~開発パートナーとの共創を通じて「信頼で世界をつなぐ」~
2024.08.19
- 経済開発部 次長 五月女 淳
「なぜ民間セクター支援を行うのか?」という質問が参加者に投げかけられました。民間セクター開発に関わるドナーが集まるDCED(Donor Committee for Enterprise Development)年次総会(2024/6/3~6/6開催)での出来事です。
「中小零細企業を含む民間企業の活動を促進することにより、格差を是正、所得向上を通じて、持続可能な社会を実現する」といった模範的な意見が多く出されましたが、USAID職員からは、「我々の仕事を失くすため」という一言。当時USAID長官だったマーク・グリーン氏が2017年に掲げたビジョン「Journey to Self-Reliance
」(援助の目的はその存続の必要性をなくすことにあること)が職員に浸透していることを知ることができました。
「自身の仕事を失くすために仕事している人はどれだけいるのだろうか」という疑問はありつつも、日本の政府開発援助も、「自助努力」「自立的発展」を相手国に促してきましたので、大きな違和感はありませんでした。
2023年に閣議決定された開発協力大綱では開発途上国の開発課題の解決と持続的成長のため、「民間資金動員」、「民間企業との連携」や「他ドナー等との共創」が求められると謳われています。まさにDCED年次総会は「民間セクター開発×ドナー連携」という「共創」の場で、援助機関や民間企業の関係者と4日間昼夜共に過ごす中で、特に「共創」、「革新」、「グリーン」等について議論する有意義な機会となりましたので、簡単にご紹介します。
近年、開発途上国の開発課題が複雑化し、変化の激しい時代で不確実性が高まっている中、一ヶ国あるいは一機関だけで新たな価値を創出するのは難しく、各ドナーは様々なステークホルダーと協働する必要性が高まっているという問題意識を抱えていました。特に世界銀行、USAID、JICA等と比べて比較的規模の小さい欧州系開発機関は、単独で案件組成、実施、モニタリング・評価することが難しいケースもあり、同じミッションやビジョンを持ったパートナーを常時探しています。そのためDCEDは、お互いの協力方針、重点分野等について意見交換し、ビジョンが一致した機関と具体的な協調案件を見出し、「共創」する貴重な機会であることが分かりました。また、今回はドナーだけではなく開発途上国政府からの参加もあり、重要なパートナーとして共創している潮流の変化を肌で感じました。
一方、民間との共創については、公的機関としての公平性、透明性の確保、市場の歪曲、クラウディング・アウト等に留意しつつ、どのように連携を促進するかは難しい課題です。また、ODAの手続きが民間のスピードに追いつけず、折角良い案件を発掘したとしても、タイミングが合わず、連携を諦めざるを得ないこともあります。
そんな中、今回はUSAIDから民間セクター・エンゲージメント(PSE)の最新の取組状況(Private Sector Engagement Modernize)について紹介がありました。USAIDでは、まず初めに、PSEに係る職員の能力向上が必要とのことで、職員向けアンケート調査を実施し、必要な研修、ツールの洗い出しを行い、また、1,000人近い職員のコミュニティ(PSEハブ)を立ち上げ、メンバーからの質問に迅速に回答する仕組みを構築。次に民間企業とのネットワークや調整を強化するためGlobal Industry Coordination Networkを構築し、優先度の高い産業(国益重視)から代表者を選定して、産業界との関わりを深めているとのこと。
また他にも、中小企業が実施する事業のスケールアップのため、Edge Fund(5,000万ドル)という足の速いスキームを新たに設立しています。これは在外事務所に権限を与え、要請から採択、資金供与まで最短で5カ月という驚くべき期間での予算手当(企業にも同額投資を求める)することができるスキームとなっています。また、Collaboration Pathwayは、企業からの提案を受け、特に公平性、透明性、追加性を担保するための選定プロセスがなく、最短5週間で少額の資金を提供することができます。
USAIDは各機関が直面する壁に風穴を通すため、一定程度国益やスピードを重視し、これまでの制約を取り払う取り組みを試行的に実施しています。
2023年10月、G7はAIにかかる包摂的なガバナンスを形成するため、「広島AIプロセス」に関する首脳声明
、国際指針
、国際行動規範
を発表しました。これを受け、日本政府でもAIに関連する開発途上国支援の検討が始まっています。
DCEDでは、AIが途上国の労働市場に与える影響
について議論しました。AIは仕事の質を向上させ、初級・中堅技能者のパフォーマンスを向上させる一方、低所得労働者が転職を余儀なくされる可能性が高くなる等、所得やジェンダーの不平等を助長し、職場の監視リスクを増大させる可能性があるとの調査結果が紹介されました。従って、低所得労働者の権利や保護措置に加えて、再教育訓練などが優先課題との意見が出ました。
また、特にアフリカのような開発途上国によっては、デジタル化の恩恵を受けられないため、デジタル・インフラへの投資、スタートアップへの体系的な支援、企業がデジタル・テクノロジー導入に必要な資金調達等への協力の必要性についてIFC
から言及されています。
今回のDCEDは欧州系の援助機関が多数を占めていることもあり、グリーン成長には強い関心が示されました。先進国は当然ながら脱炭素化を推進する必要があるとしながらも、開発途上国に対しても発電、工業、農業、土地利用といった主要排出部門を中心に低排出の成長軌道を確立する必要があると主張しています。そのためには多額の資金が必要となるため、ドナーは民間資金を動員するとともに、グリーントランジッションを推進する産業政策への支援が期待されています。
GIZ(独)からはグリーン産業政策(GIP)
による、パリ協定への貢献、再生可能エネルギーや循環型経済による雇用創出や資源の効率化、リープフロッグの可能性等、導入に当たってのメリットや、エスワティニやヨルダンでの協力事例が紹介されました。
田中JICA理事長は、「世界は100年に1度の複合的危機に陥っており、人間の安全保障が脅かされている」ため、多様なパートナーと共創しながら取り組む必要性を訴えています。まさに、DCEDは同じ目的を持ったドナーや民間企業が一同に集まり、「共創」し、「革新」や「グリーン」等の新たな取り組みについて議論する貴重な機会であることを改めて感じました。DCEDは欧米の機関が集まる中で、唯一アジアの機関としてJICAが参加していますが、「信頼で世界をつなぐ」を実直に守ってこられた先輩方のお蔭で、日本は欧米諸国や途上国から信頼され、パートナーとして積極的に共創したい旨の意向が示されたのは大変有難かったです。今後もこのような機会を大事にし、JICAの良い活動を積極的に発信するとともに、複合危機を乗り越えるために、多様なパートナーと共創していきたいと強く感じました。
DCED年次総会の様子。参加者による活発な議論が展開されました。
scroll