4つの実践方針と4つの重要なアプローチ

基本方針

人々を中心に据え、人々に確実に届く援助を実践する

4つの実践方針

「恐怖」と「欠乏」からの自由に包括的に取り組む

人々は、紛争、テロ、犯罪、災害、環境破壊、感染症の蔓延、経済危機などの「恐怖」や、貧困、栄養失調、教育・保健医療など社会サービスの欠如、基礎インフラのみ整備などの「欠乏」という多様な脅威にさらされています。

これらの脅威には、「欠乏」が「恐怖」を誘発したり拡大させたりする素地となり、また「恐怖」が「欠乏」をさらに拡大するというような緊密な相関関係があります。「人間の安全保障」を踏まえた協力では、「恐怖」と「欠乏」の双方を視野にいれ、人々が直面している課題に対して包括的に対処していく必要があります。

社会的に弱い人々への裨益を強く意識する

JICAは、社会的に弱い立場にある人々、生命、生活、尊厳が危機にさらされている人々、或いはその可能性が高い人々に焦点をあて、すべての協力の恩恵が確実に社会的に弱い人々にも届くよう、きめの細かい協力を行います。社会的に弱い人々には、貧困層、障害者、先住民、少数民族、高齢者、女性、子ども、難民、帰還民、遠隔地に住む人々など多様な人々が考えられます。また協力の恩恵が、従来の開発や発展から取り残されてきた人々に確実に届くことにより、地球社会の安定にも繋がると考えています。

「保護」と「能力強化」の実現を目指す

JICAは、中央・地方政府と地域社会・人々双方の能力を高め、双方の望ましい関係を構築することを目指します。

私たちは、開発途上国の政府が人々を持続的に脅威から「保護」する能力を強化する支援を数多く実施してきました。中央政府の調整機能や政策の充実、地方政府の人材育成や行政能力の向上などを通じ、行政が人々を脅威から「保護」し、人々のニーズに的確に応える行政サービスが提供できるよう支援しています。一方、地域社会の能力強化に対しては、必ずしも大きな展開で実施している事例はあまり多くありませんでした。しかし、行政機関の能力が極めて限定的な状況にあるケースにおいては、行政による保護能力の強化ということだけを前提にするのではなく、より柔軟に地域社会や人々の能力強化を広く展開する支援を検討することも必要です。JICAは、人々を援助の対象としてのみならず、将来の開発の担い手と捉え、自ら問題を解決し自立して生活を改善していけるよう、地域社会や人々の「能力強化」に対しても支援を行っています。また、人々が自らのために行動する能力を強化することは、地域社会や人々が政府や行政への働きかけを行う力を養うことにも繋がると考えています。

グローバル・リスクや国境を越える課題に対処する

人々を取り巻く課題には、感染症や国際犯罪のような国境を越えて拡大する脅威、気候変動やエネルギー問題のような地球的規模の問題など、一か国だけでは対応できない脅威があります。そして、このような脅威の影響を強く受けるのは、脆弱な地域であり、社会的に弱い人々です。これらの脅威により社会の脆弱性が加速し、貧困状態にある人々はさらなる困窮化に陥り、潜在していた数々の問題を活発化し状況が一層悪化してしまうリスク(ダウンサイドリスク)を抱えています。

グローバル・リスクの例 JICAの協力分野の例
国境を越える脅威 国際犯罪 海上保安、税関リスク削減、薬物対策、人身取引対策など
人・動物の移動に伴う感染症の拡大 HIV/エイズ、鳥インフルエンザ、SARS対策など
金融・経済危機 金融システムの強化・安定など
地球的規模の問題 地球環境問題 クリーン開発メカニズム関連機関の能力強化、観測体制強化、自然環境保全など
人口、食糧、エネルギー問題 食糧安全保障(食糧増産、食物多様化など)
省エネルギー・再生可能エネルギーなど
災害 災害への緊急支援、防災など
気温上昇による感染症の拡大 マラリア対策など

4つの重要なアプローチ

(1)マルチセクター・アプローチ

人々の暮らしの安全という視点で人々の課題を見直してみると、多くの課題が密接に絡み合っていることが見えてきます。セクター縦割りの対処では、その複雑な課題群には対処できないことが多くあります。人々の抱える問題を中心に据え、その問題の解決のためにさまざまな専門的知見を組み合わせて分野横断的に取り組むためには、セクターの中でさまざまな協力形態を組み合わせたり、セクターを越えて包括的に開発課題に取り組んだりすることが求められます。

(2)トップダウンとボトムアップ

行政が人々を脅威から「保護」できる能力を獲得するためには、中央政府の調整機能や政策の充実、地方政府の人材育成や行政能力の向上が必要となります。またJICAの支援によりもたらされた成果が一時的かつ限定的なものにならないよう、その成果を他の地域に普及し、制度化していくためには、政府の能力強化が不可欠です。一方、行政に期待できる役割は、国によって異なります。協力事業終了後、協力の成果の自立的発展をカウンターパートであった行政機関に期待していたが、想定どおりにはいかず、成果が持続しなかったことをJICAも多く経験してきました。よって今後、紛争終結国などの政府の体制が脆弱な国への支援が増大する可能性を踏まえると、地域社会や人々が自ら問題を解決し、生活を改善していける能力を身に着け、目の前のリスクを回避する能力を強化するため、直接コミュニティーや地域の人々にアプローチする取り組みを広く展開することが重要です。私たちは、このような政府レベルと地域社会・人々レベル双方への支援が相まって、初めて人々に確実に届く援助が可能になると共に、協力の成果を持続的なものにできると考えています。

(3)多様なアクターとの連携

人間の安全保障は、「人間中心」の見地から、人々が直面する困難な状況や脅威に対応しようと皆が努力することによってその実現に近づくものです。また人々をさまざまな脅威から守るためには、前述してきたようにマルチセクトラルなアプローチやトップダウンとボトムアップを組み合わせるアプローチなど、よりきめ細やかかつ総合的な取り組みが必要です。このため国際機関、政府・政府関係機関、地域機関、企業、外部コンサルタント、NGO、住民組織など、開発途上国におけるさまざまなアクターが結びつき、全体としてインパクトのある事業展開を目指しています。

(4)リスク・マネジメント (ダウンサイドリスクへの対応)

開発途上国の現実の世界では、紛争、経済ショック、自然災害などさまざまな外的ショックが起こり、人々や国々の置かれている状況がさらに悪化する可能性(ダウンサイドリスク)があります。開発途上国において協力事業を実施して成果などを積み上げてきても、ひとたび大きな危機(紛争・災害・広域におよぶ感染症など)が発生すれば、それまで積み上げてきた成果が吹き飛んでしまうことがあります。人間の安全保障では、突如として襲いくる脅威や状況が悪化する危険性、右下がりのプロセスにどう対処するか考えていかなくてはなりません。例えば、毎年サイクロンに見舞われる国における支援であれば、農業開発に防災視点を加えるなど、ダウンサイドの下げ幅を減らす工夫や配慮を協力事業の中に組み込むことが必要です。

JICAにおける「人間の安全保障」の実践の枠組み

【図表】JICAにおける「人間の安全保障」の実践の枠組み

※1 JICAでは、2005年のODA中期政策で「人間の安全保障」が反映されたことを踏まえ、「JICA改革プラン第一弾」で、改革の3つの柱のひとつに「人間の安全保障」を掲げました。そして、「人間の安全保障」の実践を進めるため、次の7つの視点を導入しました。