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【5月22日は国際生物多様性の日】西表島から途上国まで、自然との共生に向けて取り組んできた地球環境部・阪口法明国際協力専門員に聞きました

2020年5月21日

5月22日は国連が定めた国際生物多様性の日です。危機に瀕した世界の生物多様性を守るための国際条約「生物多様性条約」が、1992年のこの日、国連で採択されたことがきっかけです(現在、196か国が批准)。

この条約を締結した国が集まる締約国会議(COP)は、1994年以来ほぼ2年毎に開かれ、2010年に名古屋市で開催されたCOP10では、新たな国際的な目標として「2011-2020年生物多様性戦略計画と愛知目標」が採択されました。

この愛知目標の長期目標(ビジョン)は「自然と共生する世界」。「2050年までに、生物多様性が評価され、保全され、再生され、そして賢明に利用され、それによって生態系サービスが保持され、健全な地球が持続され、全ての人々に不可欠な恩恵が与えられる世界」を目指します。国際社会はこの目標に向けさまざまな活動を行うなか、JICAも途上国で生物多様性保全を目的としたプロジェクトを実施しています。

阪口法明国際協力専門員。アルバニア・ディヴィアカ・カラヴァスタ国立公園にて、ニシハイイロペリカンのジョニーとともに

そんなJICAの取り組みについて、地球環境部森林・自然環境グループの阪口法明国際協力専門員に聞きました。環境省職員時代には西表島や富士山麓の生物多様性センターに勤務し、JICAでは現在、国際協力専門員として、インドネシアのマングローブ保全などアジアからアフリカに至るまで広く途上国の生物多様性の保全に向けて取り組む阪口さん。現場への愛情と熱意にあふれています。

コーヒーが森を守る:エチオピア

「途上国では、貧困に直面する住民が生活のため、食料や燃料などの材料を自然資源から非持続的に利用し、自然環境が消失・劣化することも多いです。国立公園などの保護区であっても、管理体制が不十分なために、違法伐採や密猟が頻繁に起きています。途上国での生物多様性保全の協力では、住民が自然資源の利用を搾取的な方法から持続可能な方法に変えることで、彼らの生計が向上する仕組みを作ることが必要です」

そう語る阪口専門員がJICAの生物多様性保全に向けた取り組みの一つとして挙げたのが、2003年からエチオピアで実施している「ベレテ・ゲラ森林保護区における参加型森林管理と森林認証コーヒーの生産・販売促進プロジェクト」です。

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ベレテ・ゲラの森でコーヒーの実を採取する農民たち

エチオピアは森林減少が著しく、かつて国土の35%を占めていた森林面積は2000年には4%にまで減少しました。プロジェクトの対象地域で、同国南西部に位置するオロミア州のベレテ・ゲラ森林保護区は、ヒョウなどの貴重な野生生物が生息する生物多様性豊かな地域ですが、農地拡大や違法伐採などが原因で、森林面積は1995年の約11万5千haから2010年には約10万2千haへと減少しています。

ベレデ・ゲラの森林の状況をモニタリングする住民ら

このプロジェクトでは、住民がベレテ・ゲラ森林保護区に自生する野生のコーヒーの木(現在、世界中で生産されているアラビカコーヒーの木の原種)から、コーヒー豆を収穫し、それを付加価値の高い森林コーヒーとして生産・販売し、住民の生計向上を図ります。それと同時に、コーヒーの木が自生する森林の保全活動を住民が担うことで森林減少を防ぎ、保護区での持続可能な森林保全管理の実現を目指します。

「プロジェクトの中心を担うのが、保護区内に住む住民で結成された森林管理組織『WaBuB』です。WaBuBは州政府との間で森林管理契約を締結し、保護区内での居住、コーヒー豆や蜂蜜などの非木材林産物を利用する権利を得るともに、森林を現在の状態のままに保全することが義務付けられます。森林コーヒーの木が自生するエリアで設立されたWaBuBは67団体、約3,000世帯が参加しています」

WaBuBの普及を図るとともに、プロジェクトは森林管理、森林コーヒー豆の品質向上、コーヒー豆の販売などの活動も支援し、2007年にはWaBuBのコーヒー豆が、国際NGO「レインフォレスト・アライアンス」によりEco-Friendly Productとして認証されました。

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コーヒー豆の選別方法を指導する日本人専門家(中央)

さらに、UCC上島珈琲(神戸市)がベレテ・ゲラ産のコーヒー豆を使ったプレミアムコーヒーを日本で販売するようになると、コーヒー豆の価格は、以前より15~20%高くなり、農家一人あたりの年間収入は、それ以前の1か月分の収入に相当する金額が増収となりました。そして、ベレテ・ゲラ保護区全体の年間森林減少率は、プロジェクト開始前の1995年~2000年の-1.16%から、開始後2010年~2015年には-0.46%へと低下しました。

2012年にプロジェクトのフェーズⅡは終了しましたが、2014年からJICAは、世界銀行の支援によってオロミア州全体で開始された「REDD +(途上国における森林減少・森林劣化に由来する排出の抑制、並びに森林保全、持続可能な森林経営、森林炭素蓄積の増強)」事業と連携し、WaBuBへの支援を続けています。

科学的根拠を踏まえ、統合的に生態系を保全:イラン

JICAが2003年からイランで実施しているのが「アンザリ湿原生態系管理プロジェクト」です。カスピ海沿いに位置するアンザリ湿原は、ニシハイイロペリカンやコビトウなどの絶滅危惧種の越冬地及び繁殖地であり、50,000 羽以上のガンカモ類の生息地。アンザリ湿原は1975年にラムサール条約に登録されましたが、土地開発、下水や廃棄物による汚染など、人為的要因により生態系の劣化が進んでいます。

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ニシハイイロペリカンの越冬地となっているカスピ海沿いに位置するアンザリ湿原

「生物多様性や生態系は複合的な要因で減少・劣化が進行します。複数の要因に対処し、生態系を効果的に保全管理していくためには、利害関係者の参加と、科学的根拠を踏まえた『生態系に基づく管理』アプローチが必要です」と阪口専門員は言います。「このアプローチでは、種とその生息地、生態系サービス、人間を含む生態系の構成要素の相互関係を踏まえ、統合的な管理を行います。漁業、農業、観光などの幅広いセクターによる横断的な取り組みを行うため、利害関係者が参加する機能的な体制の構築、参加者の情報共有が重要です」

アンザリ湿原で住民たちによるエコツーリズムの一環として行っているカヌーツアー

プロジェクトではアンザリ湿原管理委員会を組織し、その下に、「生態系保全」、「流域管理」、「下水管理」、「廃棄物管理」、「エコツーリズム」、「環境教育・広報」などのサブ・コミッティを設置。定期的に会議を開催して、進捗状況などの情報を参加者間で共有しています。

「日本の国立公園のほとんどは、公園内に民有地が含まれています。そのため、多様な利害関係者の意見を聞きながら、公園管理や野生生物保護を進めており、こうした手法がまさに、アンザリ湿原など、途上国での生態系の統合的管理に活かされています」

2030年に向けて SDGsの達成とともに

愛知目標の短期目標(ミッション)は、「生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急な行動を実施する」こと。「2020年までに回復力のある生態系と、その提供する基本的なサービスが確保され、それによって地球の生命の多様性が確保され、人類の福利と貧困解消に貢献するためである」とされています。

現在、愛知目標の達成状況を踏まえ、2030年に向けた新たな生物多様性枠組みが議論されるなか、「新たな目標は、持続可能な開発目標(SDGs)にも大きく関係しています」と言う阪口専門員。今後を見据え、次のように語ります。

「生態系の消失と劣化をもたらす複合的な直接・間接要因に対処し、SDGsと2050年生物多様性ビジョンを達成するには、農林水産業、製造業、エネルギーなどの開発セクターへの生物多様性の主流化を行い、政治やビジネスにおける財政措置、開発計画、生産と消費などを持続可能な形態へと変える社会変容が必要です。そのために今後、JICAは、利害関係者が参加するセクター横断的アプローチを用いた事業、そして、民間セクターからの資金動員を活用した持続性があり、広域展開可能な事業を、さらに積極的に進めていく必要があります」

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インドネシア・バリ州、ヌサ・レンボンガンのサンゴ礁。JICAは国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)とともに、インドネシアとフィリピンで沿岸域生態系とブルーカーボン保全に向けた調査を実施している

※本記事は、「The Japan Journal」2020年5月/6月号掲載 (予定)「Putting Biodiversity on a Path to Recovery」の日本語訳を編集したものです。

愛知目標
愛知目標はビジョンとミッションを達成するために必要な5つの戦略目標(A〜E)と、その下に設定された20の個別目標からなる(表参照)。

戦略目標A:各政府と各社会において生物多様性を主流化することにより、生物多様性の損失の根本原因に対処する (目標1〜4)
戦略目標B:生物多様性への直接的な圧力を減少させ、持続可能な利用を促進する (目標5〜10)
戦略目標C:生態系、種及び遺伝子の多様性を保護することにより、生物多様性の状況を改善する (目標11〜13)
戦略目標D: 生物多様性及び生態系サービスから得られるすべての人のための恩恵を強化する (目標14〜16)
戦略目標E: 参加型計画立案、知識管理及び能力構築を通じて実施を強化する (目標17〜20)

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出典:平成24年版環境白書