• ホーム
  • ニュース
  • トピックス
  • 2020年度
  • 【7月30日は人身取引反対世界デー】「被害に遭った女性の芯の強さを表現したい」:タイの人身取引問題を描いた少女漫画家尾崎衣良さんに聞きました

【7月30日は人身取引反対世界デー】「被害に遭った女性の芯の強さを表現したい」:タイの人身取引問題を描いた少女漫画家尾崎衣良さんに聞きました

2020年7月30日

少女漫画で「人身取引」を描き、伝える—。

エンターテイメント性が高い漫画で、異色のテーマを扱った「わたしをとりまく世界の話」。今年2月、小学館の女性コミック誌「姉系プチコミック」に掲載されるやいなや、「人身取引という問題をはじめて知った」「こんなむごいことが起っているとは」と、男女を問わず多くの読者から反響を呼びました。

【画像】

タイの片田舎に住む17歳の少女シリラットが知り合いの女性から首都バンコクでの仕事を紹介してもらうシーンから物語が始まります

人身取引とは、売春や強制労働などを目的として、力や脅迫、誘拐、詐欺などの手段で、弱い立場にある人を別の国や場所に移動させたり隠したりする行為です。世界的に、その被害者の約7割が女性(成人および子ども)と言われています。

タイをはじめ東南アジア各国で人身取引被害者を保護する仕組みづくりなどに協力するJICAと小学館が協働して、タイの17歳の少女を主人公に人身取引の実態をリアルに描いたこの漫画の著者が、人気漫画家の尾崎衣良さんです。少女漫画の世界には程遠い、この「人身取引」というテーマを、どのような思いを持って漫画で表現したのか、尾崎さんにお伺いしました。

日本でも起こっている人身取引、身近な問題と感じてほしい

——途上国のさまざまな課題の中から、尾崎さんは、なぜ「人身取引」を今回の漫画のテーマに選んだのですか?

「姉系プチコミック」の読者層は20~30代女性なので、一番共感や関心を引き出しやすい題材だと思ったからです。読者のみなさんだけではなく、もちろん男性やすべての年代の方々に身近な問題として何か考えてもらえるきっかけになればと思い、この「人身取引」をテーマに選びました。

【画像】

レストランの仕事を紹介されたと思っていたシリラットですが、連れてこられたのは売春宿だったのです

私自身、「人身取引」について、世界中でそのような事例があると知識としては知っていましたが、あまりリアルに考えたことはこれまでなく、日本でもそういうことがあるんだろうなとぼんやり考える程度の認識でした。しかし、漫画を制作するために、タイで人身取引の問題に取り組んできた元JICA専門家の松野文香さんに取材した際、日本でも誰もが知っている場所で人身取引の事例があるという話を聞き、ものすごく現実として突きつけられる思いでした。

被害に遭っても前を向く女性の強さを伝える

——漫画のあらすじを組み立てるなかで、尾崎さんご自身に気づきの点などありましたか?

人身取引の被害に遭ってシェルターに保護された女性たちについて、勝手な印象ですが、皆さんとても気持ちが沈んで心を閉ざしてしまっていると思っていました。でも、たくさんの心の傷や混乱や葛藤を抱えながらも、とても明るく笑顔で過ごす方々も多いというお話を松野さんから伺い、それは強く印象に残っています。

漫画を描くにあたり、「人身取引」というとても重いテーマを扱うこの物語の着地点をどこにしようか悩んでいたのですが、こういう女性のたくましさを最後にちゃんと描きたいと思いました。

【画像】

被害者女性の前向きな気持ちを描いたラストシーン

ありのままをリアルに描く

——人身取引というテーマで漫画を描く際、どんなことに配慮されましたか?

形はあくまで少女漫画だったので、一人の身近な女性の物語としてまず成立させることが前提としてありました。被害に遭われた方の苦しさ、つらさ、思いは想像するに余りあるので、あまり感情に踏み込みすぎず起こった事象を追って描きつつ、それでもこの問題の単なる傍観者になってしまわないようバランスを取りながら描きました。

日本でも、性暴力被害に遭われた方に対して「なぜ逃げなかったのか」という問いかけをしてしまう人もいます。書くのも嫌な言葉ではありましたがそこは漫画でもあえて書きました。また、この問題を「男性」対「女性」の話にしてもいけないと思い、主人公を追い詰める存在の描写では、老若男女の偏りが出ないようにするなど、気を付けました。

他者の痛みを思いやる心を持ってほしい

——この漫画「わたしをとりまく世界の話」に込めた、尾崎さんが読者に伝えたいメッセージを教えてください。

子どもを持つ母親としての目線から、若い人たちに生きていくための知識と想像力をしっかり身につけていってほしいということを伝えたいと思いました。将来の選択肢を増やして、身を守る術を身につけて、強く生きていってほしいです。

また同時に、物事の因果関係を想像し、他者の痛みを思いやる心を持つこともものすごく重要だと感じています。被害者支援に取り組むシェルターのスタッフの方々の姿勢がまさにそうで、この他者に対する姿勢が一般的にもっと浸透するといいなと思います。

【画像】

タイの人身取引被害者を保護するシェルターでは、JICA青年海外協力隊員もスタッフとして活動しています(新型コロナの影響により、現在、隊員は日本に一時帰国中)

今回の漫画の舞台はタイでしたが、これは決して遠い外国の話ではなく、自分のこととして考えてほしくて、漫画のタイトルを「わたしをとりまく世界の話」としました。日本にいる私たちと同じように、学校に行ったり働いたり家族と普通に暮らしていた人に起きたできごとであって、決して他人事ではないと認識してもらえたらと思います。

プロフィール
尾崎衣良(おざき いら)
鹿児島県出身。2002年、第50回小学館新人コミック大賞にて、大賞を受賞し、「Betsucomi」2002年9月号にて、「王子様に目覚めのKISS」(小学館)でデビュー。現在、『プチコミック』にて「深夜のダメ恋図鑑」(小学館)を連載中。

※この「わたしをとりまく世界の話」はタイ語にも翻訳され、現地で人身取引防止に向け活用されています。

【画像】