「イノベーションと国の成長は若い世代の手の中に」:タンザニアの未来を担う学生に、日本の近代化を学ぶ「JICAチェア」を実施

2023年3月6日

タンザニア最大の総合大学、国立ダルエスサラーム大学。学生たちが熱心に耳を傾ける先には、壇上で講義する総合研究大学院大学学長の長谷川眞理子さんの姿がありました。この2月、JICAは同地で、日本の近代化への歩みを途上国に共有する講義プログラム「JICAチェア」を開催。講師として参加した長谷川さんが、日本が試行錯誤を繰り返しながら歩んだ道のりとそこから得た知見について話しました。将来の国づくりを担うタンザニアの若者らがこの講義から得たものとは。そして日本がタンザニアから学ぶべきこととは。講義の様子とJICAチェアの意義に迫ります。

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日本の科学技術発展の歩みを講義、のべ600人が参加

「新しい時代の持続可能な社会をつくっていくのは、若いみなさんです。好奇心と柔軟な思考、オープンな議論と想像力、そして新しい社会をつくろうという強い意志を持つことです。きっとあなたたちならできるはずです」。長谷川さんは聴講するタンザニアの若者らに呼びかけます。

講義の会場となったダルエスサラーム大学は、タンザニアや隣国ウガンダの大統領を輩出した、由緒ある大学です。2日間にわたって開催された講義プログラムには、学生に加え、大学や政府の関係者、民間企業など、オンラインと合わせてのべ600人以上が参加しました。長谷川さんは、日本のIT企業も交えた1日目のパネルディスカッションに続き、2日目にも登壇。「国の成長を支える科学技術」をテーマに講義を行いました。

「そもそも、科学とはいったい何でしょうか」。講義の冒頭、長谷川さんは学生たちに問いかけます。「科学とは、物事がなぜそうなるのか知りたいという好奇心に基づく活動です。そして科学の進歩とは、研究の成果を広く公開してみんなで議論することで、新しい発見や仮説が提唱され、既存の考え方が修正されていくことです」。

その上で、今日の科学の基礎を築いた西洋社会と密接な関係を持たず、鎖国までしていた島国の日本が、西洋の科学技術をどう受け入れ、発展させることができたのか。江戸時代からの日本の歴史をひもとき、科学技術立国として成長してきた道のりを話しました。

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(上)JICAチェアで講義する総合研究大学院大学学長の長谷川眞理子さん(下)学生たちは熱心に講義に聞き入っていた

先進国に倣う時代は終わった。これからは若者が可能性を見つけていく

「科学技術の発展はさまざまな問題を解決していきました。しかし、文明の根本的な問題である過剰生産、過剰消費は解決されませんでした。日本をはじめとする先進国の発展をお手本にするのはもう時代遅れです。先進国、発展途上国と呼び分ける時代は終わった」。長谷川さんは、そう言葉をつなぎます。
人類の進化の歴史を1万2千年前に農業と牧畜を始めた時代から見ても、1950年以降の70年ほどで劇的な変化が起こっていると言います。世界人口、エネルギー消費、GDPが急激に増加し、地球温暖化や食料不足といった課題も山積。
「もはや自然を搾取し、物質的な豊かさの追求を続けることはできないことは明らかです。世界中で持続可能な社会を目指さなければならないものの、誰もが手探り。私たちは皆、新しい道を探そうと躍起になっている発展途上国にいるのです」

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インターネットの発達により、人やモノがどこでもつながることができる新しい時代となった今、必要なのは新しいアイデアと新しいシステム、新しい状況に対応するための柔軟性だと話す長谷川さん。「イノベーションと国の成長の未来は、変化する世界の中で成長している若い世代の手の中にあります」とタンザニアの学生たちを鼓舞しました。

自分からイノベーションを始められる/議論することの重要性を学んだ

「今回の講義を通して、自分自身がイノベーションのリソースとなり、自分からイノベーションを始められるということ、そして、自分次第で何でもできるということを学びました」(ウィンフリーダ・ミシェルさん)
「諸外国と連携することが国家の発展において重要であることを学びました。その重要性を、他の若者たちにも共有していきたいです」(ケビン・マロさん)
講義後に寄せられた感想から、講義が学生たちの心に響いた様子が伝わります。

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講義の感想を語ってくれた学生たち、(左)ウィンフリーダ・ミシェルさん(右)ケビン・マロさん

大学の教員らにも、さまざまな気付きがあったようです。
「イノベーションやテクノロジーを学ぶ意志を持つことの大切さ、そして、こうしたフォーラムや講義に参加することで、世界で何が起きているかを学び、議論することの重要性を、学生たちが学んでくれたと思います」。哲学と宗教学を教える講師のフィルベート・ジェセフ・コムさんは、講義が学生たちに与える効果をそう話します。
他方で、「科学技術がどのようにタンザニア社会の社会的・経済的展望を変え、社会から取り残された人々が直面している難題に取り組むことができるのか」など、これから取り組むべき課題も提示されました。

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(左)ダルエスサラーム大学講師のフィルベート・ジェセフ・コムさん(右)講義の会場となった大学の講堂。ダルエスサラーム大学はタンザニアの大学ランキングのトップレベルに位置づけられる大学だ

タンザニアと日本の学生たちの交流に期待

進化生物学が専門の長谷川さんは、約40年前、野生チンパンジーの研究のため、2年間タンザニア奥地に暮らした経験があり、今回の再訪問を心待ちにしていたと語ります。変わっていくタンザニアの国の姿や若者たちの熱量に大きな可能性を感じている一方、案じたのは、リスクを恐れ、内向きになりがちな日本の学生のこと。ハングリー精神をもって成長したいというパワーあふれるタンザニアの学生たちとの交流は、日本の学生たちへの大きな刺激になるのではと、JICAチェアの新たな役割にも期待します。

このJICAチェアは、日本の修士・博士課程に在籍する開発途上国の留学生に日本の近代化の歩みを伝える「JICA開発大学院連携プログラム」を海外展開する形で2020年度から始まり、これまで66か国で行われました(2023年2月時点)。途上国のトップレベルの大学への講師の派遣、日本の開発経験に関する短期集中講座の実施や日本研究講座の設置を今後も進めていきます。