思い出の一枚「マラウイの木工の思い出」

2022年3月10日

名前:丸山 浩明
隊次:平成5年度1次隊(1993年7月~1995年7月)
職種:木工
配属先:ムズズ技術大学
出身地:長野県

もう30年近くも前の話になってしまい、時の流れの速さにビックリしています。まばらな木々と朱色の大地、酔うほどに青い空は今も変わらないと思います。私が派遣されていた当時は、大統領が変わるかどうかで政治的にも不安定、通貨の価値も下落して不安定というような時期でした。

一度任地のムズズ市内で、パンパン拳銃の音が聞こえる中、兵士に囲まれて地元の人達と逃げ惑った事が有りました。急いで家に帰って3日間ほど外に出ずにいたら、何とか遣り過ごす事が出来ました。でも危険だったのはそのくらいで、普段は極めてのんびりとした生活を送っていたものです。

学校では木工を教えていました。大学に来る生徒は国内では比較的裕福で、エリートの人たちです。その方々に、習慣も技術や道具も日本と異なる事に戸惑いイライラし、しかも青臭かった私はよく怒っていました。もっと上手いやりようもあったろうにと、30年後の私は思います。

20名ほどの生徒は、マラウイのペースで真剣に課題や座学に取り組んでいました。器用で何でもこなせる生徒もいれば、そうでない者もいて、人にものを教える難しさに頭を悩ませていたのを憶えています。でも2年経つと皆それなりに道具も使えるようになりました。しかし、卒業すれば高価な道具や機械は自分で買わねばならず、どんなにか大変だろうと心配していました。中年になった彼等がどのような道に進んだのか、見てみたいです。

学校には学期末に長めの休みが有ります。その休みに同じ時期に派遣されていた隊員と、ハイヤーで旅行したのも楽しい思い出です。でも普段の休みは専ら一人でバスに乗ってマラウイのあちこちを回り、木工の工房や学校を訪ねていました。マラウイ全土、なるべく主要な町に行って、職人から樹種を教えてもらいサンプルピースを入手し、出来れば立ち木も写真に収める、というような作業です。材料となる木を見れば、その性質が分かり適切な使用方法も分かるから、そのような調査も必要と思ったのです。それをまとめてJICAに提出しました。

マラウイでの2年間で、私は沢山のものを貰いました。一番大きかったのは、同時期に派遣されていた隊員と知り合ったことだと思います。自分が独立して工房をやり始めてからいろいろと助けて頂きました。有り難いです。反対に自分がマラウイに対して出来た事には自信が有りません。今回のマラウイの水害も心配しています。犠牲者の方々に哀悼の意を表すると共に、早期の復興をお祈り申し上げます。

【画像】

ムズズ技術大学の夜の実技実習

次回は、ブランタイア剣道クラブで大活躍された伝説の剣士だった、平成3年度2次隊 福丸正勝隊員(電気工事)の思い出の一枚です。