思い出の一枚「今と繋がっているマラウイでの経験」

2021年7月15日

名前:水越 健介
隊次:2012年度2次隊(2012年9月~2014年9月)
職種:コンピュータ技術
配属先:ムズズ技術訓練校
出身地:三重県鈴鹿市

朝はニワトリの鳴き声で起こされ、夜は満点の星空のもとで眠る。頻繁な停電や断水など不便な生活の中で、日本ではほとんど体験できない、ある意味で贅沢な暮らしがマラウイにはあったと思います。

私はマラウイ北部のムズズという街でコンピュータ技術隊員として、技術訓練校でICTの講師を務めていました。PCハードウェア、ネットワークやセキュリティ技術などICTの技術を教えるということもあり、停電時には非常に苦労しました。パソコンの電源が入らない中で、パソコンを使った技術を教えなくてはならないのですから。そのため、パソコンを必要としない停電用の教材を用意して、非常時には常に教材を切り替えられるよう準備していました。また、パソコンはよく壊れました。ホコリまみれで、扱い方も雑であったため、壊れたパソコンが部屋の片隅に多量に置かれている状況でした。壊れている部分はファンやCPUなどパソコンによって異なっていたため、故障中のパソコン複数台から正常な部品を抜き取り、組み合わせて1台を作り上げていました。

今私はシステムエンジニアとして働いています。マラウイでのどの経験をとっても、日本で技術的にはほとんど必要ないかと思います。ただ、限られた資源の活用や非常時の落ち着いた対応は、今のエンジニアとしての業務にも活かされています。

傲慢かもしれませんが、生徒や同僚が私と出会ったことで、少しでもICTの専門性が身につき、アズング(外国人)に対して偏見なく接してくれるようになったとしたら非常に喜ばしいです。私は彼ら、彼女らに出会い、2年間現地に染まった生活をする中で「物理的、精神的にどこでも生きる力」が身についたと思います。帰国後、東南アジアやアメリカで駐在員として働く機会を得ました。マラウイでの経験があったからこそ、次のステップの挑戦ができたのだと思います。

コロナ禍でマラウイどころか隣国にさえ行くことが難しい世の中となってしまいましたが、またいつかマラウイに戻って、関わった人たちと互いの成長を喜び合いたいと切に願います。

次のバトンは、いつもパワフルに活動していた24年度1次隊の小川由さん(野菜栽培)に渡したいと思います。

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