なぜスーダンで武力衝突が起きたのか。JICA現地事務所の坂根所長が語る、スーダン情勢とJICAの取り組み

2023.05.22

4月15日にアフリカ北東のスーダンで発生した国軍SAF(Sudanese Armed Forces)と準軍事組織RSF(Rapid Support Forces、即応支援部隊)による激しい武力衝突から約1カ月。民政移管を進めていたはずのスーダンで、なぜ衝突が起きたのか、現地の状況はどうなっているのか、JICAによる支援などについて、先月末に帰国したスーダン事務所所長の坂根宏治さんに聞きました。

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日本人は無事帰国、それで終わりではない

4月末、首都ハルツームやダルフール地方を中心に各地で激しい戦闘が続く中、JICAスーダン事務所の日本人職員9名が現地を離れ、帰国しました。しかし坂根所長は「日本人の退避で終わりではありません。開発協力機関として今後何をするのかが正念場」と沈痛な面持ちで語ります。

OCHA(国際連合人道問題調整事務所)によれば、5月15日時点で国内外に退避を強いられた人は93万人以上。ハルツームでは食料・水・燃料の不足に加え、通信の障害、銀行システムや医療施設の機能不全も生じており、多くの市民が危険に晒されています。

「現地には我々と共に活動してきたスーダン人スタッフもまだ残っています。彼らの安全を何とか確保するため、そして取り残されているスーダンの人々のため、今できることに全力を注ぎたい」という坂根さん。現在はスーダン人スタッフに対し、日本からSNSなどを使って戦況や周辺の治安情報を日々提供し続けているほか、隣国エジプトに早期に出国できるよう努力していると言います。

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軍事衝突前のハルツーム市内の様子

正規軍と民兵組織の対立で、民主化が暗礁に

今回の衝突の端緒として坂根所長が指摘したのが、2019年に崩壊したバシール政権です。1989年から30年に渡り独裁政権を敷いたバシール大統領は、民主化を求める民衆デモを受け失脚します。しかし同大統領の庇護下で急速に勢力を拡大させたのが、ダルフール紛争で虐殺行為を行った民兵組織「ジャンジャウィード」、現在のRSFでした。

バシール政権の崩壊後は暫定民主化移行政権が発足し、2022年12月には暫定政権の形成に向けた枠組合意が成立。ようやく民主化プロセスが最終段階を迎えたと思われた矢先、懸案だった正規軍SAFと準軍事組織RSFの統合問題を巡って両者が対立したことが、今回の武力衝突の要因だとされています。

収束の見通しが立たない中、「民主化への道は遠のいたと言わざるを得ません」と悔しさをにじませる坂根さん。「ただ我々は、軍や政治家ではなく、なんとか国を復興しようと汗をかいてきたスーダンの人たちを支援し続けていきたいのです」。

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5月12日に開かれた記者向け勉強会で、現在の情勢や衝突の背景を解説する坂根所長

国を支える行政官の育成を目指して

1956年の独立以降も、民衆蜂起と軍のクーデターによる武力支配が繰り返されてきたスーダン。長年の紛争で荒廃した生活インフラを立て直すため、JICAは保健医療、水・衛生、農業、環境(廃棄物処理)の分野を中心に、「国民により良いサービスを行う行政機関や行政官の育成」を目指して支援を続けてきました。

その一つが国民健康保険制度の強化です。スーダンでは長期内戦により、十分な保健医療が提供されておらず、乳児・妊産婦の死亡率が高い状況にあります。JICAはすべての人が適切な保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態を目指して「国民健康保険制度強化プロジェクト」を立ち上げ、母子保健病棟の整備や、妊産婦のケアを拡大してきました。

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(左)助産師研修で分娩介助の実習をする村落助産師たち (右)国民健康保険制度強化プロジェクトでは、スーダン政府職員とともに制度改革に取り組んできた

基幹産業である農業においては、ナイル川流域の灌漑、農民の営農支援に注力。稲作の強化や、乾燥・高温に強いコムギの品種開発なども進めています。また、スーダンで人気の日本マンガ『キャプテン翼』のキャラクターを描いたごみ収集車が、日本式の「定時定点回収」でごみを収集する「スーダンのきれいな街プロジェクト」などを実施。人々の生活の質の向上に貢献してきました。

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(左)半乾燥地域のリバーナイル州で行った灌漑事業により落花生を収穫 (右)気象観測装置を設置し、コムギ栽培に対する気候変動の影響を予測する様子

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「キャプテン翼」のステッカーが張られた収集車でのごみ収集活動

今後もスーダンへの関心と支援を

スーダンは周辺国7カ国と陸続きになっており、紅海の対岸にはサウジアラビアのメッカがあります。古来多様な人々が往来し、ナイルの豊かな恵みを受けてきた国でもありました。「スーダン人は、今でも街中の各所に、行き交う人々が自由に利用できる水がめが用意されているなど、大変思いやりの心にあふれた人々です」と語る坂根さん。

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スーダン東部で支援してきた女性農民グループと交流する坂根所長(前列左)と職員

「しかし、長期の内戦による経済停滞から失業率が高く、若者の7割は『3年以内に出国を希望している』ともいわれています。おりしも日本の広島でG7サミットが開かれますが、武力による統治を止められない国際社会の在り方についても議論が進むことを願っています。自国が安泰ならそれでよしという時代ではありません。日本の将来のためにもスーダンの発展支援を続けていきたいと考えています」(坂根さん)

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