開発協力と政治の深くて微妙な関係~緒方研究所で考える~

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2024.08.27

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緒方貞子平和開発研究所 主席研究員 折田 朋美

 2021年度に緒方研究所が1つの研究領域として立ち上げた「政治・ガバナンス」領域。昨今の国際情勢において、開発協力を進める上で政治・ガバナンスの把握はますます重要なものとなってきました。研究を通じどのように開発協力のあるべき姿への一助とするのか。深くて微妙な開発協力と政治との関係について、緒方研究所 折田主席研究員が思いを巡らせます。

緒方研究所の政治・ガバナンス領域創設

 緒方貞子平和開発研究所(通称:緒方研究所)をご存知でしょうか。JICAの一部門ながら研究機関としての独自性を持ち、二国間協力を行う主要な開発協力機関の中で、唯一の直営研究機関ともいえる存在です。海外経済協力基金(JICAの前身の一機関)の時代から開発課題の解決に向けた調査研究を行う研究所がありましたが、2008年、組織が統合して新JICAになる時に、「研究」を行うことが国際協力機構法にも記載され、法制化したことを受け、国際的な水準の研究を国内外に発信するという趣旨で改めて設立されました。元理事長の緒方貞子さんが亡くなったのち、2020年にその名前を冠すとともに、「人間の安全保障」への遺志を引き継ぎ現在に至っています。
 緒方研究所では、大きく6つ―「政治・ガバナンス」、 「経済成長と貧困削減」、「人間開発」、「平和構築と人道支援」、「地球環境」、「開発協力戦略」―を重点研究領域として研究の実施と発信を行っていますが、一番新しいものが、2021年に設けられた政治・ガバナンス領域です。

開発協力と政治の微妙な関係

 なぜ「政治・ガバナンス」が一番新しいのでしょう。考えれば、そこには、開発協力と、特に政治との間の微妙なバランスがあるからではないかと思います。
 もともと開発協力では、ODAの発展とともに開発途上国の開発に関わる専門家、各国援助機関やNGO、国際機関などの専門家集団-テクノクラートと学者からなる集団が、貧困削減・経済成長をはじめとする社会・経済諸課題に対し、理想的かつ理論的に解決策を提示した処方箋を書くことを目指してきた側面があります。
 「政治」と一言でいっても、開発協力が関わるものは、途上国側の政治、国際的(地域的・全世界的な)政治、援助国側の政治など多様な切り口があります。例えば、開発途上国側の政治について、開発協力は開発途上国の社会・経済に働きかけるものであることから、もとより政治の影響は避けられない一方で、政治への直接の介入や影響を及ぼすことを目的とするものではありません。特に日本は、戦後世界からの協力を受けながら自らが経済社会的な開発を実践してきた経験もあり、政治については相手国の考えを尊重する傾向が強く、開発協力に際し相手国政府から内政干渉といわれることがないよう注意深く向き合ってきました。
 また、国際政治との関係においては、日本のODAは外交のツールでありながらも、外交交渉や防衛等とはバランスのとれた距離を見極めながら、異なるアプローチを主としてきたといえるでしょう。
 国の運命を左右する政治やガバナンスは開発にとって極めて重要な課題ですが、開発協力によって直接の変容を試みることには一定の難しさがある点も認識されてきました。特に政治は、開発協力の処方箋を展開・実施するフェーズにおいて、プロジェクトの外にある、外部要因のような認識で取り扱われてきました。

政治の前景化

 現実に目を転じれば、2010年代より大国間の競争は激化し、途上国の債務は増大してきました。特に近年は米国の自国第一主義や英国のEU離脱など、世界各地でナショナリズムが台頭し、権威主義国家が増加する中、世界は2020年よりコロナ禍を迎えました。気候変動や感染症など地球規模の課題に加え、ロシアによるウクライナ侵攻や中東の不安定化など地政学的リスクが高まり国際秩序は揺らぎ、現在世界は複合危機を迎えているといわれています。

 開発協力を行う多くの者にとって、2011年の民政移管以来10年にわたり社会・経済開発を本格化させ広範に支援してきたミャンマーの軍事クーデター、2001年から20年にわたり復興支援を行なってきたアフガニスタンの政変など、近年の一連の出来事は、とてもつらいものでした。政治は、開発の力で直接変えるには難しさがあるにも関わらず、何十年にも及ぶ開発協力の努力を一瞬にして無に帰す圧倒的な影響力を持っていることを思い知らされました。
 また、2022年2月ロシアによるウクライナ侵攻、2023年10月以降のイスラエルとハマスの武力衝突は国際政治の不安定化を露わにすると同時に、開発協力のための環境や基盤を揺るがすものとなりました。人道危機が引き起こされ、電気、燃料、食糧など、生活に欠かせない多くのものの価格が高騰し、特に途上国の人々はより大きな影響を受けています。そもそも国家は、一国で立つこともできず閉じた経済圏を構築することもできず、他国の出来事が自国の生活にそのまま影響を及ぼす、複雑な国際情勢の下にあります。そして、国際政治の混乱が、先進国も途上国も関係なく瞬時にして私たちの住む場所を安全な場所ではなくし、人の命、暮らし、尊厳を奪う破壊的な力を持っている事実を、私たちは目の当たりにしたのです。

JICAが協力している女子学校の中庭で。広報室(当時)の英語動画作成や広報誌のための取材を終えてひと休み。2009年アフガニスタンにて。

緒方研究所の挑戦

 これら地政学的・国際政治的な地殻変動を受けて、開発協力に対する政治の存在は変わりました。テクノクラートとして愚直に開発課題解決に向け、処方の展開や社会実装を試みていた開発協力専門家集団は、これまで以上に目を見開いて、世界がどのように変わっていくのか、国際政治のダイナミズムと、それらを直接・間接に受けた途上国側の国内政治の動きをよりきめ細やかに見る力を得ることが必要となりました。開発協力に携わるものにとって、政治・ガバナンス状況を把握することは、すでに不可欠なリテラシーの一部となったのです。開発の文脈において、あらゆる国が、大国の思惑に翻弄されず人間の安全保障を享受できる、国内・国際政治の条件や社会の仕組みを考えること、これが、緒方研究所に政治・ガバナンス領域ができたひとつの目的でもあります。

 内戦や紛争が起きている地域や国、世界中で起きている戦争などには、それぞれ理由があり単純に善悪を語るのが難しい部分もあります。外交の立場では、時に旗色鮮明に、国や政権に対して明確にメッセージを出すことが必要な場合もあるでしょう。しかし、日本の政府機関でありながら開発協力機関であるJICAには別の難しさも伴います。政府間外交関係が芳しくなくとも、その国には困難や脅威にさらされている人々の存在があるかもしれません。ODAは政府同士の約束をベースにとした協力であるため、相手国政府を取り巻く国際政治環境や、相手国政府の政治やガバナンスに一定の困難がありながら、もしくは、困難がある状況だからこそ、その政府と協力しながらプロジェクトの実施が必要な時もあります。

日本が協力しているガザの小学校で、歓迎のダンスで出迎えられ思わずみんな一緒に踊る。(2016年パレスチナにて筆者撮影)

 緒方研究所も、JICAの一部である以上、国際政治や相手国の政治への対し方に難しさを抱えているのは同じです。ただ、ひとつ特性として挙げられるのは、学術研究という方法を通じて、この難しい世界を見通し開発協力のあるべき姿への一助としようとしていることです。開発協力の現場における機微な政治との関係を踏まえながらも、学問的中立性を旨とする研究所だからこそ虚心坦懐に見つめ直し、提示できる視座があるのではないかと、私も試行錯誤を続けています。
 緒方研究所では、政治・ガバナンス領域をはじめとし多様な分野で、事業効果を出すための研究や、国際潮流への新たな価値や考え方の提示など、よりよい開発協力のために、そしてよりよい世界の明日のために、研究を行なっていきます。

是非これからも緒方研究所にご注目ください!

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