事務所長発 グアテマラからのお便り Vol.2

2022年12月9日

JICA事務所の在るグアテマラ市は常春の町と言われます。そんなグアテマラ市でも夜半は肌寒さを感じるようになりました。

グアテマラはエルサルバドルやホンジュラスと合わせ「中米北部三角地帯」と呼ばれることがあります。犯罪発生率や貧困格差が高いことやそれ故にチャンスを求めて米国に非合法に入国し、出稼ぎを行う不正規移住(Irregular Migration)等、負の現象で括られる地域です。

不正規移住(不法移住)に代表される北米への人の流れについてJICAグアテマラ事務所では2019年から2022年前半まで、文献渉猟、インタビュー、現地調査からなる基礎調査を行いました。

スペイン語だけですが、結果は以下に取りまとめています。

この調査から様々なことが分かりました。

今回はインタビューの中で特に強く印象に残ったナタナエルさんの話を紹介します。

この記録はJICAメキシコ事務所大田享子企画調査員と共にグアテマラと国境を接するタパチュラ市に2022年5月に訪問した時の報告を手直ししたものです。

米国への不法移住者だったグアテマラ人ナタナエル・メヒーア(通称「ネイト」)の半生

ネイトが7歳の時に父親が殺された。エスクイントラ県で牧師だった父親は農園で働く先住民の権利や生活向上を支援していたが、それが仇となり農園主たちの息がかかった者に暗殺された。母・兄と共に首都グアテマラシティのスラム街に引っ越した。周囲はマラスと呼ばれる犯罪グループの若者ばかりだった。母親は敬虔な福音主義者(プロテスタントの新興宗教)で、ネイトを厳しくしつけた。宗教上、ネイトが歌うことを禁じた。ネイトは貧困から抜け出すこと、自由に歌えるようになりたいため、家を出て12歳の時に徒歩で米国に向かった。通過したメキシコでは、各地で生活費を稼ぎながら移動し、2年かけて、先に移住した兄の待つ米国マイアミに向かった。道中、ベスティア(野獣)と呼ばれる貨物列車に無賃乗車したりもした。ベラクルス州ではある家庭に迎え入れて貰い、しばらく生活した。ずっといても良いと言われたが、米国を目指すことにした。大変な恩義を受けた。今では「お母さん」と呼んで時折連絡を取っている。米国では兄に頼るのは申し訳なく、短期間で多くのお金を稼ぎたいと思っていたので、悪事にも手を染めた。ある日道端でコカインを売っていたところを逮捕され、刑務所で2年間過ごした。刑期を終え出所した後は、回心し、犯罪から一切手を引いた。その後、レゲトン歌手としてディスク会社と契約し、成功した。

グアテマラ人移民ネットワーク代表のワルテル・バトレスから「カリフォルニアでのグアテマラ人移民イベントで歌わないか」と誘われたことがきっかけで、移民支援に携わるようになった。ワルテルのビジョンや行動力に感化され、薬物中毒者のための更生施設をマイアミに設けた。だが、トランプ政権下で米国の移民政策は大きく方向転換し、ネイトは犯罪歴があることから、米国外で10年過ごさなければ、滞在ステータスを更新できない境遇となった。この間、ディスク会社との契約期間は終了し、米国での就労許可の有効期限も切れた。今は、米国に妻と子供二人を残し、メキシコのタパチュラ市で歌手としてそして移民ネットワークの一員として活動している。「つらい過去だったが、それを受け入れることで今の自分があり、生きる希望が湧き、人のために何かができるようになっている。大変充実感がある。自叙伝を執筆中だ。日本は物質的に恵まれ治安も良い割には自殺率が高いと聞く。ぜひ自分の半生や生きる意味・希望を日本に伝えてもらいたい。」と、ネイトは語った。

ネイトには、故郷のグアテマラには戻れない理由がある。ネイトの最初の米国人妻は、グアテマラ人犯罪グループの一員(ネイトの職場の知り合い)からレイプされた上、殺された。その時妻は妊娠4か月だった。殺人犯は終身刑に処された。グアテマラに残る殺人犯の家族はネイトに逆恨みし、ネイトが歌手として成功していることを知るや、Facebook等を通じてネイトを殺害予告するようになった。ネイトはグアテマラには兄弟姉妹に会うためやコンサートのために訪問することはあるが帰っても命を狙われるため、行動をパターン化するのを避け、同じ場所には滞在せず、一日か二日ですぐにメキシコへ戻るようにしている。

今ネイトは44歳。困っている人を助けるのが好きだ。特に移民の境遇は経験者として痛いほどわかるし、何かしてあげたいという気持ちに駆られる。移住を志す人々に、彼はいつも、滞在先の国の法律を守るよう忠告することにしている。少額でもまとまった金ができれば、移民支援のために寄付もする。今は「グアテマラ人移民ネットワーク」のメンバーとして、移民のために活動できることが誇りだ。彼らのために歌を歌い、移民の処遇改善や人権保護を求め、グアテマラ国会に陳情に行くこともある。