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身近な里地里山から考える水利用の合意形成

2024.10.25

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地球環境部 水資源グループ水資源第二チーム 企画役 加治 貴

水資源の公平で持続的な利用と管理には、水利用者を含めた様々な関係者の調整や合意形成が必要不可欠です。私達の身近にある里地里山から、農業での水利用と水資源管理における合意形成について考えてみたいと思います。


 皆さんは、合意形成という言葉に対してどのようなイメージを持つでしょうか。水資源の管理・利用における合意形成とは、誰と誰が行うのでしょうか? 実際の水利用者でしょうか、それとも行政機関でしょうか?また、合意形成とはどのように行うのでしょうか?

 JICA地球環境部水資源グループでは、課題別の新たな事業戦略である「JICAグローバル・アジェンダ『持続可能な水資源の確保と水供給』」の中で、課題解決のための協力方針「クラスター事業戦略『地域の水問題を解決する実践的統合水資源管理』」を掲げています(持続可能な水資源の確保と水供給 | 事業について - JICA)。この戦略の中では、水資源の管理・利用に関わる多様な関係者の合意形成を一つの重要な軸とし、開発途上国での水資源問題の解決を支援することを掲げています。合意形成に関わる関係者やその方法は合意すべき問題に応じて様々ですが、今回は私にとって身近な環境から合意形成について少し考えてみたいと思います。

1.日本の農業での水争いと合意形成

 私がリラックスも兼ねてよく行く場所に「寺家ふるさと村」(横浜市青葉区)があります。「ここが横浜市?」と思えるような雑木林の丘があり、その間には水田が広がります。毎年5月~6月にはホタルが飛び交い、昔ながらの田園風景とともに幻想的な雰囲気を楽しめます。

 水田の脇には用水路があり、雑木林の中にある池から水が流れ、田植えの時期には用水路に止水板を入れ、田んぼへ引水している光景が見られます。この引水の順番や引水する水の量には、農家の人たちの間で昔からのルールがあるのだろう、そのルールはどのように引き継がれてきたのだろう等、思いを巡らせているところです。

 寺家ふるさと村を訪れながらこんなことを考えているとき、「百姓たちの水資源戦争 江戸時代の水争いを追う」(渡辺尚志著 草思社文庫)という本を見つけました。この本の中では、江戸時代の農家が水争いをどのように解決してきたかについて、大阪府域の実例を基に紹介しています。「村では庄屋が中心となり、小作人を管理し水利環境の管理を行う。同じ河川や用水路から引水する村々は、用水組合を作り水利用のルールに従い管理を行う。勝手に取水堰を建設する等、ルールを破る村が出た場合は一致団結してその村と争う。村同士で解決できない場合は幕府へ訴え出る。基本的にその判決結果は、従来の水利慣行に従うべきというものだった。」このように、江戸時代の農家の水争いが詳細に描かれています。

寺家ふるさと村の秋の午後

水田脇の用水路。引水時には水路に止水板が下ろされる

2.キューバでの農家の水利用に関する合意形成

 では、開発途上国では、農家が水利用に関してどのように合意形成を図ってきたのでしょうか。私が現在携わっている「キューバ国統合水資源管理のための能力強化プロジェクト」で視察したマヤベケ県グイネス市の事例を紹介したいと思います。

 グイネス市では農業が最も重要な産業であり、主に河川からの水を使っています。農家間の争いを防ぎ、農家が水を適切に利用できるよう「灌漑者コミュニティ」を設立しており、現在は約250の農家が参加しています。この灌漑者コミュニティは1826年に設立されたということで、上述で紹介した日本の事例同様、かなり古くからこうした組織が存在していたようです。

灌漑者コミュニティの集会の様子

 現在、灌漑者コミュニティは3つの主水路ごとに毎週水曜日に集会を開催しています。その集会には灌漑を管理する行政官が参加し、その行政官がどの農家が水をいつ使うか聞き取り、複数の農家が同じ日に使う予定であれば、一緒に分け合う、もしくはある農家を優先する等、口頭で調整を行います。行政官は用水路の見回りをしており、灌漑者コミュニティでの合意が守られているか確認しています。こうした水利用の方法に対し、灌漑者コミュニティのメンバーからは、「メンバーは皆近所の人でありコミュニティの一員。互いに融通、協力しながら水を利用している」、「このようなやり方はずっと昔からやってきた。こうした方法以外にやり方はない」等の意見が出されました。

行政官が農家の水利用計画を聞き取り、農家の間で水利用を調整する

 グイネス市の合意形成は江戸時代のものと共通し、コミュニティとしての連帯やメンバー間の信頼、さらには相互監視の意識が、農家間の合意形成に影響を与えていると感じます。一方、江戸時代の合意形成では、農家レベルだけでなく村の間の合意形成も重要でした。そして、現代の行政区で言えば、世界各国において市や県、さらには国の間の合意形成も水資源の管理・利用には重要となっています。

 水利用の直接の影響を受けるのは農家等の現場レベルでの水利用者です。そこへの影響を常に意識しながら、各レベルでの適切な合意形成を促進できるよう、開発途上国を支援していきたいと考えています。

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