕らが第一に目標としたのは、その基礎となるルールをシンプルにすることだった。基礎がシンプルであれば誰でもそのゲームを楽しむことができるし、将来このゲームを応用していく際にも容易になるだろうと考えたからである。それに、ゲームの説明時間を取らなくても済む。説明時間が長くなると、ゲームをする以前に参加者の集中力が切れてしまうのだ。だからこのゲームの初期開発にあたり僕らがまずターゲットとしたのは子どもたちだった。年齢としては小学校の中高学年である。この年齢の子どもたちは何より集中力がない。それに、「子どもたちにも理解できれば、僕らが最終的にターゲットとする零細小事業に関わる大人たちでも理解できるはずだ。」という仮定もあった。

この基礎ルールの試作段階において、またしても僕らの撒いていた種が役立つ。まず僕らは図書館に集まった子どもたちに向けて試作品をテストしたのだ。この時の活動の様子を写真に撮り、参考資料を作成した上で、今度は市内の小学校を回った。ゲームを実施し、その課題を洗い出し、解決策を練り、改善し、また実施する。このような試行錯誤を様々な小学校で10回ほど行い、実績をつくっていった。その結果として、説明の少ない、子どもたちでもわかるようなゲームを生み出すことができた。

ルールは簡単だ。まず、4人のグループを6つ作ってもらい、各テーブルについてもらう。そして、各グループ2人が店番役となり、残りの2人が買い物役となる。まず店番役だが、ついているテーブルが彼らのお店となる。店舗は3種類あり、例えば八百屋さん、文房具屋さん、パン屋さんである。各店舗は2件ずつとなるので、どのお店にも競合相手がいることになる。各店のテーブルにはグッズカードと呼ばれるカードが3種類並んでおり、各カードにはある商品の絵が描かれ、その下には値段が記載されている。例えば八百屋さんだとトマトが10円、タマネギが30円、ブロッコリーが50円といった感じである。店番役の人はこのグッズカードを売ることがその役割で、売り上げの多いチームが高得点を取ることができる。一方、買い物役の人たちにはショッピングリストと紙のお金が渡される。彼らの役割はそのリストに沿って買い物することで、1つのリストを終了すると次のリストを受け取ることができる。より多くのリストを終わらせることができれば高得点となる。最終的にはグループの総得点で競うというゲームだ。

普段の授業ではこういったゲームに触れることのない子どもたちは、目をキラキラさせてゲームに興じる。見ていて面白いのは、このゲーム中にどうしたら売上を増やせるのかなど、工夫をする子が出始めることである。例えば店番の子は店先で呼び込みを始めるし、買い物する子はより早く買い物をしようとペアと二手に分かれたりする。これらはもう立派なビジネススキルである。もちろんこの基礎ルールには穴もたくさんあり、例えば各店の売上は店番役の努力以上にショッピングリストによるところが実は大きかったりする。しかし本当に大切なのはゲームを通してビジネスの疑似体験をし、疑問を持ったり、自ら工夫を凝らすことにある。なぜ呼び込みを始めたのか?なぜ値段交渉が上手くいったのか、はたまた上手くいかなかったのか?このような行動の動機を振り返るだけでも非常にレベルの高い教育機会となる。

こうして買い物ゲームの基礎ルールをつくった僕たちは、徐々にレベルを上げたルールを付加していった。例えば各グループに帳簿表を記載した紙と鉛筆を配ってそれぞれの売買の記録をとるようにしたり、価格設定を自由にしたり、各店の初期の商品数を減らして仕入れをするようにしたり、銀行をつくってローンを借りれるようにしたりした。特に仕入れやローンのルールについてはヒロくんの社会人経験から得た知見が大いに活かされた。そして、これらのルールは職業訓練校の生徒向けや地元NGOに集まる女性起業家たちに向けてゲームを実施する際に適用することができた。このようにして、本来の僕の任務であった零細小事業支援に足を踏み入れるところまできたのである。

そしてついに、帰国前の僕の配属先事務所での最終報告会を利用して、事務所スタッフ向けにこのゲームを実施することができた。僕らの活動がいかに零細小事業支援において有意義であるのかを、その実績としてのゲームを彼ら自身で実際に体感してもらうことで、次なる活動への強い動機付けになったのではないかと期待している。また、ゲームを実施していく中で、現地の人たちの思考の傾向とその問題点もわかるようになってきた。案の定ではあるが、売上を注視し過ぎて利益がゼロに近くなっているためコスト計算の練習が必要であるという点や、さらには自分で書いた帳簿の数字が汚くて読めないなどの初歩的なミスも多く、数字の書き方を統一する必要性がある点などといった新たな課題と解決策が見えてきた。この気づきから、僕らボランティアとしてまた新たに取り組める次の活動へのアイディアが見えてきたのである。

このような新たなアイディアが生まれ始めてきた頃になると、僕がエチオピアを出発する日が近づいてきていた。ここから次なるステップとしての、買い物ゲームをさらに洗練させて事務所が管轄している零細小事業主やより多くの学生にゲームとその学びを浸透させていくことや、ゲームを実施することで抽出した課題に対する解決策の提供という取り組みは、ヒロくんと僕の後任に託すことにした。頼れる後継者がいるというのは何とも心強い。こうして2年間の任務を終えた僕は、エチオピアの青空のように清々しい充実感を胸に、任地ディレダワを後にすることができたのである。

つい長くなってしまったが、以上が僕のコミュニティ開発隊員としてのエチオピアでの2年間の概要である。総じて遠回りの2年間ではあったが、そこには素敵な出会いがたくさんあり、紆余曲折はあったものの、結果として本来僕自身の目指していた活動にたどり着くこともできた。この2年間を通して、枠を飛び越えて自ら動くことの大切さ、そして人とのつながりの尊さというものを、身を持って学ぶことができた。また、見ず知らずの土地でも仕事を創り出すことができるのだという自信も得ることができた。そして何より、現地のやる気ある人々や青年海外協力隊の仲間たち、また所長を始めとするJICAのスタッフの方々、そして僕ら協力隊を送り出してくれている日本国民の皆様など、本当にたくさんの方々の支えがあってこそ、僕はこのエチオピアでの任務を健康に全うすることができた。この事実を僕は決して忘れない。このエチオピアコーヒーのように濃い青年海外協力隊での2年間は、今の僕にとってはもちろん、将来の僕にとっても、人生の大きな糧となっていることは間違いない。頑張る人が損をしない社会。そういった社会づくりのために、今後ともこの経験を存分に活かしていきたいという気持ちを新たにする、平成最後の今日この頃である。

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図書館に集まった子どもたちと

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小学校での試行錯誤

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職業訓練校の学生向け買い物ゲーム

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買い物ゲーム