大反響、3500人以上が参加した 「教育協力ウィーク」。プラットフォームで拓くポストコロナの教育協力

2022年11月15日

新型コロナウイルスの影響で、世界の多くの子どもたち・若者たちの学習機会が失われています。そんな中、より良い教育分野での国際協力について考える「教育協力ウィーク」が、9月7〜9日の3日間、オンラインで開催されました。昨年に続き2回目の開催となる今回、国内外から3500人以上が参加。盛況のうちに幕を閉じました。どのような想いでこのイベントを企画し、反響を受け止めたのでしょうか。企画・運営に携わったJICA人間開発部の3人に聞きました。

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JICA人間開発部の3人。左から高等教育・社会保障グループ長の上田大輔さん、基礎教育グループの林研吾さん、基礎教育グループ長の小林美弥子さん

世界で6.1億人が、必要最低限の学力以下。深刻化する「学習の危機」

教育協力ウィークは、JICAの呼びかけの下、教育分野の国際協力に携わる開発コンサルタント企業、NGO/NPO、大学、民間企業、JICAのプロジェクト専門家や職員の有志などが組織を超えて集まり、コロナ禍の2021年9月に初めて開催されました。背景には、世界の子どもや若者の学習機会が失われ、基礎学力を身につけないまま大人になる「学習の危機」と呼ばれる問題が、新型コロナウイルス感染症の影響の下、大きく悪化したということがあります。

「世界には、不就学児童が2.6億人、学校に通っていても必要最低限の読解力や計算力を習得できていない子どもや若者が6.1億人以上いると推計されています。低所得国の高等教育の就学率は10%を切っています。さらにコロナ禍で学びの機会が奪われ、オンライン化による学習格差も深刻化。いまの子どもたちは将来、総計21兆ドルの生涯所得を失うという試算(注1)も発表されています」。こう話すのは、JICA人間開発部・基礎教育担当次長の小林美弥子さんです。

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小林美弥子さん

教育協力ウィークを開催した背景について、「これまで以上に教育分野の協力に力を入れなければ、『質の高い教育をみんなに』というSDGsのゴール4の達成は難しいという危機感が募っていました」と語ります。

注1:The State of Global Learning Poverty: 2022 Update

より良い教育協力を実現するために、みんなが繋がる、みんなで創る

JICAには、これまでも、部署を横断して各分野・課題の事業実施に関する知識・ノウハウを恒常的に蓄積し、共有・活用する「ナレッジマネジメントネットワーク(KMN)」という体制が構築されていました。また、教育セクターでは、組織外との連携についても20年近く前から、個別に大学、NGO、コンサルタント業界などとの連携を進めてきていました。

「教育協力に関わる様々な関係者は、それぞれが豊富な経験・知見を持っています。そのような『宝』ともいえる知見を、言語化されない『暗黙知』から共有可能な『形式知』に変えて、組織を超えて共有財産として活用することが大切だと感じていました」。JICA内外関係者との連携の経験を通じて、人間開発部・高等教育担当次長の上田大輔さんはそう話します。さらに、小林さんも、「豊富な知見を持つ人たちとの繋がりは『人財』。所属先を超え、人と人としての信頼関係を形成・構築し、自由に意見交換することで、より良い教育協力に向けて、新しい知恵やアイデアを創りだせます」と語ります。

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上田大輔さん

コロナ禍で深刻化する「学習の危機」。そのような状況に対して、より良い教育協力を実現するために、所属組織を超えて、教育協力関係者のみんなが繋がり、みんなで創る。そのような場を作るために、JICAは今、①知見の共有・共創、②公共財の発信、③人材の発掘育成・活躍の場創出、④具体的連携の4つの機能を盛り込んだ「教育協力プラットフォーム」の形成を推進しています。今年の教育協力ウィークは、その土台づくりの一環として開催されました。

昨年の2倍超の3500人が参加、驚くほどの反響

昨年は教育協力の実務者や研究者を中心に開催した教育協力ウィーク。今年は、「基礎教育(注2)」関連ではジェンダーや理数科、インクルーシブ(注3)、多文化共生、ICT 、「高等教育」関連では留学生、アフリカ大学ネットワーク、産学連携、人間の安全保障などを柱にした分科会を実施。加えて、一般の人を対象にした3つのサイドイベントも開催しました。国際協力や教育協力に関心のある学生などの参加も呼び込み、参加登録者数は、昨年の2倍超となる3500人以上に。熱気あふれるイベントになりました。

「3500人という参加者の多さには、素直に驚き、感動しました。教育に関する国際協力は日本でも関心が高い分野ですが、第1回と比べてもより幅広い層に参加いただけたと感じています。前回の参加者が継続して参加し、さらに口コミで広げてくれた点も大きかった」と上田さんは振り返ります。

基礎教育と高等教育のセッション、およびサイドイベントを通して、多様な切り口でさまざまなアプローチを仕掛けることができたという今回のイベント。多くの反響が寄せられています。

基礎教育における、アフガニスタンなどの紛争影響下での教育のあり方を考えるセッションには、「ODAやNGOなど異なる立場の実践者の話を聞いて視野が広がった」「教育が紛争予防・平和構築につながるという原点を思い出した」などの声が。高等教育における「日本・アフリカ拠点大学ネットワーク構想」についてのセッションには、「アフリカとの連携は今後重要度が増すと考えているため、参考になる情報が得られた」という声があり、関心の高さを感じたといいます。

基礎教育を中心にしたサイドイベントでは、特に「日本と途上国のICTを活用した学び」に関するセッションに多くの質問やコメントがあり、ICTがホットイシューであることを再認識したといいます。「バングラディシュの現場の方など、熱意のある登壇者の方々が苦悩も赤裸々に共有してくださった。多くの学生の参加もあり、リアリティがあるセッションを実現できました」。こう話すのは、開発コンサルタンティング企業の若手メンバーとともに、半年前からイベントの企画を練り上げてきた基礎教育チームの林研吾さんです。「JICAや開発コンサルタントの若手が中心となって本イベントを実施したことは、実施側においても、教育協力関係者間のネットワーク構築や担当業務外の深い学びを得て、視野を広げる機会にも繋がりました」。

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林研吾さん

注2:基礎教育は、人々が自分の才能や能力を伸ばし、健全は社会生活を送るために必要な知識、技能を得るための教育で、就学前教育、初等・中等教育、成人識字教育や地域社会教育といったノンフォーマル教育などを指す。

注3:すべての学習者は個々に異なる教育ニーズを持っていることを認識し、その上で、障害・民族・宗教・性別等に関わらず、全ての学習者に良質な教育を保障していこうとする概念であり、これらを実現するため、多様な学習者のニーズにあわせて、教育制度、教育内容、教授法、学校環境(バリアフリー、教材、サービス・施設等)といった学習者を取り巻く教育環境を整備・変革しようとする継続的な取り組み。

より深く、より広くつながるための「教育協力プラットフォーム」

第3回以降の教育協力ウィークは、実務者間ではより深く専門的な議論を、サイドイベントではよりオープンに裾野拡大を目指します。現場の教員、途上国の担当省庁や国内研修員・留学生を巻き込んだり、国連児童基金(UNICEF)などの開発パートナーと連携したりするアイデアも。「一過性のイベントに終わらせず、継続的により深く、より広くつながることが目標」と、小林さんは力を込めます。

教育KMNの枠組みを利用しながら、より範囲や規模を拡大した実務者間のネットワーク「教育協力プラットフォーム」の構築へ。より良い途上国の支援に向けて、さらに連携を発展させていきます。

早稲田大・黒田教授が語る、ポストコロナ時代の教育協力

黒田一雄・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授

「教育協力ウィーク」のオープニングセッションでは、早稲田大学の黒田一雄教授が基調講演を務め、教育協力に関する知識を管理する「ナレッジマネジメント」の重要性と教育協力プラットフォームの意義について語りました。改めて黒田教授に、JICAの教育協力プラットフォームについて、そしてポストコロナ時代の教育協力について伺いました。

「教育協力ウィークは、この分野のプロフェッショナルが経験を共有し、協力のあり方について議論をし、新しい知見を生み出す場になっています。さらに、参加者の教育協力に関する専門性を育む場になってほしい」と黒田教授は期待を込めます。

「JICAの教育協力の特徴は、個々人が自律的に動く『ネットワーク型』の推進にあると思います。途上国の自助努力で持続可能な国際協力の枠組みを地域でつくっていこうというJICAのアプローチは、参加国間の相互理解や友好促進にも貢献し、平和の達成という伝統的な教育協力の目的にも適います」

また、JICAがエルサルバドルで実施した「初中等算数・数学指導力向上プロジェクト (ESMATE)」の教材がデジタル化され、広く中米でのコロナ禍での生徒の自宅学習を可能にした例にあげ、ポストコロナの教育協力を考える時、技術協力で開発した教育コンテンツをデジタル化し、“国際公共財(注4)”として活用することは、教育協力の新しい形態のひとつとして期待できるのではないかと言います。

「国や地域、組織の壁を超えて多様な人々が連携し、より良い教育協力を展開していくために、JICAが果たす“プラットフォーマー”としての役割は大きいと考えています」


注4:JICAの基礎教育協力の成果品である現地語の教科書・教材を、JICA Webサイト上に「公共財」として掲載しています。日本語と英語に加え、今後はネパール語やラオ語などの現地語も順次アップする予定です。

 

文部科学省が運営する、外国につながる子供の学習支援情報サイト「かすたねっと」にも上記リンクが掲載されています同サイトは、全国の教員が利用する国内最大の検索サイトです。