ウクライナ政府との交渉を終えて

2023.08.03

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企画部 審議役 小林 秀弥

ウクライナに対する無償資金協力の実施

2022年2月24日に始まったロシアからの軍事侵攻により、ウクライナは多くの人命を失い、領土の一部が占領され、電力施設をはじめ医療施設や教育施設に至るまで重要な社会・経済インフラが多く破壊されました。ウクライナ政府は、戦火の中でも国民に必要な社会サービスを提供すべく国家・領土の復旧に取り組んでいます。このようなウクライナ政府を支援するために、日本政府はJICAを通じた無償資金協力の実施を本年2月と3月の閣議で決定し、5月11日にJICAは総額約5.7億ドルの無償資金をウクライナ政府に供与しました。

私はこの2件の無償資金協力「緊急復旧計画(フェーズ1及び2)」の実施に必要な事項についてウクライナ政府関係機関との交渉を担当しました。具体的には、供与する資金の使途や同資金で調達する機材の調達方法、ウクライナ側が負担すべき事項等を規定する契約文書(Grant Agreement)を早期に合意署名すべく、本年年明けからウクライナ関係機関とのリモート会議を重ね、2月と4月にキーウを訪問し対面での交渉を行いました。

ウクライナ政府はこの無償資金により地雷除去、瓦礫除去、エネルギー、交通、上下水、教育、医療、農業、公共放送等の分野において緊急復旧に必要な機材を調達します。無償資金協力を実施する場合、契約文書の締結前に調達する機材をおおよそ合意しておく必要があります。これらの機材調達を所管するウクライナ側機関は、2022年に新設された国土全体の復旧復興を担当する地方・国土・インフラ発展省をはじめ9省庁に及ぶことが分かりました。私が担当した契約文書の交渉と同時並行に、JICAの5つの課題部(ガバナンス・平和構築、人間開発、経済開発、社会基盤、地球環境)が先方9つの省庁と協議を行いました。

無償資金協力に加えて、円借款事業、緊急に立ち上げた調査や技術協力プロジェクトも複数あり、そういった調査や技術協力において、復旧・復興計画の策定や22年/23年シーズンの越冬支援のための機材供与も同時並行で進めてきました。安全管理、調達や広報も含めJICAの15の部門が直接関与し、ウクライナ支援オペレーションに関連する情報共有のためのJICA内グループアドレスには130名以上の役職員が登録されています。

JICAはウクライナに対してどのような協力を展開していくべきか?

ウクライナとの交渉の席上、日本からの無償資金に対する感謝とともに、ぜひ技術協力も合わせて実施してほしいという要望が多くの省庁から寄せられました。現在、農業分野や地雷除去についての技術協力に加えて、膨大な瓦礫の適正処理方法や、効率的な熱配給システムといった分野での協力を検討中です。

また、欧州の援助機関関係者と意見交換した際には、「JICAの支援は技術者を派遣して丁寧なコンサルテーションをするなど被援助国に寄り添った、上から目線ではないところが素晴らしい。」と、リップサービス込みかもしれませんが、日本の援助姿勢を評価するコメントがありました。

ウクライナは1991年の独立後、2004年のオレンジ革命、2013年のマイダン革命(尊厳の革命)を経て民主化を進めてきました。経済面では2016年に「深化した自由貿易協定(DCFTA)」を、2017年に「連合協定」をEUと締結し、貿易自由化を進めるとともに、数々の国内法をEU基準に変更しています。そしてロシア侵攻直後の昨年2月28日にはEU加盟申請に至りました。バルト3国の事例はありますが、旧ソ連構成国がEUに加盟するためには、長期間にわたる政治・社会・経済改革のプロセスが必要になると考えられます。

JICAのウクライナとの協力事業は、二国間ドナーとして、ウクライナの人々に寄り添い、日本の復旧・復興に係る知見・経験を活かした日本ならではの「顔の見える」事業を展開すべきと考えます。中期的にはEUとの経済統合が早期に実現するように、環境技術、中小企業振興など日本が比較優位を持つ分野での協力を展開していくべきではないかと考えます。JICAは、すでにEU統合を果たした東欧諸国や、現在もEU統合を目指して社会・経済改革を進めている西バルカン諸国に対してそういった分野での協力実績を有しています。

ウクライナ政府との交渉で感じたこと

ゼレンスキー大統領のもとで人材登用が進んでいると思われ、どの省庁を訪問しても30~40歳代くらいの比較的若い世代の行政官が次官や局長といった責任ある立場で交渉に出てきました。いずれも優秀な人たちで、不慣れなJICA事業を直ちに理解し対応も早く、昼夜を分かたず、休日にも質問や確認のメールが入り、無償資金の受け入れについてウクライナの国益を最大化するためにポイントをついた質問が飛んできました。資金の流れやウクライナ側負担事項については特に慎重に協議事項を確認する姿勢に接して、彼ら彼女たちの復旧・復興にかける真剣さがひしひしと伝わってきました。契約文書のウクライナ側負担事項部分については、最終合意の局面ではタフな交渉となりましたが、とても清々しい気持ちになりました。私自身、ウクライナの復旧・復興そして開発に向けてウクライナの人々と協働することの意義をかみしめています。

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