感染症から命を守り、未来に備える——「JICA世界保健医療イニシアティブ」が果たす役割

2022年11月1日

新型コロナウイルス感染症が私たちの健康や暮らしを脅かすようになってから、はや2年半。国を超えて広がる感染症を収束させ、新たな感染症の大流行に備えるには、自国内だけでなく、特に保健医療システムが弱い開発途上国での対策が不可欠です。世界中の誰もが、感染症を予防でき、感染症に罹っても診断・治療を受けられ、そして将来、再び大流行が起きたとしても困らない備えをする。そこを目指して、JICAは、2020年7月から「JICA世界保健医療イニシアティブ」に取り組んできました。今、改めてこれまでの取り組みを振り返り、これからの協力のあり方についても考えます。

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「治療」「予防」「警戒」の3本柱で、人々の命と健康を守る

世界中で新型コロナウイルス感染症の大流行が始まった2020年前半。ワクチンも治療薬もなく、またどんなウイルスなのか、その正体もわからず世界中が大きな不安に襲われました。とりわけ、保健医療システムが弱い開発途上国では爆発的な感染拡大も危惧されました。

そのような中、JICAは開発途上国で感染予防や検査体制の強化、重症者受け入れ可能な病院の整備などの緊急支援にいち早く着手。同時に、人々の命と健康を守り、感染症に対してより強い保健医療システムを構築することを目指し、JICA世界保健医療イニシアティブを始動させました。

このイニシアティブにおける取り組みは、病院の整備や医療人材の育成で治療・診断体制を強化する「治療」、感染症の検査や研究体制を構築する「警戒」、そして、手洗いの推進や衛生環境の改善、ワクチンの普及といった「予防」の3つの柱に基づきます。

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新型コロナウイルス感染症との戦いが長引くなか、各国のニーズに合わせた取り組みも進めました。22か国で約2億人に対する医療サービスの向上のために病院を整備したほか、64か国に感染症対策に必要な資機材を提供し、予防体制の強化を図りました。

また、集中治療を必要とする重症患者が増える一方で、開発途上国では、集中治療の専門知識や技術、隔離病床の施設や設備の不足により、治療体制が追い付いていませんでした。そのため、現地の医師や看護師と日本国内の集中治療専門医を通信システムでつなぎ、11カ国でのべ2500人以上の医療関係者に遠隔で集中治療に関する研修、助言、指導を行いました。

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長年の協力関係があったからこそ、効果的な新型コロナ対策が進んだ

日本の長年の保健医療分野への協力と、このイニシアティブでの取り組みで、新型コロナウイルス感染症に対し迅速かつ継続的に対策を講じることができた国のひとつがアフリカのガーナです。

流行が始まった当初(2020年3~6月)、ガーナ国内のPCR検査の8割を担ったのが、日本の協力で1979年に設立された野口記念医学研究所(野口研)です。2018年には、同研究所に先端感染症研究センターも併設され、感染症の早期封じ込めに対する対応などを進めていました。これまでの感染症の研究や医療人材の育成へのサポートによって、新型コロナウイルス感染症発生直後の混乱期にも、即座に検査体制の整備等に着手できたのです。

「『先端感染症研究センターがなかったら、ガーナの新型コロナウイルス感染症への対応がいったいどうなっていたかわからない』という声が現地の医療関係者から聞かれます。日頃から命にかかわる感染症の流行といった健康危機への備えをしていたことが、今回の緊急時の対応に役立ちました」

当時、新型コロナ対策の最前線で現地の関係者と奮闘した元JICAガーナ事務所の小澤真紀さん(現JICA人間開発部)は、そう振り返ります。

野口研では、ガーナ国内のPCR検査体制の整備も進め、現在、検査が実施できる施設は20か所以上に増えました。西アフリカの周辺国に対しても、検査技師の育成などをサポートしており、野口研で培われたノウハウは、広く地域の健康危機に対する準備体制づくりにつながっています

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野口研の先端感染症センターでPCR検査の準備をする現地スタッフら(写真上・下いずれも)

開発途上国に対する新型コロナ対策支援実績額、日本は世界第2位

OECD加盟各国の開発途上国に対する新型コロナ対策関連支援実績額(2020~2021年)で、日本はドイツに次いで第2位の規模です。JICAは、新型コロナウイルス感染症発生直後の緊急支援をはじめ、JICA世界保健医療イニシアティブの治療・警戒・予防の3本柱のもと、開発途上国による対策を後押ししてきました。

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新型コロナ関連の支援額(新型コロナウイルス感染症に対する情報提供・コミュニケーション、教育・啓発、予防・検査、治療・ケア体制の整備、ワクチンの普及などへの支援実績)出典:https://www.oecd.org/dac/financing-sustainable-development/development-finance-standards/ODA-2021-summary.pdf

「JICAはこれまでの知見を活かし、新型コロナウイルス感染症発生直後の必要な資機材の提供といった緊急支援から、流行が長引くなか、高度医療への遠隔支援や医療人材の育成、手洗いの推進などコミュニティにおける感染症予防に向けた啓発活動など幅広い支援をしてきました。きめ細かい現地からの情報をもとに、各国のニーズにあわせたテーラーメードの支援を行っており、JICA世界保健医療イニシアティブが果たした役割は高く評価できます」

そう語るのは、JICAの国際協力専門員として30か国以上でグローバルヘルスに関するアドバイザーを務めてきた、東京女子医科大客員教授の杉下智彦さんです。長年、開発途上国での保健医療システムへの協力に従事し、JICAの保健医療分野での協力事業への技術的なサポートや国内外への発信にも携わってきました。

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オンライン取材に応える東京女子医科大客員教授の杉下智彦さん

ポストコロナを見据え、杉下さんは次のように話します。

「ウガンダの医療関係者は『新型コロナウイルス感染症における一番の挑戦は、資金と人材の不足だった』と言います。これは実は、コロナ禍前の状況と変わっていないんです。開発途上国で行き届いていない保健医療システムの脆弱性が、新型コロナウイルス感染症の大流行で露呈した形になりました。今回のような緊急時に対処するためには、平時から保健医療システムの強化を図ることが不可欠です」

命と健康を守るためには、保健医療サービスだけでなく、安全な水の確保や衛生環境の整備、住環境や栄養状態の改善など、包括的な支援が必要です。普段から当たり前のことを積み重ねていくことこそ、大流行への対応を目的にした支援よりもはるかに効果的だと杉下さんは今後に向けて指摘しています。

国内外で今、新型コロナウイルス感染症の経験を踏まえ、新たな感染症の大流行という危機に対して、グローバルに対応し、必要な備えを講じるための国際的な協力・連携体制の構築に向けての議論が活発になっています。JICAは、国内外のさまざまな関係者と連携しながら、JICA世界保健医療イニシアティブをさらに推進させ、すべての人々の命と健康を守ることができる社会づくりに貢献していきます。