所長あいさつ

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JICA東ティモール事務所スタッフと(後列左から4人目が筆者)

光あふるる紺碧の海と山々の稜線に切り取られた済みわたる空に包まれた東ティモールは、人口約120万人、面積15,000平方キロ(人口、面積ともに岩手県とほぼ同じ)の、自然豊かな国です。

ポルトガルによる植民地統治の終焉から、インドネシアによる実効支配の時代を経て、東ティモールが独立国としての歩みを始めたのは2002年5月のことであり、今世紀になり最初に誕生した新しい国の一つでもあります。

課題であった治安も近年急速に改善し、2012年の大統領選挙と国民議会選挙、そして今年の大統領選挙は自らの手で無事に行うことができました。治安の安定と政治・行政制度の基盤の確立のために派遣されていた国連による支援ミッションも2012年末を持ち終了し、本格的な国造りが進められています。

JICAは、1999年の実質的な独立を決めた国民投票が行われた直後から、継続的に東ティモールへの支援を実施してきました。独立に先立つ騒乱のなかで疲弊したインフラの修復や、人材育成、我が国のNGOとの連携を通じた住民の生活向上や保健衛生状況の改善などの活動を通じ、草創期のこの国の人々への支援を行ってきました。こうした協力は、少しずつではありますが、確実に成果を収めてきました。

そして独立から15年を経て、この国は紛争からの復興、基礎的な国の仕組みづくりの時代から、本格的な開発段階、国造りへの新たな時代を迎えていますが、依然として課題は山積しています。

国民の過半数はいまだに1日2ドル未満での生活を強いられており、貧困撲滅に向けた経済の開発は喫緊の課題です。日本を輸出先とし、オーストラリアとの間にあるティモール海で採掘される石油・天然ガスは、歳入の8〜9割を占めており、この国の財政の柱となる収入をもたらしていますが、国民の暮らしを支える産業は未開発で、2013年のILO調査によれば、若年層(15〜24歳)の失業率は約22%を示しており、雇用の創出も大きな課題の一つと言えます。この国の持続可能な経済成長のためには、石油・天然ガス依存型から脱却し、産業の多様化を図ることが不可欠です。産業振興のための道路、港湾や空港などのインフラ開発、法制度のさらなる整備や人材育成も急務です。国民の多くは農村部に暮らし、農業に携わっていると言われていますが、コメ生産に関して言えば、輸入米との競合や市場アクセスの悪さが課題となり生産性が低く、自給率は35%程度に過ぎず、増産のための取り組みが必要です。また農家の所得も低く、農業は産業としても未熟な状況と言えます。

独立から現在に至るまでの15年間に努力が積み重ねられてきたとはいえ、これまでの努力は平和の安定に向けられてきたため、今後本格的な国造りに向けては、自立的な行政運営や国民の福祉のための基礎的行政サービスのためのさらなる政府の行政能力の向上が必要です。教育、保健衛生などの現状は満足できるレベルからほど遠い状況です。

JICAでは、人材育成や制度整備、開発計画の検討のための技術協力、円借款や無償資金協力によるインフラ等の整備、青年海外協力隊の活動や、NGO, 自治体との連携事業を通じて、規模は限られるものの、JICAの持つほぼすべての事業メニューを動員し、こうした課題への協力を行っています。今後は日本の民間企業の方々にもJICAの事業メニューを活用して東ティモールの国造りに積極的に関わっていただくことを期待しています。

国際社会の支援による平和構築の成功例として挙げられている東ティモールは、本格的な国造りという新たな時代に入ったと言えます。政府は2011年に2030年までの中・長期的開発方針「戦略開発計画」を策定し、本格的な開発の段階への移行を試みています。日本政府も、2016年3月にルアク大統領(当時)との間で「成長と発展のための進化したパートナーシップ」という共同声明を発出し、「紛争後の復興期における協力関係」から「成長・発展の時代の協力関係」を打ち出しています。さらに東ティモールはASEANの11番目のメンバーを目指しており、日本政府もこのASEAN加盟を支持しています。今年3月の大統領選では経済の活性化と教育問題を最優先課題に掲げたグテレス・ル・オロ新大統領が選出され、先の5月20日の独立記念日に就任式が行われ、国民の期待も高まっています。

JICAはこういった「戦略開発計画」や「成長と発展のための進化したパートナーシップ」という枠組みを踏まえつつ、国際社会の指針である「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成を視野に入れながら、東ティモールが国造りでも成功例と言われるよう、この国の新しい国造り・人造りに向けた取り組みに寄与できるよう、引き続き協力を進めたいと思います。

2017年5月
JICA東ティモール事務所長 永石雅史