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太平洋島嶼国の安全保障と日本の役割

#13 気候変動に具体的な対策を
SDGs
#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2024.06.24

サムネイル
東南アジア・大洋州部 東南アジア第六・大洋州課 課長 堧水尾 真也

サモア首相の発言が意味するもの

 「“自由で開かれたインド太平洋戦略”を提唱し、追求しようとする新たな動きについて、私たちにはまだ多くの疑問が残されている」。

 2018年8月、サモアのトゥイラエパ首相(当時)は、豪州の研究機関が開催した会合でこのようにスピーチ1しました。トゥイラエパ首相は、その3か月前の2018年5月、日本政府が開催した第8回太平洋・島サミット(PALM8)で、安倍首相(当時)とともに共同議長を務め、“自由で開かれたインド太平洋戦略”の下での、日本の太平洋地域への関与強化に歓迎の意を表していたばかりでした2。冒頭の発言との関係をどのように読み解けばよいのでしょうか?

 この出来事から5年以上経過した現在も、太平洋の島国への関心は高まり続けており、以前より太平洋の島国への協力を継続してきた日本政府・JICAにとっても、新たな時代への対応が求められています。一方で、報道等で取り上げられる関心の中心は、太平洋における米中対立等、軍事面や保安面に代表される、従来型の安全保障面からの偏った視点に基づくものも多く、島国側の視点が考慮されていないように感じます。

太平洋の島国の安全保障と日本との関係とは

 それでは、太平洋の島国が考える安全保障とはどのようなものでしょうか?冒頭のトゥイラエパ首相の発言の直後の2018年9月、太平洋の島国ナウルで開催された第49回太平洋諸島フォーラム(PIF)総会で、太平洋の島国全ての首脳によってボイ宣言(Boe Declaration)3が採択されました。このボイ宣言では、太平洋の島国として、初めて安全保障の考え方がまとめられ、その中で“拡大された安全保障の概念(expanded concept of security)”が打ち出されました。これによると、太平洋の島国における安全保障では、軍事面や保安面に代表される、従来型の安全保障面だけでなく、気候変動が人々の健全な生活に対する唯一最大の脅威(the single greatest threat)となると表現されたほか、その他にも人間の安全保障、環境・資源の保障、越境犯罪、サイバーセキュリティをはじめとした課題に対処していくことが、太平洋における安全保障体制を確保するうえで重要とされている点が特徴です。

マーシャルの廃棄物処分場では土地が限られる中で廃棄物が山積みになっている

 この軍事面や保安面といった従来型の安全保障面に限らない“拡大された安全保障の概念”は、太平洋の島国初となる長期開発戦略『ブルーパシフィック大陸のための 2050 年戦略』(通称『2050 年戦略』、2022年7月第51回PIF総会で採択)4にも引き継がれ、現在、太平洋の島国の安全保障の考え方の基本となっています。一方で、この太平洋の島国における“拡大された安全保障の概念”は、日本の安全保障にも影響する部分があります。

 2022年12月、日本政府は『国家安全保障戦略』を発表しました5。その中の「グローバルな安全保障環境と課題」という項目で、「太平洋島嶼部の脆弱な国が、例えば、気候変動がもたらす異常気象・国土面積の減少、感染症の世界的な拡大、食料・エネルギー不足等により、相対的に大きな被害を被っている」ことが取り上げられています。すなわち、太平洋の島国が、開発上の困難を抱えていることが、日本の安全保障環境に影響する事項のひとつとされているのです。その上で、「危機を未然に防ぎ、平和で安定した国際環境を能動的に創出し、自由で開かれた国際秩序を強化するための外交を中心とした取組」のひとつとして、「気候変動対策」を取り上げ、次のように記載しています。

 「気候変動問題が切迫した脅威となっている島嶼国を始めとする途上国等に対して、持続可能で強靭な経済・社会を構築するための支援を行う」

 この考え方は、太平洋の島国が“拡大された安全保障の概念”で指摘した課題を克服することは、日本の安全保障にとっても重要であることを示唆します。すなわち、同じ太平洋を共有する日本にとって、太平洋の島国の安定と発展に向けた協力を行う事は、日本の安定と発展のためにも重要であると言えます。

日本の強みと太平洋の島国に果たすべき役割とは

 地政学的な関心が高まるにつれて、現在、かつてないほど多くの開発パートナーが、太平洋の島国に対する協力に関心を有しています。太平洋の島国をめぐる国際環境が複雑に変化する中で、太平洋の島国と古くから関係を築き、長きに亘って協力を行ってきた日本に、今、求められる役割とはどのようなものでしょうか?

 以前、フィジー・南太平洋大学のサンドラ・タルテ准教授から、「日本の強みは旧宗主国の米国や豪州、また最近存在感が高まっている中国のように、特定の色がついて見られていない事である」と言われたことがあります。また、最近発表されたオンライン外交専門誌の論説 でも、「太平洋の島国をめぐる米中対立の中で、日本の強みとは日本が米国でも中国でもない点である」と、同じ趣旨の指摘がなされていました。日本の協力の特色の一つは、太平洋の島国のニーズに基づく協力を、人を介した協力で行ってきた点にあります。太平洋の島国へJICA海外協力隊の派遣が始まったのは1970年代初頭で、これまで5,000人近くの隊員たちが、現地の人々と協力しながらコミュニティでの活動を行ってきました。また太平洋の島国からは、16,000人以上の研修員を受け入れ、帰国後、閣僚に登用された人材も出てきています。

パラオの小学校でのJICA海外協力隊による体育の授業風景2022年1月

フィジーの気象局において現地の気象官に技術指導を行うJICA専門家

 人を介した協力が相互理解を生み、“イコールパートナー”としての関係構築に大きく貢献してきたからこそ、「色のついていない」日本の存在感を確保できたのではないでしょうか?太平洋の島国をめぐる国際環境が複雑に変化している時だからこそ、日本は太平洋の島国の視点に立脚し、日本の防災経験や島国としてのノウハウに基づいた協力を行い、太平洋の島国の“安全保障体制”の強化に寄り添い、貢献することが、今こそ求められているのではないかと考えます。

 日本と太平洋の島国の関係について、しばしば太平洋の島国の首脳からは、“絆(KIZUNA)”と日本語でその特別な関係が表現されることがあります。7月に開催される第10回太平洋・島サミットを通して、日本と太平洋の島国の“絆”が、更に強化されることを願ってやみません。

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