ネパールの防災意識―阪神・淡路大震災から30年を経て―



2025.06.20
ネパール・ゴルカ地震から10年となった2025年4月25日、ネパールで追悼式典が開催されました。街には今もなお地震の爪痕が見られる一方、薄れつつある防災意識についての現状を紹介します。
当時幼稚園児だった私は、阪神・淡路大震災の火災の光景や死者がどんどん増えていくニュースを見聞きし胸が痛くなったことを今でも鮮明に覚えています。これを機に、私は「防災」に興味を持ち、フィリピンやミャンマーでJICA事業に携わり、現在はJICAネパール事務所で防災・気候変動分野の担当をしています。
ネパールは日本と同じく、地震、洪水、地滑りといった災害が多発する国土です。2015年4月にはネパール・ゴルカ地震が発生し、約9000人が亡くなりました。また、2024年9月、1970年の観測開始以来最大雨量を記録した豪雨に伴う洪水や土砂崩れにより200名以上が亡くなりました。特に短時間・局所的に降雨が異常集中する豪雨の発生頻度が増加していることから、ネパールでは洪水や土砂崩れによる被害の激甚化・頻発化が懸念されています。
地震で被害を受けた建物は、倒壊を防ぐためいまも柱で支えられている
2015年の大地震で全壊した住宅
2015年の大地震以降、災害多発国である日本の経験を活かし、JICAは将来の防災に繋がる計画作りや住宅再建、学校再建等の支援を行ってきました。震災から10年となった2025年4月25日、カトマンズでは様々な場所で追悼式典が開催され、参加者はマグニチュード7. 8の地震が起きた午前11時56分に合わせて黙祷を捧げました。JICAはブースを出し、防災意識を向上させることを目的に災害時の動き方を絵やネパール語で紹介したハンカチを、式典に参加した子どもたちに配布しました。災害は誰もが思い出したくないものです。そのため災害は時間が経てば自ずと忘れられていってしまいます。しかしながら防災の意識一つで守れる人命が多くあるのは事実です。今も街中に地震後のまま取り残されている建物がある一方、防災に対する意識が薄れ始めているネパールでは、市民の防災意識をどう高めるかが今後の課題となっています。
JICAが配布した防災ハンカチを使用している子どもたち
1995年、6,400人以上の死者・行方不明者を出した阪神・淡路大震災では、地震によって倒壊した建物から救出され生き延びることができた人の約8割が、家族や近所の住民等によって救出されており、消防、警察及び自衛隊によって救出された者は約2割であるという調査結果があります。また、別の調査では、自力で脱出したり、家族、友人、隣人等によって救出された割合が約9割を超えており、救助隊によって救助されたのは1.7%であるという調査結果もあります。このように、阪神・淡路大震災や東日本大震災のような大規模災害時では「公助の限界」が明らかになり、自助・共助による「ソフトパワー」が重要なものと位置付けられています。(※1)
私はフィリピンで市民社会の防災意識を向上させることを目的に、青年海外協力隊員として2年間活動しました。フィリピンもネパール同様災害多発国ですが、災害について振り返る機会がほとんどなく、防災教育は実施されているものの、防災への関心が薄い層に注意喚起する工夫が見られませんでした。そこで、災害を自分事として捉えるために防災教育ゲームMove Philippines(「イザ!カエルキャラバン!(※2)をフィリピン用に作り変えたもの」)を派遣先に導入し、2年間で3,369名が参加しました。この活動は、私の離任から9年が経った今でも継続されています。
現地高校での防災意識向上のための啓発ワークショップ
ござ担架を使ってけが人を運ぶゲーム(フィリピン)
ネパールでは防災に対する意識は依然として低く、また教育現場において、防災教材や各地域に見合った防災教育が必要とされています。そこで神戸市のNPO法人プラス・アーツ(※3)は2015年から活動を開始し、現在はJICA草の根技術協力事業において、災害への備えを学んでもらおうと、「イザ!カエルキャラバン!」等の防災教育ゲームを活用して学校での防災教育の普及を進めています。最終的に、ネパールの学校現場での防災教育の担い手を育成し、現地オリジナルの防災教育プログラムやJICAが追悼式典で配布したハンカチといった教育教材の開発・普及を目指しています。
毛布担架を使ってけが人を運ぶゲーム(ネパール)
防災に対する人々の意識を薄れさせない取り組みをする一方で、途上国では急速な発展による都市化やグローバル化、気候変動による災害リスクが一層増大しています。この災害リスクを国や自治体といった「公」の努力で削減することが重要であり、JICAは二国間援助機関として災害による死者・被災者数及び経済損失を削減できるよう、またより災害に強い強じんな国づくりができるよう、様々な支援を進めていきます。
※1 補足:自助・共助・公助
「自助」とは、災害が発生したときに、まず自分自身の身の安全を守ることです。この中には家族も含まれます。「共助」とは、地域やコミュニティといった周囲の人たちが協力して助け合うことをいいます。そして、市町村や消防、県や警察、自衛隊といった公的機関による救助・援助が「公助」です。
※2「イザ!カエルキャラバン!」:阪神・淡路大震災の10周年事業で開発された防災プログラムで、地域の防災訓練と防災イベントを開催し、子どもたち等が遊びの延長で防災の知識を身につけられる活動。
※3 NPO法人プラス・アーツ:このプログラム(イザ!カエルキャラバン!)を全国に普及するため、2006年に発足した団体です。
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