変えられることをひとつでも

2019年6月25日

2017年度3次隊 西岡 裕知
所属:ペルー日系人協会日本語普及部
職種:日本語教育

活動紹介

今年は日本人がペルーに移住してから120周年にあたり、配属先のペルー日系人協会(Asociación Peruano Japonesa、以下APJ)も設立102年を迎えました。長い歴史を持つAPJは日系人の心のよりどころとしてのみならず、日本語教室や各種文化教室などを通して、非日系のペルー人が日本と接する拠点にもなっています。

日本語普及部もAPJの一組織として、ペルーの日本語教育に大きな影響力を持っています。地方の日本語教育機関との連携、全国弁論大会・作文コンクール、各種研修会、日本語能力試験の実施など、リマだけでなくペルー全国の日本語教育の推進に取り組んでいます。

私の主な活動は、1)現場の先生の指導力の向上、2)現在実施されている諸行事の改善、3)新しい日本語教師の育成の3つです。

活動の初期に感じた課題

リマには日系校が5校ありますが、所属部署の日系校への関わりは、紙芝居やことわざ講演会などの文化的イベントが中心であり、直接日系校の先生に関わって授業力を高めるような取り組みは行っていませんでした。しかしこのような関わり方だけでは、児童生徒の実態や教師の力量、学校の課題などがわかりにくく、結果的に所属部署が行う活動が一方通行で学校現場と乖離したものになってしまっていると感じていました。また、先生方の日本語力・指導力にはかなりの差があることがわかるにつれて、教師の指導力の向上が課題であると感じました(1))。

また私が着任したときには、新たな事業として第1回全国作文コンクールを実施することがすでに決まっていました。しかし、準備段階で現場の先生を含めて十分な議論がなされておらず、日系校の児童生徒の日本語能力に適したコンクールではないという問題を含んでいました(2))。

3)については、リマは慢性的に日本語教師不足であり、その解消のために所属部署が過去3回、日本語教師養成講座を開講してきました。しかし受講期間が1年と長く、内容もペルーで日本語教師を育てるという視点で見ると情報過多の印象を受けました。

課題に対する取り組み

1)については、週3日は事務所勤務、2日は学校訪問というローテーションを作り、日系校を順に訪問しました。先生方に授業の工夫を伝えたり、時には自分が授業をしたりすることにより、学習が活発になる方法を示してきました。同じ時期に赴任している青年海外協力隊と分担しながら、すべての日系校に関わるようにしました。

2)の作文コンクールについては、日系校の児童生徒の実態に合っていないという第1回目の反省を踏まえて、「作文部門」の他に「書写部門」と「日記部門」を設けて、児童生徒の力に応じて参加しやすいコンクールにしました。

3)の日本語教師養成講座は、受講者の負担を減らすよう、プログラムを半年コースに短縮しました。そのために、ペルーの日本語教師に必要な内容は何かを考えて講座内容を厳選しました。また1回の授業時間を延ばして時間数を確保し、講座全体の質を低下させないように留意しました。

活動を通して出てきた結果

1)の現場の先生の指導については、ある先生は飛躍的に指導力を向上させました。しかし考え方は理解できても、実際にやってみると大きな変化が見られない先生がいることも事実です。

またすでに述べたように、所属部署はペルーの日系社会の中で高い地位にあります。そのため当初は、所属部署の活動を上からの押し付けのように感じている日系校もあったように感じました。しかしJICAボランティアが関わることによって信頼が高まり、所属部署に対する見方も少しずつ変わってきました。

2)の作文コンクールでは、新しく設けた「書写部門」「日記部門」に対する現場教師からの評価は高く、昨年度に比べてより実態に合ったものになりました。8月に行われる実際のコンクールで、参加者が力を発揮してくれることを楽しみにしています。

3)の教師養成講座は、半年にしたことで、これまでで最も受講者が多くなりました。適度な期間で充実した内容が提供できていると思います。現在、最後の模擬授業を控えており、半月後には8人の受講生の修了式を実施する予定です。

今後の課題

1)については、指導技術を高める前提として、日本語能力そのものの向上が望まれる教師がいることも事実です。そのため、日本語能力試験の上位レベルの取得などの方向性を示していくことも解決策の一つだと考えています。

2)は始まってまだ2年目なので、今後数年かけて少しずつより良いものに改善していく必要があるとカンターパートと話しています。

3)は新しく教師になっても、遠隔地や治安が悪い地域にある学校への就職、給与が安い学校への就職は気が重いという人がいることも推測されます。給与については中心部との格差を少しでも小さくするために、APJが例えば経済的な補助を行うなどの方法も一つではないかと個人的には思っています。

本稿では触れませんでしたが、日本語を高いレベルで使えるのは、親の仕事に伴い日本で学校教育を受けてペルーに戻ってきた一部の児童生徒に限られています。日系のほとんどの親は家庭で日本語を使っていません。そのため日系の子どもでも日本語レベルは高くありません。また日系校では非日系児童生徒も含めて全員が日本語の授業を受けています。非日系が占める割合は年々増加して半数前後になってきており、学習のモチベーションという問題が出てきています。このような環境の中、日系校はどのような日本語教育を目指していくかが、大きなそして本質的な課題だと考えています。現在は「日本語」という言葉を教える教育を重視していますが、日系校が大事にしている日本の価値観や日本文化を「日本教育」の中心に置き、その学習に伴って「日本語」がついてくるという教育モデルも一考に値すると思っています。しかし、このことに取り組むには私にはあまりにも時間が短く、また、まだ機が熟していないようにも思っています。

活動を通して学んだこと

「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」

日本では言葉が通じ、社会システムもわかっているので、つい相手の領域に入りがちです。その結果、相手の問題を自分の問題にすり替えて悩んでしまうという罠に陥る場合があります。しかしボランティアで派遣されている国の条件は全く異なっています。2年間という限られた時間、十分には通じない言語、社会システムやこれまでの慣習の違い等によって、こうすればよいと思っても実際にはできないことがたくさんあります。そのため、私が関わって解決の方向性が出せる問題は何かというポイントを絞った思考ができるようになりました。自分が関われる部分、所属部署がやるべき部分という線引きを意識して、変えられるところにアプローチするという感覚が身につきました。これは課題の自他分離として、帰国後の生活でも有効な思考法になっていくことと思っています。

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