日本のスタートアップと共に中南米・カリブ地域の社会課題解決を!

#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2024.01.19

日本からはるか遠く、“地球の反対側”に位置する中南米・カリブ地域。肥沃な大地に約6.5億人が暮らすこの地域は、世界有数の食料供給地であり、近年急速な経済発展を遂げる一方、森林減少や社会格差、犯罪の多発など、さまざまな社会課題を抱えています。

その課題を解決しようと、いま日本発のスタートアップ企業による挑戦が始まっています。後押しするのは、JICAとIDB Labによる支援プログラム「TSUBASA」。なぜJICAがスタートアップ企業のイノベーション創出を支援するのか、なぜ中南米・カリブ地域なのか——。JICAの宮崎桂理事と採択された起業家たちの声を通して、この地域の可能性とTSUBASAの魅力を探ります。

TSUBASAロゴ

地球規模課題の解決にスタートアップの力を

2021年に始動した「TSUBASA(Transformational Start Ups’ Business Acceleration for the SDGs Agenda)」は、中南米・カリブ地域の開発課題に挑む日本発のスタートアップ企業を支援するプログラム。スタートアップが持つ革新的な技術やアイデアに、JICAが培ってきた途上国支援の知見と、地域最大の国際開発金融機関である米州開発銀行グループのIDB Lab*1が持つネットワークやファイナンス、イノベーション促進における専門性を掛け合わせることで、同地域の開発課題解決への貢献を目指しています。

「近年、中南米・カリブ地域は大きな経済発展を遂げており、日本に期待される支援の内容も次第に難易度が上がってきていると感じます」。そう語るのは、JICAの宮崎桂理事。

  • * 1 IDB Labは、中南米・カリブ地域の人々の生活水準向上に向けた革新的なアプローチを実現する「イノベーション・ラボ」として、民間セクターに対する資金やノウハウの支援を行う組織。

JICA宮崎桂理事

JICAの宮崎桂理事。大学でスペイン語を学び、JICA入構後はアルゼンチン事務所に赴任。2022年10月より理事として中南米部をはじめ、ガバナンス・平和構築部、青年海外協力隊事務局、緊急援助隊事務局、評価部を統括

地域全体の所得水準は高いものの、アマゾンの熱帯雨林や広大な農業生産地を有する中南米は、気候変動や食料安全保障といった地球規模の課題においても、非常に重要な役割を果たしている地域です。JICAはこれまでODAの各スキームを活用し、民間とも連携しながら、これらの課題解決に取り組んできました。しかし、開発課題が複雑化・高度化するにつれ、新たなニーズも生まれています。そこで着目したのがスタートアップ企業でした。

「私たちはスタートアップ企業を、これまで世の中になかった革新的なビジネスモデルや技術を使ったサービスを提供してくれる存在と捉えています。途上国の開発課題が高度になる中、スタートアップ企業と連携することで、課題解決に向けてよりスピード感のある、かつ飛躍的な開発インパクトを創出できると期待しています」(宮崎理事)

アマゾンの熱帯雨林

「世界の肺」とも呼ばれるアマゾン熱帯雨林の保全は、気候変動対策の観点から世界的に重要な課題となっている(Photo: Shutterstock/worldclassphoto)

なぜ中南米・カリブなのか、この地域の可能性とは

“地球の反対側”に位置する中南米は、地理的にも遠く、日本企業の進出はさほど進んでいません。そんな中南米でベンチャー投資家として活躍し、TSUBASAの協力企業でもあるB Venture Capital(BVC)を創業した中山充さんは、この地域の持つポテンシャルを強調します。

中南米・カリブ地域(33カ国)は、ASEANに匹敵する約6.5億人の人口を擁し、名目GDPは約5.8兆米ドルでASEANの1.6倍。人口ボーナス期にあるブラジルとメキシコは、2050年にはGDP総額で日本を上回るとの予測もあります。中山さんによれば、「短中期的に見ると、経済発展と開発課題が両立しうる数少ない新興地域のひとつ」であり、都市化や高齢化、防災など日本との共通課題も多いことから、日本企業のノウハウやサービスを生かすチャンスも広がっています。

中南米・カリブ地域とASEANの比較

出所:GDPはInternational Monetary Fund, World Economic Outlook Database (2022)、人口はWorld Bank, World Bank Open Data (2022)、面積は外務省サイトを参照

2050年のブラジルとメキシコの成長予測

出所:PwC, The World in 2050 (GDPは購買力平価ベース)
https://www.pwc.com/gx/en/research-insights/economy/the-world-in-2050.html

近年はブラジル、メキシコ、コロンビアなどを中心に、スタートアップの成長を支えるエコシステムの構築も進んでいます。2021年の中南米のスタートアップ投資額は約2兆円、ブラジルだけでも日本を上回る1兆円規模に達し、多数のユニコーン企業が生まれています。言語や宗教など、エリアに共通した文化的基盤があることから、ひとつの国で成功した事業が周辺国へ横展開できる可能性もあり、事業を飛躍的に拡大させる土壌のある地域と言えます。

さらにJICA宮崎理事が指摘するのが、推定約240万人の日系人社会の存在です。「中南米に渡った日系人の方々が長年築いてきた信頼感は非常に大きく、それはASEANやアフリカ地域にはない価値と言えます。JICAには移住者支援事業を通して各国の日系社会と長く関係性を築いてきた歴史があります。日本のスタートアップと現地の日系社会をつなぐことができるのも、TSUBASAの持つ強みと考えています」(宮崎理事)。

採択企業が語る事業の成果とTSUBASAの魅力

TSUBASAでは、公募により採択されたスタートアップ企業に対し、約6カ月にわたって現地での事業化を支援します。JICAやIDB Labのネットワークにより現地の有力なパートナーとの連係機会が提供されるほか、ビジネスおよび開発インパクト面からのメンタリングなど、強力なサポートが用意されています。TSUBASAの支援後はIDB Labによる追加支援の可能性もあります。これまで2021年に8社(応募数23社)、2022年には11社(応募数29社)が採択され、各社が中南米市場での足掛かりを掴みました。

2023年9月のTSUBASAキックオフイベント

2023年9月のTSUBASAキックオフイベントには31名が対面参加。スタートアップを取り巻く現地のビジネス環境についてなど、活発な質疑応答が行われた

脱炭素投資を活性化しようと、森林の分析事業を手掛ける株式会社sustainacraft(サステナクラフト)もその一つ。事業の背景について、同社CEOの末次浩詩さんはこう話します。「気候変動への対応には、森林が持つ炭素蓄積量の増加が不可欠ですが、中南米を中心に森林減少が進行しています。農地や畜産地への転換により、住民はより良い収入を得られるからです。例えば、ブラジルだけでも年間約100万ヘクタールもの森林が失われているとされています」。

森林の保全や再生に必要な資金源の一つが、カーボンクレジットです。これは温室効果ガスの排出削減効果を取引可能にするもので、脱炭素化の手段として注目されています。一方で、温室効果ガスの吸収・削減量が過大評価されているという問題も指摘されています。この課題に対してサステナクラフトが生み出したのが、衛星を用いたリモートセンシングやデータ分析などの技術を活用し、森林の実態を適正に評価することで、カーボンクレジット市場を健全に機能させる仕組みです。

起業して数カ月でTSUBASAへ応募した末次さん。森林地帯の多い中南米へのアプローチは必須でしたが、当時は地元のネットワークを持っていませんでした。「率直に言ってすごいと思いました。短期間でとても多くの機関や環境保全を行うNGOにつなげていただき、その結果、現地のパートナーを見つけることができました。IDB Labからの追加支援も決まり、今後も中南米の自然保全プロジェクトへの資金循環に貢献していきたいと考えています」。

森林伐採されたブラジルの土地

ブラジルでは畜産のための放牧地や農地利用を目的に、森林が次々と伐採されている

現地の植林事業者と交流する末次さん

現地の植林事業者と交流する末次さん(右端)(写真提供:サステナクラフト)

「世界の悲しい経験を減らす」というビジョンを掲げ、独自のアルゴリズムによる犯罪予測システムを開発する株式会社Singular Perturbations(シンギュラーパータベーションズ)も、2021年にTSUBASAに参加。その後、中南米市場への進出を果たしました。

中南米・カリブ地域の大きな社会課題の一つが治安です。世界の危険な都市ランキングトップ20の約半数を中南米の都市が占める、という調査データもあり、警察機関や警備会社をはじめ、保険、旅行、不動産など、多様な領域で治安の改善や犯罪抑止に対するニーズが高まっています。シンギュラーパータベーションズでは独自の犯罪予測システムに基づく警備・パトロールルートの最適化アプリ「Crime Nabi」を開発。TSUBASAを通してウルグアイのスタートアップとの連携が決まりました。

代表取締役CEOの梶田真実さんはTSUBASAについて「一般的に警察組織や政府機関に対して、外国発のスタートアップが突然扉を叩いて協力を仰ぐことは、かなり難しいと思います。仲介していただくことでアポイントが容易になり、英語が通じない場面では通訳でも助けていただきました。さまざまな事業者からヒアリングできたことで、現地のニーズを掘り起こすことができました」と話します。

「自分たちの事業についてどんなパートナーであれば実証実験ができ、ビジネス化までもっていけるのか、そうしたコンサルティング支援もあったおかげで、B2B事業展開のパートナーが見つかった」という梶田さん。TSUBASAによる支援後、ブラジルで行ったケーブル盗難を対象とするフィールド検証では犯罪件数を69%も減少させ、2023年10月にはブラジル・サンパウロに支社を設立するに至りました。

ブラジル・ミナスジェライス州ベロ・オリゾンテの市警団

ブラジル・ミナスジェライス州ベロ・オリゾンテの市警団とともにフィールド検証を実施

監視カメラ業務における犯罪予測活用に関する議論の様子

監視カメラ業務における犯罪予測活用に関する議論の様子(左から2人目が梶田さん)(写真提供:シンギュラーパータベーションズ)

中南米・カリブ地域は多くの企業に開かれた“ブルーオーシャン”

中南米・カリブ地域の魅力について、JICAの宮崎理事はこう言います。「中南米・カリブ地域には昔から多様な文化を認め合い、国をつくってきた歴史があります。それはビジネスにおいても同じ。外部から新たに入ってくる技術やモノを受け入れる心構えや体制があります。将来性のあるエリアにもかかわらず、日本からの進出企業が少ないという現状は、新たなビジネス展開を考える企業にとってはまさに“ブルーオーシャン”。さまざまな企業が活躍できる余地があるので、ぜひ積極的にTSUBASAにご応募いただきたいと思います」。

スタートアップにとって大きな事業機会が見込まれる中南米・カリブ地域で、開発協力の新たな形が広がろうとしています。

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