パラグアイにおける日系社会について

パラグアイへの日本人の移住は、1936年にアスンシオン市南東約130kmの原野に設定されたラ・コルメナ移住地への入植に始まりました。第二次世界大戦の勃発により移住は一時中断されましたが、戦後、1954年のチャベス移住地への入植で再開し、1950年代後半以降、JICA直営の移住地であるラパス移住地、ピラポ移住地、イグアス移住地が建設され、パラグアイへの移住は本格化しました。現在約7000人の日系人(日本国籍者及び2・3・4世含む)が在住しています。

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大豆の収穫風景

入植当初の移住者は、原生林を斧で倒して焼き、仮小屋に住まい、広大な赤土の大地を開拓しました。現在の日系社会の全体的に豊かな生活は、入植者たちのこうした並々ならぬ情熱と苦労の上に築かれたものと言えます。

移住者は様々な分野で活躍していますが、その多くは農業に従事してきました。野菜栽培を行い、元来肉ばかりで野菜を食べる習慣のなかったパラグアイ人の食卓に多くの野菜・果物を供給したり、また現在パラグアイの重要な輸出農産物の一つとなっている大豆を導入したりと、多くの努力を重ね、パラグアイの農業を発展させてきました。このことは、パラグアイの誰もが認めるところであり、パラグアイ経済・社会に大きく貢献してきた日本人移住者を通し、日本に対するパラグアイ国民の信頼と評価も極めて高いものとなっています。

パラグアイへの日本人移住 -現在までの主な出来事-

1936 ラ・コルメナ入植始まる。
1941 日本が太平洋戦争に突入。
1954 戦後移住開催。ラ・コルメナに移住者到着。
1955 日本から移住者、チャベス、フジ地区へ入植。
1956 日本からラパス地区、アマンバイへ移住者が到着。
1959 日本国政府とパラグアイ共和国政府間移住協定締結。
1960 アルト・パラナ移住地(現ピラポ移住地)への第1陣、移住地建設に拍車。
1961 イグアス移住地建設開始。フラム移住地(現ラパス移住地)からイグアス移住地へ先発隊が到着。
1963 イグアス移住地への日本から第1陣。
1978 皇太子殿下パラグアイ御訪問。
1979 日本国政府とパラグアイ共和国政府間技術協力協定の調印。
1989 日本国政府とパラグアイ共和国政府間で調印された移住協定の改訂。
その効力が無期限に延長。
1991 各地で日系市長、市会議員誕生。
2006 パラグアイ日本人移住70周年 秋篠宮殿下御訪問。
2016 パラグアイ日本人移住80週年 眞子内親王殿下御訪問。
2018 安倍晋三首相パラグアイ訪問。
2019 日本・パラグアイ修好100周年。
ベラスケス副大統領の訪日。
2021 茂木外務大臣パラグアイ訪問。
2022 奥野衆議院議員パラグアイ訪問