大学院における研究-天然資源を活用した農業の新しい可能性を探る研修員-

2021年1月20日

「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム(JISR)」の研修員は、全国各地の大学において、それぞれの専門分野の研究を進めています。今回は農業工学を専攻した研修員サウードさんの研究の様子をご紹介します。

サウードさんは効率的な農産物生産性向上に取り組むための方法として、肥料に着目し研究を行いました。高価な化学肥料に代わる天然肥料の使用により、生産コストを抑えながら、農家の生産性向上に寄与することを目的とした研究です。

サウードさんはシリアの大学で農業工学を専攻しました。シリアでは、5年間の学士課程を無償で学ぶことができる制度となっており、最初の2年間は一般教養課程を学び、最後の3年間に専門分野の研究を行います。彼は、土壌分析によりそれぞれの土地の特徴を調査し、その土地の農家にとってどのような作物が適しているのかを分析する研究を行っていました。シリアの生産作物は、小麦とオリーブが圧倒的な割合を占めており、そのほか様々な野菜類が生産されているそうです。農産物の大きな割合を自給自足でまかなっているシリアにおいては、農業従事者の割合が多く、実際、サウードさんには、オリーブなどの生産に従事する叔父や、農学分野で教鞭をとる大学教員の従兄がいるそうです。さらに、実家には広い家庭菜園があり、こうした環境に育ったサウードさんは自然と、農業に対して親しみを感じるようになりました。農業分野を発展させたいとの思いも強くなり、シリアの大学で農業分野を学ぶことを決めたそうです。

大学卒業後しばらくシリアに留まっていたサウードさんですが、シリアの状況が悪化し、シリアを離れる決断をしました。一時庇護国であったレバノンでは大学で学んだ農業分野の知識を活かす職場を見つけることはできず、生活のために働いていたところ、サウードさんはJISRプログラムの存在を知りました。プログラムへの挑戦を決意し、大学院で学ぶ研究内容を練るために、まず、農業分野の最新情報をインターネット上の文献で調べました。さらに、研究テーマを設定するにあたり、母国の農業発展に寄与する研究となるように留意しリサーチを行いました。その結果、シリアに豊富に存在する天然資源・リン鉱石の活用に着目することになったのです。農作物の生産時にしばしば化学肥料が使用されますが、化学肥料は、非常に費用がかさみ農家の大きな負担になるとともに、その使用の仕方により作物や農地に悪影響を及ぼし得ることなど負の側面が否めません。そうした状況を改善するため、リン鉱石の化学肥料代替使用を研究内容と決めJISRプログラムに応募し、無事合格しました。

来日後は、約1か月のオリエンテーションを受講した後、大学に研究生として入学しました。研究生期間は、修士課程に正規生として入学する前に、日本の生活や大学院の学習環境に慣れながら正規生進学に向けた準備を行うとともに、日本語学習にも力を入れられる期間として設けられています。サウードさんにとっては、研究生期間の半年間は、英語力の向上にも役立ったようです。非アラビア語圏での大学生活は、実用的な英語を使用するのが初めてであったサウードさんにとっては、言語の面でも大きな挑戦でした。来日後、日常の生活で必要な日本語を学ぶ一方、大学生活でのコミュニケーションにおいては英語を使用することで英語力を向上させ、円滑なコミュニケーションに努めることで自然と、周囲の人との繋がりが構築されたと話しています。

修士課程進学後は、指導教員の先生と共に、研究内容を定め、実験方法を考案しました。サウードさんは、実験を行っては、その結果を基に新しいデザインの実験を行うといった作業を繰り返し、多数の実験を行いました。例えば、研究目的であるリン鉱石を化学肥料の代替として活用するためには、まず、リン鉱石の特性を調べる必要がありました。そこで、サウードさんは実験農園においてトマトを材料に、化学肥料で育てた場合との根の成長量の比較を行いました。約70鉢を準備して毎日作業し、約2か月後に結果が得られるといったサイクルで、実験を繰り返したそうです。その結果、リン鉱石のみでは化学肥料より成長量が著しく低下することが分かりました。この結果については、リン鉱石が土壌のアルカリ性を高め、成長量の低下を招いている可能性が見出されました。そこで、土壌のアルカリ化を軽減するために、リン鉱石とともに酸性物質(クエン酸と木酢液)を微量追加し、再び根の成長量を比較したところ、化学肥料には若干及ばないものの、リン鉱石に酸性物質を添加した土壌では、大きな成長量が観察されました。そのほかにも様々な条件下で実験を繰り返し、リン鉱石の肥料としての有用性を見出すことに努めました。結果は下記の写真、1)諸条件下でのトマトの根の成長、に7つの植物個体の結果が示されています。左から2番目は化学肥料を施肥された個体の成長を示しています。左から3番目はリン鉱石を、4・5番目はリン鉱石に濃度を違えたクエン酸を、6・7番目はリン鉱石に濃度を違えた木酢液を、それぞれ与えた植物個体です。一番左のコントロールは、上記いずれの物質も使われていない状態です。植物の成長量は、1)の左から2番目の化学肥料を施肥された個体が最も大きく、それには及ばないものの、1)の左から5番目と7番目、リン鉱石にクエン酸と木酢液をそれぞれ高い濃度で与えられた個体も成長量が大きいことが分かります。2年間という限られた期間で、こうした結果を導き出すことに成功しました。

上記の実験農園における結果は、リン鉱石活用の可能性を示唆する内容となっていますが、実際の農業現場における活用に繋げるためには、野外の生育環境における調査も必要であるとサウードさんは話していました。
リン鉱石の有用性を実際の農場現場でも評価し確認がされれば、農業従事者に対し丁寧に説明することでリン鉱石の導入が広がり、それがシリア農業の発展につながること期待し、その一連の過程に参画したいと、サウードさんは将来の大きな希望を語ってくれました。

いつか日本での経験が母国に還元される機会があることを期待しています。

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諸条件下でのトマトの根の成長

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実験室で作業中のサウードさん