日本留学経験者とモンゴル版「日本式」教育について

2025.06.25
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- モンゴル事務所次長 吉村徳二
モンゴルにとって、かつて「近くて遠い国」だった日本は、今では身近な存在となり、留学経験者が各分野で活躍し、信頼に基づく関係が築かれています。
2024年6月に行われたモンゴルの国会総選挙で、注目すべき出来事がありました。日本の高校に留学し、東京大学大学院で都市工学を学び、日本のコンサルタント会社で働いた経験を持つ若者が、モンゴル与党である人民党の比例代表名簿1位として出馬し、見事に当選を果たしたのです。モンゴルでは無名だった彼の当選とその後の活躍は日本での留学経験がいかに社会的に評価されているかを示す象徴的な出来事でした。
モンゴルの政界では、日本で学んだ経歴を持つ政治家が少なくありません。都市開発や交通対策などの国家プロジェクトにも、日本で技術や知見を学んだ人々が中心となって関わっており、その他、ビジネスや研究の分野でも日本で学んだ人たちが多く活躍しています。
私自身、1990年代後半にウランバートルへ留学していた経験があります。当時のモンゴルでは日本の存在感はまだ薄く、直行便もなく、人や物資の往来もごく限られていました。まさに、「近くて遠い国」でした。
それから20年以上が過ぎ、再びモンゴルに赴任してみると、かつての印象とは一変しており、日本とのつながりの深さを感じる場面が増えています。街中では日本語で声をかけられることが珍しくなく、スーパーマーケットには日本製の商品がずらりと並び、日本でもおなじみの外食チェーンが進出している光景に驚かされます。
モンゴルに進出している日本の外食チェーン店
日本の食品が陳列されたマーケット
モンゴルは平均年齢が約28歳という非常に若い国で、進取の精神にも富んでおり、海外志向の強い人々が多くいます。語学力や技術力が高い若者たちは積極的に海外へ飛び出し、学びや働き先として日本を選ぶ人も少なくありません。日本語とモンゴル語は文法構造が似ているため、モンゴル人留学生は日本語の習得が早く、高いレベルで使いこなしているのも特徴です。仕事上でも高い語学力や技術、柔軟で先進的な発想を備えたモンゴル人の若者と出会う機会が増えています。このような優秀で頼もしいモンゴルの若者に出会うにつれ、モンゴルの明るい未来を感じます。
教育分野でも、日本とモンゴルのつながりは着実に広がっています。たとえば、ウランバートルには「新モンゴル学校」という私立の進学校があります。2000年に設立されたこの学校は、日本式の教育モデルを取り入れ、挨拶や制服、部活動といった人間性を育む教育に加え、学力の高さでも注目されています。現在では国内屈指の人気校となり、その教育ノウハウはモンゴルの公立学校にも導入され始めています。
新モンゴル学校の経営陣の皆様と
新モンゴル学校で行われている挨拶励行
新モンゴル学校の部活の様子
さらに、日本の高等専門学校(KOSEN)をモデルとした技術教育機関も広がりを見せています。2014年にウランバートルに3校が設立され、現在では全国で6校にまで拡大。モンゴル政府が進める「産業の多角化」に対応するための実践的な人材育成拠点として、大きな役割を果たしています。
モンゴル高専の先生、生徒の皆さんと
モンゴル経済は石炭や銅、金といった鉱工業に大きく依存しており、それらは国家収入の柱である一方、雇用創出や経済の安定性には限界があります。物価の上昇や所得格差といった社会問題も起きており、経済の構造を多様化する必要性が強く認識されています。
このような背景から、日本の教育や科学技術への信頼はますます高まっています。2019年にモンゴル国内で行われた対日世論調査:注1では、モンゴル人が日本に対して抱くイメージを問う設問において、回答者全体の61%にのぼる最も多くの人々が「日本は経済力・技術力の高い国」と回答しました。KOSENの普及も、こうした日本への信頼感が土台になっています。
特筆すべきは、これらの新モンゴル学校や「KOSEN」といった日本式の教育機関が日本留学経験者自身の手で内発的に立ち上げられ、独自の発展を遂げてきたという点です。彼らは自身の日本での留学経験を活かし、日本の教育システムを取り入れつつも、時にはモンゴル社会の文脈に合う形で融合させてモンゴル版の日本式教育を形成してきたのです。これだけ多く日本式と言われる教育機関が現地で根付いているのもモンゴルだけではないでしょうか。
新モンゴル高専での授業の様子
JICAもまた、長年にわたりモンゴルの教育を多面的に支援してきました。学校施設の新設や改修、教員の指導力向上、教材整備、教育格差の是正などを通して、特に近年では工学系高等教育に注力しています。
振り返ると、日本はモンゴルが市場経済へ移行する1990年代から支援を続けており、OECD加盟国の中で常に最大の援助国として歩んできました。その支援の積み重ねの中で築かれたのが、今の二国間の深い信頼関係です。今では両国間の往来も活発で、政治、経済、文化等様々な分野で協力関係を深め、両国の関係は、支援を受ける側とする側という構図から、深い信頼に基づく持続可能なパートナーシップへと着実に移行しつつあります。そして、その懸け橋となるのは、今も日本とモンゴルを行き来する若い世代であると、日々実感しています。
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