帰国後も社会にインパクトを。多分野で光るJICA海外協力隊経験の社会還元

2023.05.19

開発途上国でさまざまな課題解決にあたるJICAの海外協力隊。これまでの58年間に渡る活動で、5万5379人(2023年3月時点)の協力隊員が世界99か国に派遣されてきました。
そして、2年間の任期後も、協力隊経験で培った課題解決能力、異文化コミュニケーション力といったスキルは、起業や地域社会活動などの分野で発揮されています。そうした協力隊員の「帰国後」に注目し、社会還元につながる活動事例を幅広く紹介・発信するため、JICAは、第1回「帰国隊員社会還元表彰」(*1)を実施し、この4月に受賞者を発表しました。107件の応募の中から「大賞」を受賞した徳島泰さん、「地域活性化賞」受賞の奧結香さんの活動を紹介します。

画像

不平等への怒りが生んだ、革新的な3Dプリント義足

満場一致で「大賞」に選ばれたのは、スタートアップ企業「インスタリム」CEOの徳島泰さん。同社では3Dプリント技術を使い、低価格・短納期で開発途上国の人々に義足を提供しています。価格は従来の約10分の1の約4万円、納期は最短で24時間ほど。イノベーションの独自性と、社会に与えるインパクトの大きさが高く評価されての受賞でした。

「途上国には、栄養状態の偏りなどから糖尿病を罹患し、血管障害などで足を切断せざるを得ない人々がたくさんいます。切断後に義足が購入できないと仕事ができず、家族も養えず、絶望から自死を選ぶ人もいます。『途上国に生まれ、粗食に耐えていたら糖尿病に罹患し、しかも適切なケアを受けられない、社会復帰を果たせないというのは、おかしい』というアンフェアネスに対する怒りが、インスタリムの事業を進める動機となっています」

画像

徳島泰(とくしま・ゆたか)さん:インスタリム株式会社CEO。CADソフトと3Dプリンタ、AI技術を用いて製作した「3Dプリント義足」を、主に途上国向けに販売。青年海外協力隊として2012〜2014年にフィリピンに赴任

フィリピンで、デジタル技術によるものづくりを推進

3度の大学(大学院)進学、2度の起業という経歴を持つ徳島さん。2012年、34歳のときに協力隊に参加し、フィリピンに派遣されます。同国では貿易産業省に所属し、地域の中小企業に対して、「ヤシの葉を編んだバッグのパッケージデザインから、幼稚園の建設まで」、あらゆるデザイン支援を行いました。

現地にはまともに学校に通った経験がなく図面が読めない人が多くいましたが、スマホなどのデジタルデバイスを持つ人は多くいました。そこで徳島さんは、途上国だからこそアナログなものづくりではなくデジタルファブリケーション(*2)が最適と考え、JICAの協力のもと、フィリピン初のファブラボ(*3)を立ち上げます。アジア初のファブラボ会議も開催し、徳島さんの一連の活動は2014年にグッドデザイン賞を受賞しました。

当時、フィリピン政府や現地企業がラボの視察に訪れる中、「義足をつくれないか」と何度となく聞かれたといいます。潜在的なニーズを感じ、派遣期間中に義足の試作1号を製作。帰国後は慶應大学大学院に進学し、JICA専門家としてODA事業に従事しながら、義足の製作に必要なソフトウェアの開発も進めます。そして2018年に、インスタリムを設立しました。

「協力隊員の活動で一番鍛えられたのは、プロジェクトマネジメント力です。それまではエンジニア、デザイナーとして1人で何かをつくることが得意でしたが、自分がトップとなり周囲を巻き込みながら大きなプロジェクトを遂行するのはこの時が初めてでした」

画像

協力隊時代のフィリピンで、義足の試作制作に取り組んだ

自分しか解決できない社会課題という自負

 現在はインスタリムのCEOだが「CEOとはchief everything officerの略」(*4)だと笑う。「要するに率先して何でもやる、究極の雑用係です。周囲に教えや助けを請いながら、謙虚な気持ちで活動する姿勢は協力隊員にも通じます」。

 3Dプリントによる義足の製作はAIの機械学習により、サンプルが増えるほど最適な形状を出力できるようになり、品質が高くなる。またデジタルでマニュアルをつくることにより、専門的な教育を受けた人でなくとも義足の製作が可能になる。現地でデザインから製作まで行ったり、デザインは日本、製作は現地で行ったりなど、各国の状況に合わせることもできます。現在、事業を展開しているフィリピン、インドだけではなく、ウクライナ、エジプトなどにも技術を伝え、義足を必要とする人々を支援していく予定です。

「やっと義足を手に入れて喜んでいる本人、『これでまた働けるね』と涙を流している家族の人を見るたびに、インスタリムの事業を絶対に継続すると心に誓っています。自分にしか解決できない社会課題に出会えたことを誇りに思っています」

インスタリムは2023年4月、ウクライナ紛争によって脚を切断した市民に100本の義足を提供するプロジェクトを立ち上げ、事業費を募集するクラウドファンディングを実施中です(同年6月19日まで)。

画像

フィリピンにて、インスタリムの義足を装着した男性と徳島さん

誰一人、ひとりぼっちをつくらない社会に向けて

「地域活性化賞」を受賞したのは、奧結香さん。奥さんは大分県竹田市で18年に「みんなのいえカラフル」を立ち上げました。カラフルは0歳から103歳まで、障害がある人も健常者も、誰もが集える地域の交流スペース。これまでにのべ1万人が来所しており、「学校や行政、地域とつながり、巻き込みながら運営しているスタイルが協力隊員らしい」と評価されての受賞となりました。

「今の日本では高齢者は高齢者施設、障害者は障害者施設、子どもは学校や学童、と集う場が分かれがち。そうではなく、誰もがひとりの人間として集える、ひとりぼっちにならない居場所をつくりたいんです」

画像

奥結香(おく・ゆいか)さん:NPO法人Teto Company理事長。大分県竹田市で地域交流スペース「みんなのいえカラフル」などを運営。青年海外協力隊として2014~2016年にマレーシアに赴任

奥さんは20歳のときに介護福祉士となり、心身に重度の障害を持つ人のケアに関わりました。次いで特別支援学校の教員としても働く中で、「なぜ、障害者への差別や偏見が起こるのか」「今の福祉のあり方を変えるにはどうしたらいいのか」と疑問を抱いたといいます。とにかく10年間はさまざまな現場で経験を積むことを目標とし、協力隊員にも応募。2014年から障害児・障害者の支援隊員としてマレーシアに派遣されました。

協力隊時代に学んだ謙虚な姿勢で、地域とともに

ただ、現地でも障害児・障害者への偏見は根強かったと言います。彼らの境遇に悔しさを感じ、「自分ができることは何か」を必死に考え、教材づくりや特別支援教育に関する情報共有、フォーラム開催などに奮闘。このときの経験は「2年間という限られた時間で、言葉も通じない中でこれだけ頑張れたんだから、日本に帰ったら何でもできる」と大きな自信につながりました。

画像

マレーシアでは、作業療法士や保護者、教員たちが子どもの情報を共有できるようにこどもの生育をまとめたサポートブックの作成や、勉強会の実施、フォーラムの開催などに尽力した。フォーラムの開催にかかる資金についてマレーシア政府関係者に直談判したことも

帰国後は竹田市の地域おこし協力隊となり、カラフルを立ち上げました。しかし、奥さん自身は「『私が地域を活性化します』なんて言うのは、おこがましい」と言います。「私は竹田市在住0歳として、以前から地域に住んでいる方々に受け入れてもらう立場でした。今もみなさんがカラフルでくつろいでくれたらうれしい、そんなみなさんを見て私もうれしい、という気持ちです」。その謙虚な姿勢は、協力隊時代、現地の人々に受け入れてもらう中で学んだと話します。

今年4月、奥さんは同市内に新たな交流拠点「ハルタス」を開所。今後はカラフルやハルタスのような包括的な居場所づくりのノウハウを伝えていきたいと考えています。「ひとりぼっちのいない地域社会をつくるというビジョンを実現するには、居場所がたくさん必要。助成金の給付など法律的に難しい部分もありますが、もっと全国にカラフルやハルタスのような居場所が増えてほしいです」。

画像

ハルタスでの食事風景。子どもやお年寄り、障害者や健常者の垣根なく、みんなが食事を楽しむ。右端が奥さん

協力隊の経験は、日本や世界の社会課題を解決する力に

途上国の課題解決という任務を担う、JICA海外協力隊。そこで培われる、自ら課題を見つけ、周りの人々と協力しながらそれを解決していく力は、任期後も、日本、そして世界の社会課題を解決する力として生かされています。

徳島さんや奥さんをはじめとする多くの帰国隊員が、2年間という派遣期間が終わっても協力隊員としての経験を生かし、国際社会の一員として社会課題の解決に向けた活動を継続しています。協力隊といえば途上国での活動に注目が集まりがちですが、任期後の活動には、彼らの力や想いが一層表れているとも言えます。

JICAは、帰国した隊員の意欲を側面的に支援するため、進路相談や職業紹介を実施。帰国隊員の経験や能力を社会還元する取り組みを支援しています。
JICA海外協力隊の途上国での活動とともに、彼らの帰国後の活動にも注目です。

画像

2023年5月13日に都内で帰国隊員社会還元表彰式が開催された。徳島さんと奥さんのほか、「アントレプレナーシップ賞」「国際協力キャリア賞」「SDGs実践賞」「多文化共生賞」「現職参加発展賞」などの受賞者が参加、受賞の喜びに加え自身の活動への熱い想いも語った(写真は徳島さんの受賞報告の様子)

徳島さん、奥さんのほか、受賞者8名からの報告はこちらでご覧頂けます。

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
一覧ページへ