日本の工事安全文化の定着に向けて


2025.04.02
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- 資金協力業務部 室長 小柳桂泉
無償資金協力事業では、病院・学校、上下水、道路・橋梁などの施設や機材整備などを通じて、開発途上国の基盤整備を支援しています。ここでは、開発と併せてJICAが取り組む、人命第一の工事安全対策についてご紹介します。
JICAでは、有償資金協力(円借款)、無償資金協力を中心に数多くの施設建設事業を実施しています。それら事業実施において、一部の現場では、現場での工事安全対策が十分に徹底されず、工事中に事故が発生するケースもありましたが、なかでも最大の工事事故は2007年9月にベトナムのカントー橋建設事業(円借款)で発生した事故です。これは橋桁の架設中に桁が作業員と共に崩落したもので、死者50名以上、負傷者70名以上という大惨事となってしまいました。
JICAでは、カントー橋建設事業で発生したような事故を繰り返さないとの強い思いから、2015年にJICA理事長名で「施設建設等を伴うODA事業の工事安全方針」を策定・対外公表しました。この方針では、人命と安全を最優先して事故撲滅を目指すとともに、日本の「安全文化」を定着・浸透させることをJICAの重要な役割と位置付け、この考え方を、無償資金協力、円借款など全スキームにおいて適用しています。JICAの工事安全対策の基本的な考え方は以下のとおりです。
海外での工事は日本国内とは各種条件も異なります。現地ないし第三国出身のエンジニアを活用しつつ、現場に馴れていない作業員、文字が読めない作業員など、極めて多様な作業員が働いており、作業員一人一人まで工事安全を徹底するのはなかなか容易ではありません。そのため、JICAでは、工事安全対策を実効性のあるものとするために、以下のような具体的な取り組みを行っています。
上記のような各種の具体的取り組みを行っているものの、現在でもJICAが実施する事業全体で毎年一定数の死亡者が発生しており、工事安全対策の強化は引き続き必要です。また、近年は安全だけでなく、熱中症対策やジェンダー配慮、就労環境の改善などの労働衛生の観点の取り組みも重要となっています。
JICA国際協力専門員による安全管理セミナー
無償資金協力事業で適用されている上記の「ODA建設工事安全管理ガイダンス」は2014年に制定されたものであり、10年を経過しました。そのため、昨今の情勢変化に合わせた形での改訂も求められています。
工事安全の取り組みはスキーム問わずJICA全体の課題として取り組んでいますが、その中において、無償資金協力事業は主契約者が本邦企業に限定されるため、日本企業以外も受注する円借款事業などに比べて日本の「安全文化」を普及定着させやすいスキームであると言えます。また、上述のとおり、無償資金協力事業に適用されているODA建設工事安全管理ガイダンス制定から10年を経過している事情等を踏まえ、2024年度に、資金協力業務部では無償資金協力事業の工事安全対策強化に係る調査研究を行いました。この研究の主な目的は以下の3つです。
調査研究は終わり、その中で提言されたガイダンス改訂や工事安全管理体系の再編などは2025年度以降に実行に移す予定です。また、VR教材も、JICA職員の工事安全教育にも活用してきたいと考えています。これらの取り組みについては、まずは無償資金協力事業で適用しますが、その考え方などは円借款事業など他スキームにも共通するものであるため、可能な範囲で他スキームへの普及も促進したいと考えています。
私たちJICAは開発途上国における経済・社会の開発や、生活の向上を支援する数多くの事業を行っていますが、それら事業で尊い人命が犠牲になってはいけないという強い使命の下、改めて事故の撲滅を目指して取り組みを強化していく所存です。日本の「安全文化」が現地に定着・浸透し、「安全第一」、「事故ゼロ」につながることを切に願います。
現場での安全対策の一例(鏡を見て自らの保護具をチェック)
若手職員による工事安全VR教材の体験
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