シエラレオネ在勤を振り返って
2024.09.12
- シエラレオネ支所 前支所長 佐藤 仁
JICAシエラレオネ支所で所長を務めた経験、現地で見た光景、これまでのシエラレオネの過去とそこから復興し力強く成長する同国と、それに寄り添って成長を支えるJICAの活動を紹介します。
日本からは飛行機で丸一日以上かかる遠い西アフリカに位置するシエラレオネ共和国(以下、シエラレオネ)には、北海道の8割ほどの国土に850万人ほどの国民が住んで生活をしています。1991年から約11年間続いた内戦や2014年に発生したエボラ出血熱という悲惨な歴史があり、その深刻さや苦悩する人々が書籍や映画で描かれました(レオナルド・ディカプリオ主演の「ブラッドダイヤモンド」が有名です)。また、内戦、感染症の影響により、当時、「世界で最も寿命が短い国」として有名にもなりました。
内戦やエボラ出血熱の影響や近年では特にロシア―ウクライナ戦争やCOVID-19の影響も国民に大きな打撃を与え、世界で最も貧しい国の一つではありますが、2007年以降民主化を進め、西アフリカでも数少ない平和な国の一つです。近年では、日系企業がパイナップル農園を経営し、欧米への輸出を進めています。
長年の内戦と感染症の流行によって多くの経済基盤インフラが破壊され、人的資源が失われたシエラレオネの人々が暮らすうえで欠かせないものといえば、第一に食料の増産、第二に医療体制の整備、そして第三に道路や電力などの基礎的インフラの改善です。日本は、内戦終結後の2005年からODAを再開して以降、現在に至るまで戦後復興からシエラレオネの発展を支えるべく、上記の分野に対して協力を継続しています。また、今年1月末に、シエラレオネ政府は中期国家開発計画(2024年~2030年)を発表し、国の目指すところを定めました。重要なテーマとして1)Feed Salone(シエラレオネに食料を)、2)人的資源開発、3)若者の雇用、4)技術とインフラ、5)公共サービスの変革、を掲げていますが、この政府の計画にも日本・JICAの協力は合致しています。
2024年現在、コメ生産改善技術協力(日本の稲作技術を活用した食料自給率向上に寄与する協力)、子ども病院サービス向上技術協力(妊産婦や子どもの死亡率改善に寄与する協力)、高度ディーゼルエンジンメンテナンス技術協力(エネルギー安定供給のための協力)、地方行政能力向上技術協力(地方行政職員の能力向上、ガイドライン等を作成する協力)を、また無償資金協力で子ども病院の建設、フリータウン半島送配電網の整備を実施中です。
長きに亘った内戦による悲しい歴史は事実ですが、それを背負いながら人々は日々懸命に生きています。毎朝、通学する学生や子供たちの元気な声、街のマーケットは野菜や魚を売り買いする人々で活気が溢れ、車や人の往来もにぎやかで未来を築こうとするバイタリティを感じさせます。また、内戦を経験し、平和と安定を重んじるシエラレオネ人のホスピタリティに、我々JICAの現地関係者は安心して生活ができ、そしてこの国の明るい未来を感じ取ることができます。仕事がら政府関係者との接触が多いですが、大体みんな気軽に応対してくれました。時にはできないことまで「努力する」と言うので、その時は当然スケジュールが遅延したり余計な仕事が発生しましたが・・・。生活面では露店の八百屋ではよくおまけもくれたし(なぜかパパイヤが多い)、近所のテーラーでは破れたシーツやリュックのポケットの修理も吹っ掛けることなく通常価格で対応してくれたし、私がよく買っていたマヨネーズの空き瓶に詰めた路上のカシューナッツ売りの青年は、私の車を見かけると飛んでくるようになりました。一日の売上がどれだけかわかりませんが、少しでも売り上げに貢献出来て、彼らやその家族が無事に食事ができることを祈るばかりです。
2024年現在、シエラレオネはアフリカで2枠あるUN安全保障理事会の非常任理事国に選出され、またアフリカ連合(AU)の10か国委員会の議長も務めるなど、国際社会でも高い信頼を得ています。また、首都フリータウンから国際空港のある対岸まで巨大な橋を架ける計画を打ち出したり、また美しい海岸を貴重な観光資源としてアピールする等、新規ビジネスの開拓や誘致にも動こうとしています。今、経済をはじめシエラレオネに立ちはだかる課題は小さくないものの明るく豊かな未来を目指して、人々は生きています。
JICAはこれからも、シエラレオネの開発を支援すべく、社会基盤、経済基盤の強化を支援していきます。また、官民連携の追及、JICAの研修で日本に来るシエラレオネの人びととの交流などを増やし、両国共に発展する未来を共に作り上げていきます。今後のシエラレオネの発展の安定、そして人々の豊かで幸せな生活のためにJICAは協力をしていきます。
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