中南米で広がる障害者の自立生活運動:来日研修で人生を変え、国を変えた2人の女性

2022年12月2日

中南米で、障害者が必要な介助を受けながら自立した生活を送ることができる仕組みづくりが進んでいます。注目すべきは、コスタリカとボリビアで暮らす2人の障害者の取り組みです。JICAの来日研修を経て帰国後、国を動かし、障害者自立生活支援に関する法律の制定を実現させました。

障害者自身によって、障害者が地域で生活をするために必要な制度や社会の意識を新しくつくりかえることを自立生活運動といいます。12月3日は、障害者の社会参加を促進するために国連が定めた「国際障害者デー」。2人の活動に焦点を当てながら、中南米での自立生活運動の広がりやJICAの障害と開発に向けた取り組みについて考えます。

【画像】

コスタリカの障害者自立生活センター「モルフォ」での一コマ。左は代表のウェンディ・バランテスさん

「自立」の観念が覆された、日本での経験

「自分は自立した人間だと思っていました。でも、日本に来て研修を受けて、その考えが根底から覆されました」

そう語るのは、コスタリカの障害者自立生活センター「モルフォ」の代表を務めるウェンディ・バランテスさんです。2歳半の時に筋ジストロフィーを発症し、ほどなくして車椅子での生活が始まりました。2009年、35歳のときに来日し、JICAがメインストリーム協会(兵庫県西宮市)と実施した課題別研修で、「自立生活」を学ぶ1か月半の研修に参加。同協会は、障害者自身が運営する障害者のための自立生活センターです。それまで主に家族から介助を受け、家族と一緒に暮らしていたウェンディさんにとって、この研修での経験は全く新しいものでした。

「日本では、私よりも重い障害のある人たちが、自分の要望を伝えて、必要な介助を受け、ひとりで暮らしていました。その姿を見て、自分自身の自立に対する考え方が変わったのです。母国コスタリカでも、障害者が日本で体験したような生活ができるようにしたい、と強く思ったことが、今の私の原動力です」

【画像】

コスタリカの障害者自立生活センター「モルフォ」の代表を務めるウェンディ・バランテスさん。オンラインで自身の経験や想い、現在の活動について語ってくれた

【画像】

日本で研修を受けていた頃のウェンディさん。多くの学びを得て帰国した

帰国後、ウェンディさんは早速動き出します。2011年、障害者自らが運営する障害者自立生活センター「モルフォ」を設立。そして、自立生活の実現に向けて法的な枠組みが必要と、障害者への介助者派遣の制度化を定める「障害者自立推進法(自立法)」の制定に向けた取り組みを始めました。この法律は、それまで法的な能力がないとみなされ、財産を取得する際の契約の主体になることを禁じられていた精神障害や知的障害のある人々も、後見人なしに障害のない人々と同じように財産を持つことができるといった法の下での平等も目指されています。この法の成立に向けた様々な活動を続け、ついに2016年、「自立法」が成立。中南米初となる障害者への介助派遣サービスの実現を勝ち取ったのです。

現在モルフォは、介助者の養成研修や介助派遣サービスの審査などを手がけ、「自立法」の運用部分を担う活動も行っています。

【画像】

コスタリカの障害者自立生活センター「モルフォ」で活動するウェンディさん(右)

コスタリカがまいた自立の種が、中南米各国で実を結ぶ

今年8月、コスタリカでの先進的な動きを学ぼうと、パラグアイの障害者リーダー8人が、モルフォでの10日間の研修に参加しました。パラグアイの参加者は、コスタリカで自立生活を実現している障害者と接し、自立生活の意義や自立生活センターの役割について理解を深めるとともに、公共交通機関の利用や観光地の訪問を通して、障害の有無に関わらず全ての人が暮らしやすい共生社会を実現することの重要性も体感しました。

「これまでも他の中南米諸国向けにコスタリカの経験を伝えるオンラインでのセミナーは実施していましたが、初めての対面研修は実りが多いものでした。介助を実際に体験してもらうことで障害者の自立生活における介助者の重要性を認識してもらい、どのように自立生活を実現する制度を確立していくかという多くの対話も実施できました」と、ウェンディさんは振り返ります。パラグアイでの「自立法」成立に向けても、今後の彼らの活動をフォローアップしていきたいと語ります。

【画像】

パラグアイの障害者リーダーたちがモルフォを訪れたときの様子。(写真左上から時計回りに)両国の障害者たちが参加した対話の場/対話の場で、パラグアイの参加者たちはコスタリカの自立法制定までの道筋に興味を持ち、熱心に質問をした/介助を体験することで、介助の重要性について学んだ/介助を受けながら公共交通機関も利用した

「コスタリカでまいた『自立生活』の種が実を結び、中南米各国で広がっていることを誇りに思います。現在、各国の実情に合わせた法案作りをそれぞれが進めている段階で、これが実現すれば、ラテンアメリカで推定約8,300万人の障害者が恩恵を受けることになります。強い意志さえあれば、やり遂げられます。各国の障害者たちと手を結び、これからも現実を、そして世界を変えるために取り組んでいきます」。ウェンディさんは、そう先を見据えます。

人は変わる、社会も変わる。それをボリビアで実践したい

ウェンディさんがまいた種が、大きく実を結んだ一例が、ボリビアです。ボリビア自立ネットワーク「レヴィボ」の理事長を務めるフェリザ・アリ・ラモさんも、自らの活動で国を動かしたひとりです。2011年にJICAがメインストリーム協会と実施した課題別研修に参加。帰国後、ボリビア各県に障害者協会を設置し、これまでにボリビア各地で、「自立法」の制定を呼びかける5回の全国大会を開催しています。この12月には、「自立法」法案が国会へ提出される予定です。

【画像】

オンラインでの取材に応じるボリビア自立ネットワーク「レヴィボ」の理事長を務めるフェリザ・アリ・ラモさん

【画像】

全国自立支援大会で、「自立生活支援法」の制定について訴えるフェリザさん(左)

「コスタリカのウェンディさんのパワフルな活動から、大きな影響を受けています。障害者自立生活センターの運営方法などに学ぶことも多く、同じラテンアメリカで日々奮闘している姿にとても励まされます」と言うフェリザさん。27歳の時に交通事故にあい、以降車椅子生活を送っています。「一時は自分自身の障害を認められず、国や政府が、『被害者』である自分たち障害者を助けるべきだと思っていました」と語ります。

そんなフェリザさんが変わったきっかけは、ウェンディさん同様、JICAがメインストリーム協会と実施した課題別研修でした。重度の障害がありながら必要な介助を受けて一人で生活する障害者たちを目の当たりにし、フェリザさんも自身も、一人の人間であることを再認識したといいます。「自分たちがイニシアティブを持ってアクションを起こしていけば、社会は変わる。それをボリビアで実践するんだ、という強い意志を持って帰国しました」。フェリザさんはそう振り返ります。

今後は、現在、国内に2か所ある障害者自立生活センターを、ボリビア各県に広げて設置することを目指します。各センターが財政的に独立して介助サービスなどを提供するためには、公的支援や幅広いパートナーとの連携を必要とします。まだ課題はありますが、フェリザさんは前を向いています。

「以前は、ボリビアでは私一人で障害者の自立生活の実現に向け、叫んでいました。でも、今では多くの人が声を上げています。人って変われるんです。JICAとメインストリーム協会の研修を受けて、障害をもったことに感謝さえするようになりました。情熱をもってこの活動に取り組むことができ、今、とても幸せです」

【画像】

ボリビアの障害者自立生活センターで、職員に向けて話をするフェリザさん

幾重にも広がる、帰国研修員の学び合いの輪

中南米で、障害者の自立生活を実現するための取り組みが広がる背景のひとつに、ウェンディさんやフェリザさんも参加した、JICAが実施する課題別研修があります。研修を受けて母国に帰国した研修員たちの強い想いとつながりにより、2020年にラテンアメリカ自立生活ネットワーク(RELAVIN)が結成されました。このネットワークに所属する各国の元研修員は、中南米各国で介助者制度が公的財源により運営されることを目指し、障害者の自立生活に関する法律の制定に取り組んでいます。

また、帰国した研修員たちを長年にわたって支え、中南米各国での障害者の自立生活に向けた取り組みをサポートするメインストリーム協会の存在も欠かせません。

現在、コスタリカやボリビアでは障害者の自立生活センターができ、コスタリカでは公的な支援も得られるようになりました。しかし、今後、障害者が実際に地域で自立生活を実践できるようにするためには、国を変えるほどの力があるリーダーだけでなく、中南米それぞれの地域社会で草の根レベルの障害者リーダーを育成する必要があります。

今回、ウェンディさんがパラグアイの障害者を受け入れて、自立生活の実現に向けた研修を行ったように、かつての研修の受け手が研修を実施する立場となり、リーダーを育てていく——。今後も、そんな障害者同士の学び合いの輪が幾重にも広がっていくことが望まれます。障害者自らが、地域社会の一員として力強く生きていける社会を築くことにつながっていくはずです。